118:月下の兎
仕事が色々変わったりで間が空いてしまいましたが、なんとか今後も更新継続したいです。
おのれコロナめ! めぇ。
「戻りました、主」
音もなく戻ってきたアカツキ。
探知も一応働かせているはずなんだけど、いきなり背後で声がするってどういうことよ。
そして近いし。
歩きながら報告を聞いてみると、どうやら破壊で荒れ果てているのは王都へと向かう街道のまわりだけみたい。
「破壊の痕跡は、方向が一定しております。
狙い済ませた大規模な魔法攻撃で、街道上の敵をなぎ払った、ということでしょうか。」
うーん、クルスのあのスキルなら、あり得なくもないね。
なんつうか、機動要塞って感じの一人戦術兵器だもんね。
「ただ、これほどの攻撃を行っている割には、残骸がないのが奇妙ではあります。」
確かに、生き物の血や肉片も無ければ武器や防具の欠片もない。
「岩も溶けるような高温だから、死骸は焼き尽くされちゃったとか。」
「革鎧のような粗末な装備しか無ければそれもあるでしょうが、ゴブリンの群れ程度であれば、いくら数がいたとしてもこれほどの破壊力は必要ないかと。」
うん、確かにオーバーキルにも程がある。
だいたい、死骸見るのが嫌で丸ごと蒸発させるとか、クルスのキャラじゃないよね。
「うーん、アカツキ、ほかに考えられるのは?」
「亡霊や死霊の軍勢ならば、物質的な痕跡は残らないこともあるでしょう。
ただ、精霊や亡霊が消滅した場合といえども、それなりに気配が残りましょうけれど。」
そう言われると、この場はやけに魔素が薄い。
魔素なんてない向こうの世界から帰ってきたばかりで気が付かなかったけど、さっきの魔力探知でも、反応がなさすぎたってことだ。
「現場の『清掃』まで済ませてあるってこと?
なんだかきな臭いなあ。」
「王都まで、急ぎますか?」
「この規模の戦闘でまだやりあってる最中なら、遠くからでも魔力の気配とか感じそうなものよね。」
あっちの世界と違って街の光なんてないからね、雷の光なんて夜なら十キロ以上離れてても目に入るはずだし。
「何かを見落とすのも嫌だから、寝るのに良さそうなところを探しながら、ゆっくり進もっか。」
「はい。主、周囲の警戒はおまかせを。」
ゆっくり、っていってもこの身体。
荒れ果てた地形の中を、トーン、トーンって一足飛びに進んでいく。
月面を歩いたらこんな感覚なのかなーって。
子どもの頃、習ったなぁ。
月のぉ、さばぁくのぉーって。
あれは月を歩いてるわけじゃないか。
適当なリズムで駆けていく私に、ピタリと合わせてくるアカツキ。
二つの黒い影が、夜色のマントをはためかせながら、月下の荒れ野を黒兎みたいに跳ねていく。
風の音が耳元を抜けてく。
あー、これ、なんか幸せな瞬間だわ。
解放感に包まれた私の耳に、ティリン、という音が入ってきた。
例のメッセージの、通知音。
ティリン、ティリン、ティリン。
続いていく。
メッセージは、クエスト達成報酬がどうとか。
トレスティンたちが、イベントを進めるのに成功したみたい。
ああ、よかった。
とりあえず、繊月の王国のイベントはまだちゃんと継続できてるってことね。
ほっと力を抜いた私の身体に、膨大な魔力が流れ込んでくる。
おっほ。
思わず変な声が出てしまった。
そうだ、イベクエ報酬って、魔力もあったんだった。
こうしてみると、向こうに行ったり来たり、戻ってからも回復できてなかったから結構魔力が減ってたんだなって。
それが、一気に回復して、さらにすぐには取り込み切れずに溢れて漏れ出した分が魔素として身体の周りに漂ってるって感じ。
魔力の一部が、アカツキにも流れていくのが分かる。
そっか、私が魔力回復できてないと、アカツキの回復も遅れちゃうんだ。
振り返ってみると、アカツキがちょっと険しい顔してる。
「アカツキ、ひょっとしてお腹空いてた?」
冗談めかして声を掛けてみたら、唇に指を立てて、静かに、というアイコンタクト。
一瞬耳を澄ませたアカツキが。
「主、申し訳ございません。
罠にはめられました。」
「え?」
「我らは、闇夜のかがり火。
主の魔力を目当てに、魑魅魍魎の群れが集まってまいります。」
普段は気配を消してるアカツキが、今は闘気を露わにしてる。
ごつい黒紫色のランスを棒切れか何かみたいに軽く振り回すと、赤黒い光が残像のように光の筋を残してく。
アカツキ、かっこかわいいが過ぎる。
「あの者の武具を使うのは、気に入りませんが。」
ギルから渡された、「闇桜の使い」とかいうなかなか高位の武器らしい。
ゲームにおいては天界霊装のエース騎向けハイチューンモデルって設定でネットではチェリーランスシリーズと呼ばれて薄い本の下ネタエロネタの定番にされていたが決してネタ武器とかいうわけではなくバルキリー達に相性がよく最前線直前まで攻略に使えるうんぬんかんぬん、と早口でギルが語っていた。
薄い本の定番とか誰も聞きとうなかったわい。
私のそんな気配を察してか、渡された時には使おうとしていなかったアカツキが、それを持ち出したということは。
「厄介な敵が来るのね。」
「はい。
なにしろ、数が……。」
バルキリーシリーズはもともと攻守バランスのいいタイプの精霊だけれど、その中でもアカツキは、街中みたいな場所で私個人を護ることを優先したビルドにしてある(ってギルが言ってた)。
つまり、遠隔攻撃や範囲攻撃みたいな先制は得意なわけじゃない。
「ふふ、いいのよ。
それこそ私の仕事なんだから。」
溢れかえってる魔力を使って、私は次々と召喚術式を展開して精霊を配置していく。
第一デッキ構築、第二デッキ構築、第三デッキ構築。
広範囲探知の術を交えながら、素早く布陣の指示を出してく。
自分自身で喧嘩なんてしたことなかったから、こっちじゃさんざん戸惑ったし素人扱いされてきたけど、SLGやらタワーディフェンスだったら、そこそここなしてきてるし。
そうだよ、なんで私が直接ドつきあいなんてしなきゃなんないの、って。
よーし。
こっからの私は、一人レイドの母艦にして司令官。
「アカツキ、あなたは私の護衛に注力。」
「主……。」
「さ、ゲームの時間よ。私のことは、しれーかんって呼びなさい。」