12︰イベ
「本当のイベは、ここからだ!って」
女が、キラキラした目で語ってくる。
何を言っているか分からねー……。
こんな世界でアンデッドやってる俺が言うことじゃないかもしれんが、こいつ……マトモじゃないんじゃないか……?
「一体お前は、何が狙いなんだ!」
焦れたバーミィが、とうとう叫ぶ。
女がバーミィの手を取ろうとにじり寄り、バーミィは気味悪そうなしかめ面で距離をおく。
「バーミィ、あなたを連れて、王都へ向かうのよ。そこで、何かが待っているはず。」
「僕は! ギルケヴォールさまの忠実な僕! その留守を守らねばならないんです!」
「留守?」
「ギルケヴォールさまは、奈落への旅路に出るのだ。その間、僕は心臓を守らねばならないんだ。」
おいっ!
「大丈夫よ。そのギルケヴォールさまも一緒に行くんだから。」
「な?」
「イベストーリー、攻略しないの?」
「む……。」
イベのストーリーか。
正直、最近はわりと放置気味だった。
大した報酬はないし、まったく知らない土地が舞台となっていると、だいたいいつも事情がさっぱり分からないまま手当たり次第に襲いかかってくる敵対勢力をブチのめして終わり、という展開になってしまうからだ。
敵は殲滅したのになんの報酬もなかったりして、あ、倒しちゃいかん奴を敵に回したらしい、となんとなく察して終わったり。
特に、外見がいかにもアンデッドになってからは、人間に交じって行動するのがかなり面倒になっている。
つまり、ゲームほど簡単じゃねぇんだこの世界は!
女が、親指を立ててみせる。
「全部じゃないけど、ある程度の攻略情報は把握できてる。」
他のイベでは、別の世界に行って暴れて帰ってきたら、もうその世界とは縁が無かった。
破壊的なエンディングだったとしても、その後の暮らしには影響が無かったのだ。
だが、この世界を舞台にしたイベなんて初めてだ。
今の森の外がどうなってるか知らんが、これまでのイベのように何もかもなぎ倒して終わりというわけにはいかないだろう。
そこで、情報を持ってる、生身の人間と一緒ならどうだ。
あるいは、イベストーリーを成功させたら、何かこの世界に良い結果が生まれたりするのか?
「ふうむ。イベのストーリーか。」
そういえば、参加するつもりのランキングマッチもまだエントリーの案内がない。
過去には、イベのストーリーを少し進めないと参加できないパターンもあったな。
「よかろう。私の挑戦までも、まだしばらく時間があるようだ。
ちょうど、バーミィに召喚術を教えてやろうと思っていたところだ。
それまで、暇つぶしに付き合ってやろうではないか。」
「え、マスターと一緒に旅ができるのですか。」
バーミィも喜んでいる。
「そうだな。途中で、お前の修行もつけてやろう。」
「やったー!!」
無邪気に喜ぶバーミィの周りには、邪霊に交じって聖霊も浮かんで舞っている。
「ところで。」
女と向きあう。
「吾輩はギルケヴォール。
お前の名はなんというのだ。」
「そうね、名前を用意しないとね。
バーミィって、あなたが付けたの?」
「そうだな。」
「どういう意味?」
「意味? 意味など無いが…… ああ、実家で飼っていた猫がバーミーズという種類でな。」
「聞くんじゃなかったわ。」
バーミィが絡んでくる。
「そのように高貴なお名前をいただいていたとは!」
「あんたもちょっと静かにしてなさい。
じゃあ、わたしはカーマインと呼んで。
ギルケヴォールって、呼びにくいわね。」
バーミィが止まらない。
「ギルケヴォール、様だ。
名を呼ぶのが恐れ多ければ、桎梏とお呼びすればよい。」
「しっこく?」
「まあ、気にするな。人里に降りることもあるだろう。人間の男の振りをするから、簡単に、ギルでよい。」
黙れと手で合図しているのに、無視しやがる。
「お前のように無知な者に教えてやろう。
しっこくというのはだな、自由を束縛するもの、手枷と足枷のことだ。
ギルケヴォール様は、恐ろしい方だが、人間を愛してもいる。
自らの力の強さのあまり、人間を滅ぼしてしまわぬよう、力を縛って暮らしているのだ。
だから、桎梏と名乗っている。」
「しっこく……?」
カーマインが、口の中で言葉を転がしながら、俺の方を見てくる。
「バーミィ、私のことはいずれ私自身の口から話す。それまでは勝手に口にするな……」
俺は、目を合わさないようにしていた。