19:導入部
「じゃ、今ある石二個で二体引けるってことね。」
コイツもまた、ガチャという運命のサイコロを握っちまった魂か……。
「……それは貴重な石だ。今はやめておけ。
精霊のことも大事だが、肝心のイベントのことも忘れるな。
イベのストーリーは、もう始まっているのか?」
「うーん。
ゲームの中では、NPCの馬車が街道で盗賊に襲われるエピソードから始まってるわね。
通りかかった主人公がそれを助けるっていうお約束の。」
「そのNPCの一人が、カーマインの言う……モブ令嬢、なのか。」
「そういうこと。ただ、彼女に任せておくとろくな結果にならないから、代わりにわたしがその役を務めるつもり。」
「役どころを乗っ取るパターンか……。代役で成り立つような展開なのか?」
「そうね。
そもそも分かりやすい属性が付いていたら、モブ令嬢なんて呼ばれないし。」
「その、モブ令嬢本人は、どうするんだ。」
「退場してもらった方が、ややこしくならなくていい気がするけど、監禁しておくわけにもいかないからなー。
主人公たちとの出会いの場面で先回りして接点を無くしておけば、あとは放置しちゃってもなんとかなるんじゃないかな。」
「えらく大雑把な話だな。」
「わたしだって、こんな風にゲームの世界に入り込むのは初めてだもん。
それで言ったら、ギル、あんたの方がゲームとこの世界の違いとか、コツみたいなものを知ってるんじゃないの。」
「……俺の感性は当てにするな。
今回は、カーマイン、お前がメインで俺はその補佐に徹する。」
俺が必死に考えたところで、まったく思うようにはならんのは、骨身に沁みてる。
アンデッドだけにな!
続ける。
「それで。
先回りしてイベントのエピソードを乗っ取るということは、襲われる馬車を再現するところから始めるわけだな。
主人公たちが街道を王都に向かうのはいつ頃か分かっているのか。」
「そうね、イベのオープニング動画で昇っていた月は、この月よりもわずかに太かったはず。
明日の月で、高度からするともう少し後の時間帯ってことね。
エピソード中の会話で王都まで一日の距離になってたから、位置関係の分かる地図があれば逆算できるかな。」
ほほう。
「地図に関しては、バーミィが用意できるだろう。
偽の貴族を演じるのだったな。
ならば、ここで芝居道具を作っておくか。」
この森には、魔力を生成する仕組みをしこたま詰め込んである。
森から離れてしまうと、魔力結晶を消費して精霊の術を行使することになるから、貧乏性な俺としては、先に準備できるものは、こっちで作ってしまいたいのだ。
精霊界の門を開く。
「セブンブラックドワーブズよ、来い。」
ヒタヒタと足音も立てずに、どこからともなく現れた屈強そうな小人たちが七人。
俺が長い時をかけて育て上げた、至高のクラフトマンズだ。
太っている者、痩せている者、眼鏡を掛けた者、髪が去った者。
少しずつ外見は違うが、垢じみた黒っぽい服装に死んだ魚のような目、青ざめた肌がカサカサと荒れているのは共通だ。
「うぅ、く、臭い……
こ、こいつらも、アンデッドなの……?」
カーマインが、口元を腕で覆って眉をひそめている。
相変わらず失礼な奴だ。
「生きている。半精霊で、人間種に近いとも言えるがな。」
ぼそぼそとした声で、皆がバラバラに口を開く。
「仕事か。我らを呼ぶならば、仕事に決まっているな。何を作る。」
「急ぎか。納期は。本当の納期を教えろ。」
「仕様は。固まっているのか。まだ変わり得るのか。誰に決定権があるのか、それが重要だ。」
「徹夜は三日までにしておけ。それ以上は作業の品質を保てない。」
「……」
「ええい、一度にしゃべるなといつも言っているだろう。
人間種の貴族向けの馬車を一台、日が昇るまでに仕上げろ。四人乗りくらいのそこそこの奴だ。
材料はそこらの木で良かろう。」
三人が、額を突き合わせてひそひそと打ち合わせを始める。
二人が、どこからともなくギラついた手斧を取り出し、近くの森に分け入っていく。
視線さえ交わしていなかったが、相変わらずのチームワークだ。
あとの二人は、まだ俺のそばで待機している。
「カーマイン、詳細を詰めるには、もう少し情報が必要だ。」