18:夜間飛行
「羽虫のような連中が、集まってきている。
早々に、森を出るとしよう。」
俺は、サッサと乗れと手ぶりで示す。
この森の住人たちにもいろいろいる。
知性らしきものがなく恐怖を覚えないような存在は、俺の威圧をものともせずに魔力に惹かれて集まってくる。
びいびいと羽音を鳴らすもの、かさかさと地面を這う無数の音。
「ひぃっ!? これって……」
身体をこわばらせて動きを止めてしまったカーマイン。
首根っこをつかんで、放り上げる。
羽虫も地虫も、俺やバーミィを傷付けるほどの力はないが、身体の周りに入り込まれると面倒な存在だ。
自分自身ごと焼き払うわけにもいかない。
カーマインも、ランクが低ければ危険かもしれない。
バーミィもするりと背に乗ってきたのを確認するまでもなく、離陸の指示を送る。
「飛べ。」
音もたてず、ぬるっとした動きで浮かび上がり、そのまま加速し始める。
気配が遠ざかったのを感じ取ったのか、地虫の足音が止まるが、羽虫はまだ追ってくる。
ナイトスカイズクロウラーは、空のリムジンとも言える精霊だが、その力は単なる運び屋に留まるものではない。
「焼き払え。」
細長く伸びた尾に、暗い青紫の光が生まれる。
尾を軽く振ると、薄く広がった光の帯が、後方にオーロラのように広がっていく。
空中で光の帯に包まれた羽虫たちが、次々に炎を上げて落ちていく。
「ナトロ、すごい……。」
フワフワの背中に抱き着きながら、カーマインがつぶやく。
その手は、さわさわとナトロを撫でさすり続けていた。
ナトロってなんだよ!
赤く細い月が、空に昇っている。
「見ろ、あれがここが異世界である証だ。」
「ああ、災いなるかなカラミーテ、巫女の血で月は濡れ、新月の光が罪を照らす……」
「なんだ、それは。」
「第二作で神聖教会から異端扱いされた一派に伝えられる一節よ。第三王子を担ぎ出す勢力とも、密接なつながりがあるわね。月の赤は血の赤、王国の犯した罪の歴史の比喩でもあり、人間種の滅びの未来を示すものとして……」
こいつって、繊月の王国がからむ話になると、途端によくしゃべるのな……。
途中から上の空でしか聞いていなかったが、森の木々がまばらとなっていくにつれて、周囲も静かになる。
精霊も魔獣も、大物になるほど森の奥からは出られない。
「もういいだろう、降りるぞ。」
ナイトスカイズクロウラーは、その巨体を森の端の地面にふわりと降ろした。
バーミィが、軽やかに飛び降りて周囲の索敵に向かう。
俺が地面に降り立っても、カーマインは、じっとしたままだ。
「どうした、さっさと降りろ。」
「え、真っ暗で、何も見えないんだけど。」
そういえば、そうか。
近くに落ちていた枝を拾って、光源の術を灯す。
毛をつかみながらどうにか降りてきたカーマインに枝を持たせると、しげしげと明かりを眺めていた。
「魔法、なのねぇ……」
「力や術式によって、呼び方は様々あるがな。
パズ&ダズの力は、大きくくくって精霊術と呼ばれている。」
「わたしにも、使えるのかな。」
「どうだろうな。召喚が使えるのは間違いないが、俺も最初はそれ以外に使えなかった。」
「じゃあ、やっぱり精霊を召喚しなきゃ始まらないってことでしょ?」
まあ、そうなんだが。
なんと答えたものか少し考えていると、バーミィが戻ってきた。
「マスター、少し歩けば街道に出られるようです。人間種の行き来の気配が残っています。」
「そうか。まずはそこまで移動するとしよう。」
再び、精霊界への門を開く。
「ご苦労だったな。」
ナイトスカイズクロウラーに小さな魔力結晶を投げてやると、鉱物のような舌をべろりと動かして、器用に飲み込んでから門へと消えていった。
「ああ、ナトロぉ……。なんで送り返しちゃうの。」
「理由はいろいろあるが、高位の精霊になるほど、呼びっぱなしというわけにはいかなくなるのだ。」
「あーん、さみしぃよう、もふもふ……。
ね、他にはどんな精霊がいるの。」
「ふむ、バーミィ。お前の精霊を見せてやってくれ。」
俺の精霊は、見た目が刺激的なものが多いからな。
「はい。
この右肩に乗っているのは、スイートミントスライムのスイミン。
左肩に乗っているのは、チリペッパーゲッコーのペコです。」
さ、ご挨拶を。」
「きゅきぃ!」
「ぴみぃ!」
二匹が、女にピョコピョコと挨拶をしてみせます。
「へー、かわいー。わたしもこんな精霊、欲しいなー。
この子達は、初期配布みたいな感じ?」
「いや、魔法石一つで召喚できるノーマルガチャの、いわゆる色違いシリーズだな。
ちなみに、向こうで言うガチャ限を引こうと思ったら、最低五個の石を同時に砕く必要がある。」
「じゃ、今ある石二個で二体引けるってことね。」
「……それは貴重な石だ。魔法石には、用途もいろいろある。今はやめておけ。」