33:介入
いよいよ、作戦の開始だ。
貴族令嬢を乗せた二頭立ての馬車が、街道を走っていく。
気配を絶って待機していた俺たちは、ゆっくりと追跡を開始する。
「前方に、盗賊たちが展開していきます。数は……」
バーミィが、ペコとスイミンを先行させて偵察を行っている。
「ね、なんでゲッコーやスライムが索敵できるの?」
「あのスライムは生物の呼吸を感知できるし、ゲッコーは体温で人や獣を視ることができるらしい。
視界に依存しないし、術でもないから、人間相手で探知される恐れはほとんどないだろうな。
……なんでできるかは、俺に聞くな。」
続けて報告が入る。
「馬車が、停止しました。盗賊が四、街道上に展開。
街道の左右に二が隠れて待機、少し離れて一、こちらは観測要員のようです。」
小型の馬車一台に七人が展開か。
こんなへき地で偶然の通りすがりを待つにしちゃ多すぎるし、コスパの計算ができないにしちゃ動きが組織的ときてる。
獲物が通りかかるのを事前に知っていたか、あるいは。
「さて、出番だな。」
草むらから、砂塵を巻き上げながら漆黒の魔道馬車が斜面を駆け登って、街道に踊り出る。
アクション映画ばりの登場シーンに、思わず苦笑してしまう。
いっそクラクションでも鳴らして注意を引きつけたいくらいだが、そうまでしなくとも十分に盗賊たちは気付いたようだ。
最初は呆気にとられたように動きを止めていたが、何かの指示が飛んだのか、連携を取ってこちらへの警戒を重点にしてきたように見える。
「どうやら、例の貴族は本命ではないようだな。」
「よし、ありがたいパターンだね。じゃ、手筈通りで。」
「うむ。バーミィ、こちらは頼んだぞ。」
「はい。どうぞ楽しんでいらしてください。」
久しぶりの冒険者ごっこだが、楽しんでいるように見えていたのか。
ま、危険があるような仕事ではないが、道理で止めなかったわけだ。
馬車の戸を開け、素早く降り立つ。
本日の装備は全身を覆う黒革の鎧に、細身の長剣、短弓だ。
この鎧はちょいと変質者じみていた製作者の手によるものだが、なんと黒革の部分がいまだに生きている。
素材は恐ろしく生命力の強いオオトカゲの一種のもので、このトカゲは切り離された尾や手足が長時間にわたって動き続けることで知られるが、その特質を魔力で保存していて、傷だらけになっても再生するのだ。
耐久力の回復する装備という意味では、いろいろな方法や術式があるし、別段珍しくはない。
多少の耐熱・対毒性能があるが、防御力自体は低く、この「ビザールレザーアーマー」の魔道具としてのレアリティはむしろ並より下の方だ。
製作者の変質的な部分は、むしろSMチックなニンジャとでもいうべき全身を覆い尽くすデザインの方の話なのだが、俺にとっては見た目などどうでもよかった。
着ているだけで人型に生命探知に反応する、その副作用こそ、俺にとって稀有な装備だったのだ。
隠蔽や幻惑の術を使う必要もないから、術を破る術に抵抗したり、術を破る術に抵抗できなくて破られた振りをしつつその瞬間に再度別の術を展開するなんて気を使う必要もない。
時おり魔力だけ補給してやれば、傷んでも勝手に修復するから手もかからない。
それまでは人間の振りをするのは本当に面倒だったのだが、たまたま怪しげな店で見かけたコイツの運用を考えついた当時の自分を褒めたたえてやりたい。
そんなことを想い出していたから、たのしげな気配が漏れ出していたのかもしれないな。
バーミィめ、相変わらずよく見てやがる。
ふふ、と笑いをあげたところで、ふと馬車の中からこちらを見ているカーマインと目が合った。
その脇でバーミィが言う。
「久しぶりに自ら人間種の命を絶つ感触を、マスターが楽しみにしているのですよ。
ああ、今日は桎梏を外されるのでしょうか……?
いえ、悪党の血ならば、いくら流れようとも指さす者などおりますまいて……。」
やめーや。
カーマインが、どん引きしとるやないか……!?
後ろ髪を強く引かれつつ、俺は貴族令嬢のもとへ向かう。
髪なんて、ないけどな。