23:モブ令嬢
カーマインが触ろうとしてくるのを避けて離れていたバーミィが、警戒しながら戻ってくる。
「まったくもう。
この結晶は、マスターが旅路から帰ってくるために、とっても重要なものなんですからね。」
「へー、どういうことなの?」
「マスターがおっしゃるには、……いえ、僕からは話せないのでした。」
おい、そこまで言っておいて。
「え、何かこれに別の効果があるの?」
カーマインは、こちらを向いてたずねてくる。
「う、うむ。実は、この世界ではそれは、リスポーン時のアンカーとして使えるのだ。」
「リスポーン……再開地点の固定ってこと?」
「そうだ。特に、イベント……奈落への旅路では、死に戻ったり、中断して帰ってくるときにこの結晶がないと、とんでもなく離れた場所に到着することがあるのだ。
今の俺ならば広域探知や転移も使えるからそこまででもないが、昔は拠点に戻るのに苦労したぞ。」
「あー。なるほど、なるほど。オート分岐セーブ機能が、そんな感じになるわけね。」
勝手に解釈して納得してくれるのは助かるが、なかなかのゲーム脳感だな。
「……ほかにも、奈落の旅路で試練をこなすたびに、この結晶に魔力が溜まるという仕組みもある。
つまり、ポイントを積み上げると報酬があるということだな。」
「はいはい。攻略が進めばゲージが溜まるって意味じゃ、おんなじだ。」
攻略の意味は、違うだろ……。
「確かに、今回のコラボの性質のせいで、いまは乙女ゲーのような機能に見えるのかもな。
それはそれとして、結晶に魔力が溜まるほど、貴重なものとなって他の魔物や人間が狙ってくる。
カーマインを召喚したのも、実はこの結晶の守護者とするためだったのだ。」
守護者って、ちょっと美化してるか。
バーミィ、俺が、使い捨てにしようとしてたなどと口にするなよ?
「うーん、守護者になるのはやぶさかじゃないけど、バーミィに護衛が必要?」
「そこの森の中でなら、バーミィは強力な多数の精霊を扱える。だが、外ではそうはいかないだろう。
今連れているのは、さっき紹介した二体だけだ。」
そうだな。
バーミィ。精霊の力を使ってみせてくれ。
ついでに、お茶の飲み方も教えてやったらいい。」
「かしこまりました、マスター。」
先ほどから用意していた茶道具を前に、バーミィが二体の精霊と語り始める。
「ペコ、熱をもっと。お湯の温度を、もう少し上げたいんだ。
スイミン、葉っぱの様子をよく見て。
香りは出すけど、苦味は程々に…、そう。」
ポコポコと湯を沸かすガラスの器、蒸気の立ち昇る金属の器具、茶葉の香りがフワリと広がって、優しい気分があたりを包む。
「よい香りだ、バーミィ。
もう冬の始めだというのに。」
「ふふ、お褒めいただきありがとうございます。
夏の終わりから『時の氷室』に隠しておいた、取っておきの逸品ですよ。
器は、カサミラの王家よりのものを、合わせました。」
「ちょ、バーミィったら、執事プレイまでできそうじゃん……。もう、有能すぎる……!」
言っておくが、バーミィは、お前にはやらんぞ。
……言わんけど。
「ペコ、そろそろ器を温めておこうか……。
うん、そう、そういうことだよ。」
もう、夕暮れの空が広がっている。
そして、茶菓子が用意され、カーマインのために、テーブルの上と周囲に明かりを灯している。
「あ、ホントに美味しい……。ありがとう、バーミィ。」
カジュアルな振る舞いで、お茶を味わうカーマイン。
うるんだ唇からかすかに湯気があがるのを、ついつい眺めてしまう。
いや、違うだろ、俺。
向かいに座ってジッとしている俺のことは意にもかけず、カーマインは、ひょいぱく、ひょいぱくと焼き菓子をつまんでいく。
「んー。この柔らかめのクッキー? カヌレ? なんだか分かんないけど、これもイイよー。」
三つ目をつまみ上げようとしたその右手が、ピシリと打たれた。
「え?」
「さて、カーマインお嬢様。
少々、マナーがおぼつかないようでございますね。」
ん?
「不肖、このバーミィ。お嬢様には貴族らしき振る舞いを身に着けて頂くため、しばらくは少々厳しく鞭を振るわせていただきます。」
「え、え?」
カーマインが戸惑いながら姿勢を正す。
「一つ、椅子に腰を掛けるときのお作法。二つ、お茶の器を手にするときの嗜み。三つ、ものを口にするときの所作。四つ、いただいたものの感想を述べる際の約束事。
いずれも、なっていませんね。」
ぱしい。
バーミィが、手元で小さな棒を振るって音を立てる。
カーマインが、背筋を伸ばして呟いた。
「おっとぉ!? 執事の甘々ご奉仕かと思いきや、鬼家庭教師系、来ちゃったよー……」
へこたれねぇな!?
……バーミィ、お茶の飲み方をきっちりと教えてやれ。
色んな意味でな……。