35:主人公
キルリアの戦士がどうとか言っていた重装マッチョは、俺の術の力を借りて、風のように走り去っていった。
馬車の故障の件は少し気になるが、盗賊も、すぐに貴族の馬車を追う動きはない。
残った俺に攻撃を仕掛けてくるが、その態度も必死というより様子を見ながらの守勢に感じられる。
それじゃ、そろそろ俺たちのストーリーを、進めさせてもらうか。
俺は盗賊の攻撃をあしらいながら、後方に合図を送る。
馬車の外で立ち回っていたルビームーンが、盗賊の一人の振り下ろした刀を食らってよろける。
おおっと、腕を抑えて、もう戦えなさそうだ……?
少々違和感のある演技だが、文句は言えん。
上位精霊にこんな仕事やらせる召喚術士も、そうはおらんぞ、カーマイン。
「ああっ、大丈夫ですか。」
馬車の戸を開けたバーミィが、ルビームーンを中に引き込む。
こいつもまた演技力が……。
さあ、馬車の中にいるのは美しい女が二人に少年が一人。
抵抗できる者はいないぞ……。
だが盗賊たちは、取り囲んで気配を探っているものの、馬車を壊そうとしない。
「どうしたのだ、バーミィ。状況を。」
「どうも、彼らはこの馬車を無傷で手に入れようと狙っているみたいですね。」
女より馬車が大事かよ!
確かに、盗賊などやっていると、こんな魔道馬車はまず手に入るものではないからな。
デザイン的にも、ごろつきだのなんだのに受けそうなブラック&クロームだしな……
ま、こんな時のための用意ってやつだ。
カーマインに合図すると、術式が発動された。
バンッ!
白煙を上げて、馬車の車輪が一輪、軸から外れて吹き飛ぶ。
ガラン、ガランと音を立てて転がる車輪に、盗賊たちの目が丸くなっている。
カーマインの目も、丸くなっているようだが。
「主人公たちの探知圏内に入りました。」
バーミィからの念話が入る。
おっと、危ないところだったな。
こちらも、次の段階に進んでおこう。
盗賊たちの前に、無防備に足を進める。
「な、なんだコイツ……?」
一人の盗賊が矢をつがえ、俺の胸に放つ。
ドスッ。
少しかわして、わき腹に食らう。
革鎧は貫いているが、残念、そこにあるのは空洞だ。
別の盗賊が、曲刀を構えて向かってくる。
バスッ、ビシッ。
振り回された曲刀が、立て続けに俺の肩口と太ももの辺りを切り裂いた。
力の乗った、いい一撃だ。
分厚い革鎧の中まで刃が届いている。
といっても、革鎧の中は俺の骨。並みの武器では傷もつかんが。
斬撃にのけぞってみせつつ、異様な感触に手を止めた盗賊にするりと迫り、長剣の柄で軽く顎を殴りつける。
ボゲェ、と奇妙な声を上げながら、盗賊は宙を舞った後、地面に叩きつけられた。
残る盗賊たちが、いっせいにこちらに向かってくる。
五対一か。
よしよし、まだやる気をなくしていないようだな。
「もうすぐ、主人公たちがやってきます。」
バーミィの念話。
「ところでマスター。主人公、ってどなたなんです?」
「さあな。主人公と呼ばれているのを見たことがあるだけで、男か女かもわからん。
本人に、聞いてみるがいいさ。」
「主人公、という通称なのですか……。不思議な二つ名ですね。
マスターもカーマインも、初めてお会いになるのですか。」
「まあ、そんなところだ。」
盗賊たちと切り結びながら、のんきなやり取りをしている。
この念話という奴も、便利なのだが誰でも使えるわけではない。
いろいろな人間種の術者と冒険をしてきたが、ある程度離れていても使える奴は、ほとんどいなかった。
カーマインも使えるようになるといいんだが。
こちらが一度長剣を振り回す間に、向こうは二度、三度斬りつけてくるうえに弓まで撃ってくる。
人間の振りをするには、やられたり傷ついたりする演技も必要だったからな。
こういうのは慣れてんだ。
それにしても。
もういい加減、鎧が傷だらけになってきたところで、ようやく主人公の馬車がやってきた。
探知していた割には、案外遅いな!
「それで、どちらが僕の敵なんだい?」
馬車からヒラリと飛び出す人影から、涼やかだが、ふざけたセリフがあたりに響き渡った。
盗賊たちが、一斉に俺から距離を取り、飛び道具を手にしている。
なるほど、あっちが本命か。
こいつらがあんたの敵だよ、ひとり言でつぶやいてしまう。
これはイベントのストーリーで言えば最初のエピソード。
初期プレイヤーでも余裕でクリアできる難易度設定だ。
ちっと様子を見させてもらうぜ。
俺は、正面からバッタリと地面に倒れ込む。
はた目には地面に顔を伏せているように見えるだろうが、俺は骨の身体。
目玉を使ってモノを見てるわけじゃないからな。
見てないふりして眺めるのは得意なのさ。
「にしても、男……? 女……? 分からんな。」
細面の少年なのか、中性的な少女なのか。
美形なのは間違いないが、バーミィとは少し違った雰囲気の若者が、杖を持って立っていた。