24:厨房の記憶
日が沈むと、マナー教室は晩餐にステージを変えつつ進行していった。
バーミィは、料理人兼給仕兼教師として、同時に複数の鍋や鉄板で調理を進めるペコ、各種の原料から飲み物を生成していくスイミンを指揮しつつ、目まぐるしく作業を進めている。
どんな鉄人だよ。
しばらくはその手際に見とれていたが、さすがに飽きてきたし、俺でも別に料理を運んだり簡単な給仕くらいできると言ってみたのだが、それはゆるされなかった。
「な、何を言っているのですか、マスター! マスターに給仕の真似事をさせるなど……。
こんな女には勿体ない……、いや、僕が最初のお客になりたい、です……」
バーミィがごにゃごにゃ言い出したので、あきらめて放っておく。
俺には空腹も無ければ満腹も無いし、酒を飲んでも酔うわけではない。
だが、それだけに料理の味を純粋に感じ取ることができる。
バーミィが手早く用意していく料理は、下ごしらえから火加減、仕上げまで、トゲや粗を感じることもなく、よく出来ている。
料理の方もさることながら、スイミンのつくるこの何かちょっと光ってる不思議な飲み物とか、街の方なら相当な逸品と張り合えるような気がする。
「バーミィ、私は拠点ではあまり食事をしていなかったと思うが、お前はどこでこんな料理の味や技を覚えてきたのだ。」
たまに俺も、素材集めや新しい術の効果の検証なんかで何日か拠点を留守にすることがあったからな。
案外、息抜きで街の方に遊びに行ったりしていたのかもしれん。
「え、ええと……。」
しどろもどろになるバーミィ。
珍しいな。
「どうした。別に責めているわけではない。
よくできた料理に、素晴らしい飲み物だからな、どこで知ったのかと興味を持っただけだ。
街の人間から学んだのだったら、私にとってはそれも喜ばしいことだぞ。」
「も、申し訳ありません……。
実は、この料理たちも、礼儀のことも、この身体に残る魂の記憶の一部を再現したものなのです……。
他人の魂を覗き込むなど、いけないことなのに……。」
それは、普通に記憶だな。
なるほど、王宮の食事、料理か。
……礼儀の方はともかく、王子が給仕の振る舞いや厨房での作業のことを知っているものか?
俺が不思議そうにしているのを読み取ったのか、カーマインが、そっと耳打ちしてくる。
「あー、第三王子は、女料理人の一人にほれ込んだ王が無理やり作った子供だったから、存在も隠されていたし、幼い頃は厨房で、少年期は給仕見習いとして過ごしていたって設定、あったわ!
うん、わたしのターゲットじゃなかったけど、二次でよく幼児シェフや少年給仕ネタ、見かけたもん。
そうそう、ヤンデレ展開が本格化する前、確かに手料理のエピソードもあったあった。」
ほ、ほう。
後半の情報は、要らんかった気もするけどな。
「身体に残る魂も、今となってはお前の一部だ。まあ、同居人のようなもの、そう邪険にすることもないだろう。記憶は、受け継いでおいたらいい。」
「え、じゃあ、他人の魂を覗き込んでも、叱ったりしませんか?」
「安心しろ、大丈夫だ。」
「マスターの魂も、中身が良く見えるときがあるんですよ!」
「それは駄目だ。」
僕はマスターの一部とも言える存在、同居人でないでしょうか。
バーミィはぼそぼそと抗議を続けていたが、却下だ却下。
マナー教室については、途中まではバーミィの細かな指摘が飛んでいたものの、しばらくするとカーマインの方から先に質問が出るようになり、あとはちょっとしたバーミィの反応だけで微修正が進むようになっていった。
お貴族様の食事風景も、窮屈に感じてきたところだ。
「バーミィ、礼儀作法のことは、ここまでだ。ここからは、お前も一緒に気楽に食べるとしよう。
イベントの攻略に必要なことではあるが、宮廷での晩餐などまだ先の話だ。
わたしも、人間の礼儀など大した興味はないしな。」
バーミィが深々と一礼し、合図とともに給仕の服装からいつものローブに一瞬で装備を換える。
「え、そういうこともできるの?」
椅子にぐったりともたれかかっていたカーマインは、目をしばたかせた。