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28:僕の

「僕のアルトクリフ」

バーミィは言った。


アルトクリフ、アルトクリフ。

何度か心の中で唱えると、何か特別な意味を持たない言葉のように思えてきた。


あとで考えれば、もう少し、この謎のやり取りにもちゃんと付き合っていればよかったのかもしれなかった。

そうすれば、違った未来が訪れたのかもしれなかった。

あとで思えば、だが。


このとき、俺はそっと心の箱のフタを閉じてしまった。

辛いこと、嫌なことがあった時は、静かにこのフタを閉めることにしている。

そうすれば、ほら、次の一歩を踏み出せる。


バーミィにはもう寝るように言い残し、小屋を出てカーマインと打ち合わせに入る。


「それで、カーマイン。明日の段取りは考えたのか。

ドワーフたちは、馬車を仕上げつつある。

演技のために必要なら、小道具の製作を指示してくれ。」


「うん……。そうだね、わたしたちも、ちゃんと、歩き続けなきゃ。

光射す方へ……」


カーマインがおかしいのは最初からだ。

うん、これは平気だ。

耐えられる。


「我々は、イベのストーリーを進めるために森を出たのだ。それを忘れるな。」


小屋から少し離れると、カーマインが空を見上げていた。


「なんか、すごい星空だね……」


人里離れた土地だ。人工の光源などほとんどないし、今夜の月は細い。

人の目でも、無数の星が、またたいていることだろう。

俺には、空の星以上に、あたりをさまよう霊どもの放つ燐光の方が目につく。

精霊を使役するようになれば、あるいはカーマインも、な。


明かりの杖を再び灯してやったが、それでも足元は悪い。

強すぎる光は、また虫だのなんだのが集まってしまう。

薄暗がりの中、カーマインの手を引いて、ゆっくりと歩いていく。


ドワーフたちも、かなり夜目が利く。

資材を集めていた森の端も作業場も暗闇に包まれていたが、作業は問題なく進められていた。


問題は、暗闇の中でうごめく人影にごく近くまで気づかなかったカーマインが、奇妙な声をあげたことくらいだった。


「いや、驚くでしょ普通。先に言ってよ……!」


「初見で臭いとか言われ、次に顔を見た途端悲鳴をあげられたら、それはへこむだろう……。」


うなだれて猫背なのはいつものことだから、本当にへこんでいるのかは分からない。

ドワーフたちは、モゴモゴと仕事について申し立てていた。


「我らに仕様を。」

「できれば明確なそれを。」

「可能ならば最終のものを。」

「何を作るか、それが問題だ。」


幸いなことに、カーマインの指示は具体的なものだった。


「馬車の外見は知らないけど、中でのやりとりの様子はテキストだけじゃなくて画像もあったから。」


しかし、「モブ令嬢が手編みしたショール」を、こいつらが作っていていいのだろうか……?

疑問は残りつつも、


そして、翌朝。


俺には睡眠は必要ないし、強い日差しは、ダメージを受けるほどではないがやや不快だ。

小屋は二人のために作ったもので、俺にはベッドで横になるという習慣もない。

先ほどまで、外で雑用や日々のルーチン……デイリークエストをこなしていたから、ちょっとした達成感もある。


常ならば明け方といえばむしろ一日の活動の終わりという感覚があるが、今日に限っては普段と違う高揚感がある。

くくく。

イベントの本当の始まりに、柄にもなく興奮しているようだ。


そこに、小屋の方から強い魔力の波動を感じる。


「なんだ……?」


バーミィは、朝が弱い。

まともに活動し始めるためには、目を覚ましてから最低でも三十分はかかる。

それに、なじみのない精霊の波動だ。

カーマインか?


「入るぞ。」


小屋の戸をくぐると、部屋の中で精霊界の門が開いていた。

その脇には、祈りを捧げるようにひざまづくカーマインの姿。


精霊を召喚したのか。

にしても、門が、デカい……!

これは、とても魔法石一個や二個で展開できる規模ではない。

五個、六個を投じたとしても、相当条件に恵まれなければ、この門をくぐるような精霊とはコンタクトできないだろう。


「どうしたのだ、これは!?」


「あ、ギル。

見てなさいよ、私の主人公力を……!

来たれ我が盾、高レア精霊よ!」


精霊界の門を、光のうねりが駆け抜ける。

こいつはかなり高位の精霊だぞ。


「馬鹿……、こんな精霊を……。

まだ召喚はするなと言っただろうが。」


カーマインが、勝ち誇ったようなドヤ顔で指を振る。


「ふっふっふ。大丈夫、石は使ってないわ。

初回ログインから十五日間、今日が新規向けボーナスの最終日。

まさかこっちの世界でも引き継がれているとはね。

目が覚めたら、高レア確定チケット、もらえてたのよ。」


カーマインの脇に寄り添うように、紅蓮の戦乙女が降り立つ。

白銀の甲冑に揃いの盾、豊かな赤いくせ毛を兜からあふれさせた美女。

脇に携える騎兵槍は、磨き抜かれた赤い硬玉のようなきらめきを帯びている。

現れた俺の姿に、その涼やかな目元を厳しくし、一挙動のうちに槍が構えられる。


「ルビームーンバルキリーか……。良い引きだ。

ただし、今のお前さんには、まだ早い。」


「え……」


カーマインは、声を上げながら、そのまま床に崩れていった。


「残念ながら、コストオーバーだ。」


                    

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