116:カーマイン再臨
ちょっと間が空きました。
新年度で!
コロナで!
面白い読み物が色々あって!
すみません。
上下の感覚もないし、目を開けても何も見えない、次元の通路。
精霊術が使えるようになった今なら、渦巻いてる魔力が子供の頃図鑑で見た星雲みたいに「視えて」るけど。
重力を感じるようになって、魔力の光もやっと収まってく。
最後にふわっと浮遊感があって、風の感触と地面に足が着いた軽い衝撃。
ふう。
初めて召喚されたときから数えれば、三回目なんだけど、慣れそうもないよね。
目に入るのは、月の光に照らされた、荒れ果てた大地。
グレンガから聞いてた話によれば、もう一度、同じ場所に転移するはずなのに、この荒野は全然見覚えのない風景だ。
こちらからの転移元は、キルリア領から王都へ通じる道の途中だった。
次元の門を開くときには、他人に見られないよう、街道から少し離れて森の中に入っていたのを覚えている。
その前の移動中も、視界の開けた場所なんてほとんどなかったはず。
どういうことだろう。
予定していたより、長いこと向こうですごしちゃったのは確か。
なんせ、少々肩身の狭い実家住みの身でしてね。
友人が急な予定でこっち来てて、週末バタバタしてるって話をしておいたけれど、あとでしつこく聞かれるのかなー。
ま、「趣味」の友人と遊ぶ時には、普段の私じゃあり得ないような時間帯に活動してたしなー。
なんて。
不思議なもので、こっちじゃ魔法や巨大な化け物みたいなファンタジー世界を体験してたのに、向こうに戻った途端、向こうでの現実の問題がちゃんと重みを持って感じられるんだから。
怒れるドラゴンのことより、嫌みな母親の視線の方が気になっちゃんだから、いやんなるわ。
さて。
ざっくり数えて十時間くらいだから、こっちじゃ、十日ってところだと思うんだけど。
周辺を見渡して、悪意のありそうな気配もないので、手を高くかざして広域に探知を放ってみる。
無属性の、微弱な魔力の波がレーダーみたいに広がっていくイメージ。
その波が、ほかの魔力の塊や魔力を阻害するような存在に触れると、魔力波の円が乱れたり反射したりして歪むの。
ギルが、術の使い方を教えてくれた。
静かに波は広がっていって、やがて消えていく。
幸い、大きな円の乱れはないみたい。
強い力を秘めてるような魔獣や精霊は、このあたりにはいないってことね。
ふふ、私ってば、魔法使いよねー。
広げていた手のひらを戻して、手元でぐーぱーしてみる。
それでもって、この綺麗な指先……
なめらかすぎて溜息出るわ。
この身体の感覚もね。
まずもって、身体が軽い……
向こうで言ったら一流アスリートかダンサーかってレベルで身体を動かせるよね、今の私。
戻ったときには、自分の不摂生とか運動不足とか改めて見せつけられた気がしてへこんだもんよ。
もう、体つきとか肌とか、考えないようにしてたけど。
うん、そこは考えない。
とにかく、カラミーテに、戻ってきた。
私の物語を、進めなきゃ。
パズ&ダズの攻略サイトはネタバレ怖くてちょっとしか見てないけど、ほかのSNSとか通知溜まりまくりだったもんなー。
忙しいときに限って、いろいろな記事に目が惹かれちゃうっていうあるある。
グレンガの言ってたことは、公式サイトで確認してきた。
今回のランキングマッチも、定番のパターンで金曜日の二十時から日曜の二十時まで、四十八時間。
その間なら、イベント報酬の魔力の一部を使うだけで行き来ができるってことになる。
私はもう一往復しちゃってて、そこはグレンガから、忠告されてる。
何度も往復すると、イベのストーリーをこなすための魔力が足りなくなるかもしれないと。
ランキングマッチが終わるまであと八時間くらい。
そこで戻らなかったら、次のイベは二週間後になっちゃう。
二週間近く行方不明になってたら、間違いなく事件になるよね。
だから、こっちにいられるのはあと一週間ほど。
その間の勝負だから、気合を入れなきゃ。
ふむ、と声に出して、呼吸を整える。
それにしても、見覚えのない風景なのよね。
近くには、グレンガやクルスの気配もないんだけど、そこはもともと王都近くで待ち合わせてるから何とも言えない。
ログイン、間が空いちゃったねって冗談に、キョトンとするアカツキの顔が浮かぶ。
まさか、十年経ってますとか、そんな展開じゃないでしょうね……。
何しろ、王都に向かわないと始まらないんだけど、その前に。
ストレージから、黒のローブや装備一式を取り出して身にまとう。
ギルから一式貰っちゃってるのは、ちょっと寄生感あるけどね。
ま、情報と物品の交換だったってことで。
嬉々として闇属性向けの装備を見つくろってくれたときの、ギルの長い話が思い出される。
ああ、その顔も、声色も、アルトクリフ様のものだったんだ。
……こっちに戻らずに、あのままギルの……有川氏の、そばにいるってのもありだったんじゃないの?
あのコンビニの騒動を見てたら、このあとの数日で、どんな展開になってるかなんて、分からないよ?
自問の声が、耳元でささやかれる。
いや、あれはギルであって、アルトクリフ様じゃないし。
いいじゃない、中身がギルだって。
悪くない人よ。
不器用かもしれないけど、親切だし。
それでもって、見た目と声がアルトクリフ様なのよ?
特別な存在になれるかなんて分からないけど、少なくとも友人くらいにはなれそうだったじゃない。
それ以上、何を望むって言うのよ。
……あなた、この世界でだって、別にヒロインってわけでもないのに。
自答はせず、私は装備を確認していく。
星霊のローブに、妖樫の杖。
順に身に着けていくと、様々なバフや特殊能力が付与されていく。
月明りで色合いを失っていた周囲の光景が、暗視の力を得て鮮明に見えるようになる。
え! なにこれ、単なる荒れ地じゃないよね。
大地が、焼き尽くされてる……
そこへ、念話のようなメッセージが届く。
「ランキングマッチの申し込みが可能です。
対戦しますか?」