34:キルリア
俺の担当するミッションは、とにかくこの貴族の馬車を先行させること。
ただし、盗賊たちを簡単に制圧するわけにはいかない。
このあと俺達の馬車を襲撃してもらう必要があるからだ。
というわけで。
「話がある。そこの馬車を、このまま通してもらうことはできないか。」
盗賊に、シンプルにお願いしてみた。
盗賊たちの動きが再び止まる。
やはり、そちらの馬車の襲撃は、最優先事項ではないようだ。
ひょっとすると、交渉の余地があるか……?
「何者だ!?」
おっと。馬車の御者台で盗賊の矢を打ち払っていた護衛らしき重装のマッチョが、声を掛けてきた。
「それは言えぬな。まあ、敵ではない。」
「キルリア家の縁者とは思えんな……。カイバル卿の手の者か。」
事前の打ち合わせでは、どちらの名も聞いていない。
原作に登場するならばカーマインにも分かるかもしれんが、イベのストーリーでちらっと現れた程度のキャラでは、名前の設定など明かされていない可能性も高いか……
何と返すか迷っていると、重装のマッチョが御者台を飛び降りた。
「ふん、カイバル卿の手の者ならば、こちらとしては借りを作るわけにはいかんな。
この賊たちは、我らで撃退する。」
もう一人の御者台の男も、魔道具の用意をしている気配がある。
盗賊たちも、カイバル卿という名が出たところで武器を構えなおしている。
おっと……?
妙な展開になってしまったな。
「カイバルという名は知らんが。」
いちおう口にしてみるが、もはや盗賊は止まらなかった。
明確に戦意を示している貴族たちがターゲットだ。
念話で確認する。
「バーミィ、あとどれくらい時間がある?」
「三分ほどで、主人公たちの探知範囲に入ります。」
あまり時間がないな。
仕方ない。
ひょい、と御者台に飛び乗り、馬たちを走りださせる。
俺は精霊術の他にもいろいろと習得しているんでな。
人が馴らした馬を操るなど、造作もない。
馬車に向かってきた盗賊に対しては、短弓を適当に速射。
避けられたものの、相手の足は止まる。
御者台に残っていたもう一人の男は、驚きつつも俺を攻撃してくる様子はない。
借りを作るわけにはいかんというさっきの男の話からすれば、敵対行動も取るわけにいかないのだろう。
「道の脇にも伏せている賊がいるぞ。」
指さして伝えると、男は森に向けてクロスボウのような魔道具を放った。
魔力の矢を速射できるタイプか。
大した威力も精度もなさそうだが、その分、魔力の消費は抑えられている。
牽制にはちょうどいいのかもな。
おっと、魔道具を見るとついつい観察してしまう。
「我らをいかがするおつもりか。」
馬車の中から女の声がして、我に返る。
これが例のご令嬢か。
「どうもせぬよ。ただ、このまま無事に先へ進んでもらえばよい。」
「敵の敵は、というところかや。どなたの手の者かは。」
「言えぬな。」
そっけなく答えはしたものの、俺は困惑している。
おいおい、なんだこの雰囲気は。
モブ令嬢だと聞いていたが、単なるその他大勢とか、そんな気配じゃねーぞ……?
いや、今ここで絡んでも、ややこしくなるだけだ。
カーマインが何も言っていなかった以上、主要なストーリーには関係ないはず。
俺は、自分に言い聞かせるように、つまりはどうしたらよいか分からず、逃げ出した。
自分で考えて動くと、ろくなことにならねーんだよ。
御者台から、ひょいと飛び降りる。
馬車の馬には、当分走り続けるよう念じてある。
御者の男が多少の術を使えたところで、足を止めるまでしばらくかかるだろう。
「おい、早く追わないと、お嬢様が行っちまうぜ。」
駆け戻りつつ、盗賊とやりあっていた重装の男に声を掛ける。
「なんだと?」
「貸しだのなんだのって話にはならん。とにかく馬車を追えよ。
こいつらの相手は俺がする。」
「くっ! キルリアの戦士は、他門の戦士に後を預けたりは……」
「じゃあ、俺がお嬢様の護衛に回るか? 俺はそれでも構わんぞ。」
俺としては、あの馬車がここで主人公たちと出会わなければよいだけだ。
あのお嬢様と改めて向かい合うのはちょいとハードルを感じるが。
「む、くっ……」
「ほれほれ、お前の脚じゃ、追いつくのが難しくなっていくぞ?」
走力を上げられるバフを重装マッチョに付与する。
馬車に追いつく助けにはなるだろう。
こいつは貸しに勘定してもらってもいいんだぜ。
「この術が効いているうちなら、追いつけるかもしれんがなぁ~。」
俺も、こういう単純なおっさんが相手なら気楽にしゃべれるのだ。
軽く煽りつつ、あんた嫌いじゃなかったよ、などと勝手に回想シーンに浸りながら盗賊の攻撃をあしらっていく。
が、重装マッチョの走り出す間際につぶやいていた文句が聞こえてきた。
「くっ、馬車の修繕も万全ではないというのに、あんな走り方をさせては……」
おっと、そんな話もあったな。