16:主人公
「ここは俺が主人公の時間軸らしくてな、目の前でメインストーリーが始まった。
だが、最初に登場したあの国も、七章に出てきたベルガモンの騎士団も、今はもうない。」
流石に俺の雰囲気を察したのか、カーマインもしおらしい顔になっている。
「ここじゃ、ストーリーのクリアに失敗すると、やり直しがきかないってこと?」
「クリアか……。失敗したんだろうな、おそらく。
やり直しがきかないのは、確かだ。
結果はどうあれ、時間は進んでいく。
自分が死んでも、復活はしたが、時間が戻っていたりはしなかった。」
「メインストーリーでクリアに失敗したってことは、ええと、なんだっけ、混沌の王が世界を支配したみたいな?」
「いや、混沌の王は倒した。」
そういや、初期のストーリーは壮大な展開だったな。
言われてみると、第二部の敵の方がスケールダウンしている。
戦力的には、かなり上なんだけどな。
「じゃあ、次の敵は……、大陸の帝国が侵攻してきたとか?」
「あの帝国も滅ぼした。むしろこちらからな。」
あの帝国の連中は、腹立たしいうえに全く対話にならなかったな。
ラノベのヘイト担当みたいなふざけた高慢貴族ムーブばかりしてきやがって。
「え、じゃあ、ベルガモンの騎士団は? あの触手の怪物のせい?」
「昏き海の底よりの使者、な。
騎士団は、あれが現れる前に、解散してしまったよ。
使者は俺が一人で倒した。」
騎士団の連中、解散したくせに、しつこく俺を狙ってきやがって。
なにが騎士の名誉を棄ててでも、だよ。
俺一人悪役にして、自爆テロからの鬱展開、大量生産しやがって。
思い出すだけでも気分が悪い。
本気で人里を離れて暮らすようになったのも、あの事件の後あたりからだったな。
「つまり、主人公が上手にストーリーをこなせないと、その舞台は崩壊しちゃうってこと?」
「おおむね、その認識で合っている。」
ま、俺にとっては舞台がどうなろうと、あまり関係がないんだがな。
カーマインが足を止め、背筋を伸ばして立っている。
「ねえ。わたしはこの世界のこと、分からないけどさ。
イベントの、繊月の王国のことは、ずっとずっと前から知ってるの。
わたしにとって、ほんとうに大切な物語なの。
カラミーテ王国には、滅んでほしくない。
王国の平和を、どうしても守りたいの。
……できると思う?」
ドーン、と効果音を付けたくなるような場面だった。
カーマインを中心に光の柱が立ち昇り、周囲に精霊の門が無数に開く気配があった。
俺が、この世界で召喚を使えるようになったときと同じだ。
決意に満ちたまなざし。
サラサラとなびく髪。
新たなる精霊術師の、誕生だ。
いいじゃないか。
イベのストーリーなんて、大した報酬もないしと思っていたが、他人のクエの手伝いならそれも新鮮だ。
「はは、ホントにイベはここからだったってわけだ。」
そして、俺はこのイベの主人公ではないらしい。
「面白い。
クリアしろよ。
王国の平和とやらを、俺に見せてくれよ。
そのためなら、俺も力を貸してやるよ。」
「ありがとう。遠慮なく力を借りるわ。
……そしてわたしは、アルトクリフ様の笑顔を手に入れる。」
「お、おう。」
「ただ、繊月の王国は、光の女神を信奉する神聖教会が国教よ。
アンデッドを使役してるなんて知れたら、処刑ものよ。」
おい。
使役って。
「バレないように、姿を変えたりできる?」
「……隠蔽の術はいろいろあるが、相手が高位の術者だったり、警戒心を抱いていたりすると、長時間ごまかし続けるのは難しいな。」
普通の人間の振りをするには、呼吸や身じろぎのような、アンデッドには必要のない仕草を自然に織り込む必要がある。
観察力の高い人間ならいずれ違和感を感じるし、術で精神的に誘導した場合、術の気配を感知される恐れもある。
っていうか、結局バレるから、途中から諦めた。
ラノベみたいにご都合じゃねぇんだ、無理無理。
「従者もできないとすると、じゃあ、あれね。」
「なんだ。」
「さえない異国の貴族のおじさま。」
「は?」
「イベのストーリー上、私はモブの中級貴族令嬢ってことになってる。
っていうかならないといけないの。
庇護者もなしに異国に留学しに来るものおかしいし、異国なら常識や振る舞いが多少違っていてもいいでしょう?
貴族なんだから、仮の屋敷に引きこもってても違和感ないじゃない。」
「……さえないおじさまであることは、必要か?」
そして、カーマインは学生なのか。
「んー、イケおじかー。やっぱ、攻略対象にカウントされるようなキャラが同行してちゃまずいでしょ。」
攻略対象?
「そういえば、さっきの光の柱、何かの力を感じるんだけど。」
「召喚術師としての、力の顕現というところだな。
石を持っているなら、おそらく召喚もできるんだろう。」
「召喚!」
「そのうち召喚についても教えてやるが、それまでは軽々しく精霊を召喚するなよ。
こっちには課金みたいな仕組みはないんだ。
石は滅多に手に入らない。」