117:荒野
「いいえ」、一択でしょ。
バカバカしい。
あんなバトルジャンキーたちに、つき合ってられない。
グレンガの、偉そうな態度を思い出すっての。
「お前は、装備の割には対人戦慣れしてないからな。
火力やスピードさえあればスキルで一方的にボコれる魔獣どもと違って、マッチングバトルじゃプレイングスキルがモノを言う。
装備や覚醒だけ先に進めちまってるからな。
似たようなランクの奴とじゃ、多分勝負になんねえよ。」
何よ、偉そうに。
ギルよりも幼い口調だけど、なんだか上から目線で一方的に語ってくる。
「つっても、ランキングマッチには一勝もできなくても参加賞があるから。
一回くらい負け確でも参戦しておくといいぜ。」
参加賞ね。
確かに、ソシャゲの新規接待配布は定番よね。
考えとくわ。
「ありがと。」
にっこり笑顔で応えてみせる。
「お、おう。」
とたんに神妙な顔になるグレンガ。
ふん、小僧め。
「あたしだって、たまには感謝くらいするっての。」
そか。
小さな声で言ってから、グレンガは出発していったんだった。
まったく、アオハルかって。
マッチングのメッセージウィンドウが消えたあと、改めて周りを観察する。
焼け焦げた大地っていっても、山火事みたいなのとは違う。
高熱と衝撃波の形跡……?
濃淡というか、ところどころに砂が融けてガラスみたいになってるとこがあって、それを中心に、爆風が拡がったって感じかな。
こんな敵がいない場所まで無差別攻撃するようなスキル、パズ&ダズだとどんな効果で表現されるんだろ。
あんまりピンとこないなあ。
私の大切なカラミーテの王土を汚すとは、不届き千万なプレイヤーめ。
地面を眺めてゆっくりと歩き回りながら、イメージを具体化してみる。
バン、ここに高エネルギーが叩きつけられる、直撃したところは岩まで溶けて弾け飛ぶ。
ただし一つ一つは小さく凝縮されたようなエネルギー……、そう、火球というより落雷みたいな……。
それがドンドンと繰り返されて……。
頭に、降り注ぐ無数の稲妻が浮かぶ。
あれ、どこかで見たような。
激しい白光の明滅、天上から響いてくる轟音。
見上げた目線の先に浮かんでいたのは、空の城。
「まさか、クルスのあの召喚スキル、なの……?」
もう一度夜空を眺めれば、そこにあるのは赤い月とわずかな雲。
天空の城はおろか、雷雲の気配もどこにもない。
幻視か、フラッシュバックか。
あれは、確かに異物。
いくつもの次元と境界の狭間を渡る存在。
パズ&ダズの世界にとっても、繊月の王国にとっても。
それを産み出したのは、ほかならぬ私のこの手……。
「クルス……?」
念話で呼びかけてみるけれど、応答はない。
そうよね、念話なんてすぐ近くでしか働かないし。
暗がりの荒野を吹き抜ける風の音だけが、耳に入ってくる。
急にうすら寒さを感じて、自分の体を抱えてしまう。
そうだ。
マッチングは断ったものの、マッチングバトルじゃなくたって他のプレイヤーやキャラとのからみはありうるんだった。
あわてて、精霊術を行使する。
向こうでは魔力を補充できなかったから、いきなりたくさんの精霊を呼ぶことはできない。
アカツキ、来て。
とにかく、誰かとしゃべりながら過ごしたかった。
赤味を帯びた線で魔法陣が展開されると、精霊門の中から小柄な影が滑り出てきた。
「お帰りが遅うございます!」
「あは、ごめん、ごめん。」
黒いマントが月明りさえもかき消すような、洋風でありながら忍びの気配の闇騎兵。
「ただいま。」
「……もう、戻られないのではないかと、思ってしまいました。」
それは、私の中にもあった声。
「ふふ、まだ私には、こっちでやらなきゃならないことが、あるのよ。
この世界も、守らなきゃ。」
「はい……。」
「それに、アカツキ。
向こうでだって、召喚できるのよ。」
「え?」
「簡単には魔力が補充できないからね。
大きな力を使うことは、できないけど。」
「そう、か。
主が向こうへ渡っても、契約は続いている、のですね。」
「だから、こっちでの戦いが終わったら、アカツキに向こうの世界を見せてあげてもいいかもね。
おとなしく、いい子にできる?」
「はい……、はい……!」
「よし。
それじゃ、まずは王都に向かうわ。
周辺の地形を調べて、現在地を割り出してくれる?」
返答も聞こえないうちに、アカツキは姿を消して走り去っちゃった。
騎兵っていうか、猟犬だぁ。
たった一日見なかっただけで、ずいぶん久しぶりみたいに。
うるうるした瞳が、庇護欲かき立てるし。
くう。
アカツキみたいな合法洋ロリ、向こうでだったらどんな格好させてみようか。
クルスのことを都合よく頭から追い出して、私はまた新たな道を踏み外しつつあったのだった。