20:馬車馬
「カーマイン、もう少し情報が必要だ。」
バーミィには周辺の地形を紙に落とし込むよう指示をしておき、打ち合わせを進める。
「馬は重要か。」
「馬? どうかな、原作中でも特に描写はなかったけど。
なんだっけ、サラブレッドとか?」
「貴族が使うような本物の上等な馬を調達するのは、さすがに時間がかかる。
偽物の馬を自然な感じで走らせるのも、なかなか難儀なんだ。
魔道馬車で仕立ててしまっていいか。」
「う、うん、いいと思うよ? それ、貴族なら、普通に使うんだよね?」
「その貴族の趣味によるとは思う。
生きた馬が好きな奴もいるだろう。
だが、生きた馬を扱うのだって相当なコストがかかる。
魔道馬車は、製作費は高いかもしれんが、餌も水も要らん。」
カーマインは少し迷っているようだったが、ここはサッサと決めていかないと先に進めない。
残りの小人の一人には、魔動機の作成に入るよう指示を出す。
魔動機は、魔力を物理的なエネルギーに変換できる汎用の動力源で、モーターみたいなものだ。
作成には多少特殊な鉱石を使うが、この森ならそこらに落ちている。
「出力としては……そうだな、馬のニ十頭分もあればいいだろう。」
「え、ニ十頭分って、おかしくない?」
「こっちの地竜なら、丈夫な馬数頭分の力を出し続けられる。
しつけがしにくいから、行儀の良い貴族は使わんがな。
だいたい、向こうなら軽自動車でももっとパワーがあるぞ。
街道までの悪路を三人と荷物を乗せて走破するのだ。立往生している場合じゃないだろう。」
「いや、そうかもしれんけど……。
馬車って、オフロード走るものじゃないよね……?」
カーマインは、また首を傾げている。
こちらの世界の知識はないのだ!やむを得んだろう。
「次だ。装甲の強度はどうする。
襲われている感を出すなら、少しくらい壊れた方がリアリティが出るが。」
「装甲……?
ええと、ストーリーのエピソードでは、馬車が壊されちゃって、モブ令嬢と従者を主人公が乗せていってあげるの。
ただ、御者や荷物は修理ができたら後から追ってくることになってたから、簡単に修理できるくらいの壊れ方ってことよね。」
「走行不能だが一人で修理可能な状態か……。単純な強度の調整では対応が難しいな。
自壊機能を仕込んで、現場判断で壊れ具合を変更できるようにしておこう。
緊急パージ機構を三段階に分けて実装させるから、トリガーはカーマインにまかせるぞ。」
「え、ええ。きんきゅうパージ……?」
俺の言葉を聞くと、最後の一人も、うなだれたように小人同士の打ち合わせに向かっていった。
いや、いつも猫背なだけで、あれが平常運転だ。
彼らは、もっと厳しい任務をこなしてきている。
「できました。」
バーミィが、簡単に位置関係を示した地図を手頃な岩の上に広げている。
ちょうど会議机みたいに程よい高さと広さ…… こんな岩、そばにあったか?
裏手を覗くと、岩のスライスが転がっている。
見なかったことにした。
地図には、簡単な周囲の地形と街道が一本、そこに王都へ至る方角が示され、現在地の印と、ほかに二つの印がある。
「この印は?」
「その貴族と思われる馬車と、盗賊とやらが仮の拠点を構えている位置です。」
「早っ!? いつの間に?」
カーマインが驚いている。
「さすがだな、バーミィ。」
褒めてやると、バーミィは、嬉しそうな表情をかみ殺して平静を装っている。
フンフンと鼻が動いているときは、だいたい喜んでいる。
相変わらず子犬のような奴だ。
「盗賊は、数日前からこのあたりに入り込んでウロウロしている連中がいたので、マークしていただけです。
常闇の森を目指しているわけではなかったようですが、念のためということで。」
「盗賊は、退治したりしないんだ?」
「マスターは奈落への旅路の準備中でしたし、まだご指示いただいておりませんでしたので。
それに、生きていたほうが使い道も多いですからね。」
カーマイン、俺を見るな。
「で、どうだカーマイン。作戦の方は。」
「うーん。
タイミングや位置はちょっと考えさせて。あと、馬車以外にも、衣装や小道具も欲しいわね。」
「ふむ。小道具は、馬車が仕上がった後にあいつらに用意させよう。
衣装は、どうするかな。防具ならあいつらも作れるが、貴族のファッションのことはよくわからんな……」