14:森を歩く
この世界では、条件を満たした状態で、念じれば色々なことが起こる。
「そ、そう。願いが叶うなら、いいんじゃないの……?」
遠くで、ギャアギャアと獣が騒いでいる。
ここは常闇の森。
あまたの精霊がさまよいうろついている。
しかも、その大多数は闇や死に近しい者たち。
その雰囲気の中で済み続けている生者も、魔獣やら暗がりを好むものばかり。
この女が出くわしたら、また大騒ぎするだろう面構えの連中だ。
……いや、俺の姿にあっさりなじむなら、案外大丈夫なのか?
「いまさらだが、俺の姿は恐ろしくないのか?」
「え? ああ、髑髏とか? まあ、コスプレとかホラーとか特殊メイクとか、その手の趣味やってる連れもいるから、なんていうか、そういうのの延長というか……。
あんまりキモイ虫とかは、勘弁だけど。」
「もうじき日が暮れる。この森も、なおさら暗く怪しい場所になっていくが、どうする。
俺の精霊を使ってさっさと森の外まで移動するか、簡単な拠点を作って野営をするか、術で支援を受けながら夜通し歩くか。
三択だな。」
「後ろの二つは気が重いけど、それと比べなきゃならないくらいには、最初の選択肢も厄介なことがあるってことよね?」
「一応、配慮はするつもりだがな。
見てのとおり、俺はアンデッドだ。使役する精霊も、俺がバフを与えられるタイプのもの、俺がデバフを受けずにすむものに自然と偏っていく。」
「つまり、アンデッドとか、妖怪とか、悪魔とか……ろくでもなさそうな者たちね?」
「ダークサイドであることは認めるが、ろくでもないなんて表現は受け容れかねるな。
バーミィが聞いたらまた怒るぞ。」
すこし小さな声でカーマインに伝える。
バーミィは、偵察を兼ねて周囲の捜索に出してあるが、奴は耳もいいのだ。
俺の言葉を解釈するフィルターには、小さくない問題があるが。
「SFの漫画なんかで、超能力が暴走してしまう子供の話を見たことがないか?
悪戯をされて驚いた拍子に、思わず相手をひねりつぶしちゃうようなエピソードを。」
「ああ……。」
「バーミィにもそういう気配があるからな。あまり興奮させないように気を付けろ。」
コクコクとカーマインがうなずく。
「さっきまで何もなかったスペースに、いつの間にかスキルが溜まって発動ボタンが表示されている。
この世界には、そういうことがちょくちょくある。
まあ、スマホで誤タップするようなものだ。
平和な向こうの世界でだって、叫ぶような誤爆や暴発があるだろ?」
「へぇ……。あんた……ギルは、そういう経験を何度もしてきたんだ……」
カーマイン、お前さんの召喚も、ひとつの誤爆じゃないかという気がしているよ。
「とにかく、この世界はゲームのようでゲームじゃない。
予防や対策をしようにも、攻略サイトも掲示板もない。
何かを検証しようにも、同じことを追試してくれる奴もいなければ、自分に起こったことを再現することも難しい。
物理法則さえ当てにならないんだ、複雑な現象を解析するのはほとんど不可能と思った方がいい。」
「ゲーマーっぽい割には、簡単に諦めるのね。」
「俺がなぜアンデッドに成ったと思う。」
「なんでなの。」
「少しでも、不要な要素を減らすためだ。」
「不要な要素……?」
「ゲームなら、ミスってもやり直せばすむ。ダメージを受けたとしても数字でしかない。」
カーマインが、ごくりと喉を鳴らす。
「幸いなことに、この世界では俺は死んでも復活できた。だがな。」
「……。」
「傷を負うと、結構痛いんだよ。腹が減るのもツラいし、眠いのも大変だ。」
「なによ、脅かして。」
「いや、リアルな話、探索だの戦争だのやってると、ゲームキャラってブラック企業の社畜どころのレベルじゃないほど長時間過酷な活動してるから。」
「死なないし、体は丈夫なんじゃないの?」
「自分を殺しに来る連中が、そこらにいるんだ、バトルロワイヤルのゲームを想像してみろ。
本気でやったら、小一時間でもヘトヘトになるだろ。ダンジョンの探索が三日がかりだったら。
知らない場所で、まとまった睡眠が取れそうか?
地中から空から、訳の分からん存在がいつどう襲ってくるかわからん戦場で、どんな飯を食う?
ゲームを生身でたどろうと思ったら、身体が頑丈ってだけじゃ、すぐに心が折れるから。」
「やなこと、言うわね。
それでも、ギルはストーリーとかイベントとかこなしてきたんでしょ。」
「それな。」
俺は、深くため息をついた。
肺も、呼吸もないけどね。