36︰魔法使い
「それで、どちらが僕の敵なんだい?」
杖を持った美形が、マントを羽織って立っている。
敬意を集めるタイプの、高尚なファンタジー的魔法使いポジションか。
魔術師じゃない奴な。
細身の華奢な体つきに、青地に濃い赤色をあしらった凝った意匠のマント。
顔つきは良く見えないが、すっきりした顎の線を切りそろえた銀の髪が飾っている。
鳥の頭をかたどった鈍い黄金色の長い杖を持って立っているだけで、もう雰囲気たっぷりだ。
わかった。魔法使いと、呼ぶことにしてやるよ。
今さら、うらやましくなんかないぞ。
どうせ、世界の命運を背負わされるんだろう?
傷だらけになっても一人で立ち上がらないといけないんだろう?
俺だってなあ、世界の命運を傾けるところまで行っちまったことがあるよ。
心が傷だらけになって、立ち上がれなくて這いずって寝床まで行ったりしてたよ。
俺だって……、いや、そういうことはいいんだ。
そういう意味では、こっちの盗賊の方は正しく盗賊ポジションだな。
「死にやがれぇ~。」
「今日がてめぇの命日だぁ~。」
などとお約束のようなセリフを吐きながら向かっていく。
そうは言っても、突撃役の位置取りや後方からの援護射撃など地味に連携が取れていて、つまりはこの場末の盗賊っぽさも演技ということなのだろう。
「しかたないなー。
サテュルヌス、いけ!」
魔法使いが、軽やかな声で命じる。
「かしこまりました。」
馬車の御者を務めていた精霊が、トン、と宙に浮くように飛び出して魔法使いの前に出る。
かぶっていたフードが勢いで後ろに流れ、顔が明らかになる。
美しい少女の横顔。
おっと、バルキリーシリーズか。
つる草をあしらったような鎧は、エメラルド装備のサターンか?
こっちのルビームーンとじゃ魔力量が桁違い、相当強化してるな。
サテュルヌスと呼ばれた精霊は、手を上に掲げて一メートルほどの、輪のような刃を呼び出す。
うお、サターン専用兵装の「氷環」も手に入れてやがるのか!
輪のような刃は、キラキラと細かく陽光を乱反射している。
あの刃は非常に細かい氷の粒で出来ていて、しかも高速で回転させながら飛ばすのだ。
きっちり避けないと、大怪我する奴だぜ。
それにしても、バルキリーは上位の精霊だ。
特殊な能力を抜きにした単純な力比べでも、初期状態から人間種の数倍あるだろう。
本気を出せば、そこらの人間種ごとき、パンチ一発でミンチになるほどの腕力だし、術者が渾身の魔力を叩きつけたところでかすり傷しか負わない。
つまり、盗賊を制圧するだけならば、こんな兵装を使う必要など全くない。
オーバーキルもいいところ、なのだが。
「武器を捨てて、ひれ伏すんだ。上半身と下半身が、お別れを告げることになるよ。」
例の軽い口調で、魔法使いが告げる。
だが、そんなセリフ回しの間に、三人の盗賊がバルキリーの側面を回り込んで魔法使いに迫っていた。
「精霊に構うな、本体を落とせ!」
「この距離まで詰めれば、そんな大技……っ」
「当たらなければどうということはっ!」
連携は、悪くないんだがな。
魔法使いが両手で杖をさばくと、次の数秒で盗賊たちは地面にくずおれた。
なんのことはない、物理攻撃だ。
この魔法使いの杖なら少しくらい食らっても大丈夫なんて、そんな風に考える時点で大技に意識を引っ張られているということだ。
サテュルヌスと呼ばれたバルキリーは、頭上の氷環をいつの間にか消している。
あとには、冷気の気配を伺わせるもやが漂うばかりだ。
専用兵装を見せ技に使えるということは、まだいくつも飛び道具を持っているということか。
魔力を無駄にしないところも、こなれた運用を感じさせる。
俺は、さっさと立ち上がって砂を払う。
「そちらのあなた、ヒールが必要かい?」
「いいや、大丈夫だ。」
強力な治癒術などかけられたら、火傷じゃすまねーぜ。