17:偵察
マスターの命にしたがい、僕は周囲の様子を調べてきました。
この常闇の森をつくったのはギルケヴォール様なのだけれど、地脈から魔力を組み上げたり、闇の眷属や陰を好む魔獣などに居心地のいい土地に仕上げてからは、マスターはあえて手をかけていないそうなのです。
おかげで、この土地の魔獣も霊たちもマスターには服従しておらず、食ったり食われたりしていくのです。
それが生態系というものだと、おっしゃるのですが。
今は確かに、普段よりも精霊も魔獣も活発になってるみたいです。
さまよう精霊たちは僕にとても協力してくれます。
いつもなら、精霊たちに話しかけて何が起こっているか教えてもらえばすむのですが、今回は違います。
僕は、この地の精霊に頼らないように言われています。
森を出て、旅に出るのです。
そこでは、自分の力で戦えるようにならなければいけないのです。
木々の間を跳んで渡りながら、目で見て、音を聞いて、精霊の放つ波動、魔獣の力の揺らめきを探っていきます。
スイミンとペコも、それぞれの得意な波長を探り、僕に伝えてくれます。
スイミンは、生き物の吐息のありかを。
ペコは、温かな体の熱のありかを。
ふふ、生ける者の気配をそこかしこに感じていると、狩る者の血がたぎりますね……
マスター、あなたが僕をこんなふうに作ってしまったんですよ……。
それにしても。
虹輝石で召喚されてきた、あの精霊……いや、人間の、女。
精霊かと思ったら、従属の術式にも抵抗し、むしろ僕に対して何かおかしなことを考えている気配さえありました。
……あいつといると、マスターはいつもと違う言葉を語りだす。
いつもと違う、オーラを出す。
まるで、違う魂が呼び出されつつあるかのように。
マスターは、変わったものを見つけると、ついつい夢中になってやらかしてしまいます。
僕が、しっかりと見守らねば。
見上げた空に、細く赤く輝く月が目に入りました。
繊月……。ああいう月を、呼ぶのでしょう。
と、今来た側、マスターたちがいる方から、光が放たれました。
破壊的なものではなさそうですが、いくつもの魔力のうねりを感じます。
悪い予感が首筋にまとわりつくなか、ザワザワと、精霊たちが騒ぐ気配が伝わってきました。
<精霊界の門が開くぞ……>
<驚いたな、あらゆる門が開いていく……>
<新たな大召喚術師が誕生した……>
あいつ、マスターと同じく、全ての属性で高位まで召喚の術を使えるのか。
く、クソッタレぇ…… くやしくなんか、ないっ……
「ただいま、戻りました。」
「ご苦労だったな、バーミィ。
森の様子はどうだ。」
「はい。魔獣が落ち着きをなくしています。
かなり興奮して過敏になっているようですから、近くを通るだけで襲ってくるかもしれません。」
「獣たちを事故で死なせるのも惜しい。歩いて森を抜けるのはやめた方が良いな。」
「精霊たちも、騒いでいます。そちらの、カーマインさんのせいですか。」
「そうだな。さきほど、召喚術師としての力を発動したところだ……が、とにかく先に森を出るとしよう。
カーマイン、状況が変わった。速やかに移動する。
苦情は受けられない。よいか。」
「ふう、覚悟はできてるわ。
竜でも悪魔でも、呼んでちょうだい。」
「よし。」
マスターが、少し開けた草地に向けて、指を伸ばします。
「来たれ、ナイトスカイズクロウラー。」
ゆらりと魔力が波立って、ヌメリとした肌の黒く大きな生き物が現れました。
宙空を這う者、巨大なエイのような体に、コウモリのような皮膜。
少しお久しぶりだね、ナイクロウ。
ナイクロウなら、三人いてもゆったりとその背に乗れます。
それに、飛べる精霊は割といますが、空中で静かに止まっていられるのは案外珍しいのです。
ダークスピードワゴンなど呼ばないあたり、マスターはお優しいですね。
あれは、とっても速いけれど、ひどく恐ろしい、ですもんね。
「え、なにこの子。えー、触ってもいい!? いい!?
あたし、ジンベイザメとか見てて飽きないタイプなんだよねー。」
……あの女がちびるくらい、もっと怖い精霊を、呼べばいいのに。
「怖くないなら何よりだ。
ただし、こいつの舌は、岩でもザリザリと削り取るほどのヤスリになっている。
人間種の皮膚など、ひとたまりも無い。」
「そ、そう。恐ろしいのね……。」
そう言いながら、女はナイクロウの脇腹をなでさすっている。
ズモモモモォ……と、ナイクロウが唸り声をあげます。
なんだか機嫌がよさそうです。
なんで。
「うむ…… まあ、とりあえず乗るがよい。羽虫のような連中が、集まってきている。」