31:矛先
紅玉の槍を俺に向かって突き出したムーン。
それを素手でつかんで止めたバーミィ。
にらみ合う二人。
「ちょっ……! 何してるの、ムーン!?」
慌てて止めに入るカーマイン。
ぼそぼそとフォローしておく。
「気にするな。人間だって俺の姿を見ただけで即攻撃してくる。
まして天界勢力に属するバルキリー、俺を排除しようとするのは当然だ。」
「いやいやいや、どんな当然よ?」
「俺なんて、生身だったときにもしょっちゅう人間に襲われてたんだぜ。」
「なんでよ!」
「匂いってのかな、闇だの死だのに近づく道を選んじまった人間の、宿命って奴さ。」
もう、いいんだよ、その辺は。
変に歓迎されたって、人間が勢力を作って暮らしている以上、結局めんどくさくってたまらん結果になるしかないんだ。
カーマインはまだ何か言いたげだったが、手振りでそれを遮る。
が、こんなやり取りを毎回やっていたらイベントの進行に差しさわりがある。
いちおう、話はつけておかないとな。
「月の名を持つ精霊よ、そのくらいにしておけ。
主からの魔力供給はほとんどあるまい。
無理に動けば、再び粒子に還るぞ。
それは、お前を召喚した主の意に沿うものとは言えぬだろう。」
表情のきつさは変わっていないが、肩のあたりに固い動きがある。
ふん、召喚されただけの精霊が、バーミィの力を振りほどけるものか。
……バーミィの力って、どこから来てんだろうな。
カーマインに目をやると、うなずき返してきた。
ふう、とひと息ついてから、カーマインがルビームーンに語りかける。
「ムーン、お願い。
そいつはあなたからしたら、醜くて赦しがたい……冒涜的な存在かも知れないけど、今は刃を収めてほしいの。」
説得はいいが、もう少し言い方があるだろうよ!
「主よ、その名をいただけるか。」
「カーマイン、よ。」
「了解した、我が主カーマイン。今はこの槍を引こう。」
ルビームーンは槍の構えを解いて、力を抜いてみせた。
一応、召喚主の指示には従うようだ。
「だが、いずれこの死霊もその闇に従う者も、滅せねばならない。」
こちらをにらむ目つきの冷たさは変わっていない。
召喚術式で縛られてるはずなんだが、術者が寛容だと自由意思が残るのか。
それとも、天界の規程が生きているのか、あるいはこれも一種の忠誠心の表れなのか……。
バーミィは、槍の穂先を指でつまんだまま、俺を見る。
「……マスター。このような獣に等しい精霊と、ともに旅をしようというのですか。」
「人間種の土地は、人間種が治める必要がある。今回の旅は、その平穏を守るためのもの。
言っているだろう、これが私を縛る桎梏なのだと。」
俺は統治なんて面倒でやってられないし。
ただ、俺に刃を向けた奴を、バーミィは簡単にはゆるさないことも知っている。
槍から手を放したバーミィには、ちいさな声で伝えておく。
「この精霊には、いろいろと働いてもらう必要があるのだ。私やお前とはまた違う分野で、な。」
カラミーテ王国は、天界寄りの神様を信奉しているようだ。
となると、ぶっちゃけ俺達よりもルビームーンの方がカーマインの立ち回りの役に立つ可能性もある。
「なるほど、分かりました。この精霊にも、まだ使いみちがあるということですね、マスター。」
くっくっく、とかなんとか、悪そうな顔をしているな。
どっちかっていうと俺たちの方が汚れ仕事って感じだが、不死者には汚いも臭いもないんだよ。
あ、バーミィの手を汚すわけにはいかんが。
「さ、モタモタしている時間はない。移動とレベリングを続けるぞ。
街道の近くまで行ってしまったら、さすがに貴族令嬢に歩かせるわけにはいかんからな。」
カーマインは、ルビームーンと話しながら歩いていく。
二人がどんな話をしているのかも気になったが、放置気味だったバーミィがまとわりついてくる。
相手をするため、馬車の中で召喚術の基礎を教えることになった。
ペコもスイミンも、すでに俺の想定を超える能力を発揮している。
だが、それだけに、早々に教えなければならないことがいくつも生じていた。
「バーミィよ、精霊をむやみに人里で使うわけにはいかないのがなぜか、分かるか。」
「力を持っていることが知られると面倒に巻き込まれるから、でしょうか。
マスターの口癖ですね。」
「ま、そういう面があることも否定はしない。
だが、それはすべての力に言えることであって、精霊に限られた話ではない。」
「すると……、精霊の力の源に、理由があるということですか。」
「そうだ。精霊が用いる力は、ほとんどが周囲から集めて放つもの。
あの常闇の森のように濃厚な魔力を常に供給しているような場所ではともかく、今いるような平地では、乱暴な力の吸い上げを行えば、あっという間に魔力が枯れてしまう。」
「それが、精霊を使うことが禁忌とされている理由ですか。」
「主な理由は、それだな。そして、もう一つ。」