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115:病院

俺は車のハンドルを握り、信号待ちしている。

街中でクルマを運転するなんて、体感では何年かぶりなんだが、まあ襲撃してくる兵士だの遠距離からの魔法攻撃だのを避けながら馬車を走らせるのに比べればな。

さいわい日曜の午前中、たいていの店が開く前だったおかげで、交通量も多くないことにも助けられた。


店長代理は、連日の長時間勤務の疲労に事故のショック、おまけに親の緊急手術の連絡というコンボをくらってプチパニックになっている。

今は助手席でうつらうつらしながら必死にまぶたを開いているが、いっそしばらくでも眠った方が良かろうに。


会話も無いから、俺もついつい思いにふけってしまう。

店長代理には知られていないが、俺も俺で、色々な出来事があった。


封印されていた向こうでの記憶は、確かに蘇ったんだ。

だが、向こうで大半を過ごしたギルの肉体……まあ、途中からアンデッドだったから「人生」とは呼べんかもしれないが、そいつはもう消えてしまったって話も、同時に思い出したわけだ。

それに、向こうで過ごしていた時も、こっちの元の人生のことを、すっかり忘れていたってわけじゃない。


何が言いたいかってつまり、今のこの俺って一体なんなんだろうな、っていうテツガクよ。

テセウスの船、だったか。

一艘の船の部品を順番に取り換えていったとして、全部が入れ替わった後に残った船は、元の船と同じ船って言えるのか、みたいな。


まーな。

元の俺が、欠けがえのない誰からも必要とされてるような人間だったならな、実は中身が変わってようが、昨日まで異世界に行ってようが、みんなの求める「俺」が帰ってきたぜってもんなんだが。

俺たちが向こうでやりかけてた、アルトクリフごっこみたいにな。


しかし、こっちで部屋の中に閉じこもってた俺が元々の俺だったとしたら。

誰も俺のことを気にしてなかったとしたら、さ。


誰かがその部屋の中を見るまで、俺が何者だろうと、生きていようと死んでいようと、ひょっとしたら別人に生まれ変わってようと、どうでもいいことなわけで。

要するに、誰も、俺が何者かを決めてくれやしないってことだ。


ああ、俺のことを見ていた奴はいたか。

猫だけどな。

シュレディンガーの猫っつーか、異世界まで追っかけてきて俺に肉体を与えなおすとか、観測者どころじゃない主体だよな、あの猫。


なんにしろ、向こうの記憶がない時間。

俺は、このコンビニで働こうとしたわけで。

このおねーちゃん、いや店長代理を手伝ってやろうと、思ったわけで。

ま、そいつに乗っかってみるのがいいんじゃないかと、そんくらいでいいだろ。

俺が動く理由なんてな。


よし、と自分に向けて何かちょっとした決意めいたものを固めていると、ナビの画面ではすでに病院が近くに表示されていた。


「あの病院です……」


結局、眠らないまま腫れぼったい目をフロントウインドウの先の病院に向けている店長代理。

病院の母親からメッセージが来ているようで、スマホを握りしめている。


「手術が、難しいそうなんです……」


「というと。」


「元々持ってた病気はあるんですが、検査をしても今の症状の原因かはっきりしなくて、このまま手術に入るとすると、結構大きな手術なので、もし違う原因だったら負担が大きくて、次に別の手術をすぐにできるかどうかわからないらしくて……」


たどたどしく店長代理が状況を説明していく。


「とにかく、会えるならまずはお父さんのところに行ってやろう。」


駐車場から、病棟へ向かう。

俺が大きな病院に行くのは、祖母の最後の入院以来だな。

日曜の午前、見舞客や世話をしに来た家族らしき人々がそこかしこにたむろしている。


「お父さん……」


病室で店長代理が声を掛けたのは、酸素マスクを着けてベッドに横になっている顔色の悪い老人だった。

まだ六十になっていないくらいの話だったが、かなりやつれてしまっている。

つーか、かなりヤバい状態だ。


あっちの世界で俺は、死ぬほど死にかけの人間を見てきた。

はは、ボキャブラリが貧相すぎるか。

うんざりするほど、心が折れるほど、と言えば少しは丁寧か?


向こうにゃ魔法があったからな。

死にかけていても、回復魔法で簡単に傷が治る。

パーティでの戦闘や戦争みたいな場面になったらどうなるかって?

武技や魔法でガンガン殴り合って回復しって再び殴り合って回復して、の繰り返しだ。

十分な魔力のストックや補給があれば、多少戦力に差があっても、意外と粘って結構長期戦になることも多い。

圧倒的に蹂躙(ワンパン)するには、超火力が必要ってことだ。


ただ、蘇生の術ってのは簡単じゃない。

肉体だけじゃなくて、魂の扱いの問題になるからだ。

扱える術師もかなり少ないし、戦闘中にもう一度参戦するレベルの術なんて、「プレイヤー」くらいしか使ってるのを見なかった。


だから、戦いに明け暮れてる連中の中でも、部隊の責任者や回復担当は、「死にそうか」どうかの見極めがとにかく重要になる。

ゲームと一緒だよ。

死なない程度に傷つくまで戦わせて、ヤバくなったら後方へ下げて治療する。


自分自身だって、そうだ。

鑑定だの「ステータス」の表示があるような世界じゃなかったからな。


あとどれくらいのダメージを引き受けられるか。

その見極めが、攻撃の手数や重さも決めることになる。

ちなみに、痛みとか見た目の欠損具合と、すぐ死ぬかどうかはちょいと違うんだよな。

「肉を切らせて骨を断つ」っていうけどな、肉を切らせても生き残れなきゃ意味がねえ。


リスポーンできるとはいえ、死んじまったら獲得報酬はないからな。

徒労、完敗だ。


で、その経験が俺に伝えている。

このままじゃ、この人は死ぬ。


で、原因が特定できないだと?

そいつはラッキーだ。


俺は、別室に入院している母親に話を聞きに行くよう言いくるめて、店長代理を病室から追い出した。

そして、まともにしゃべることもできない父親に対し、快気功という治療のスキルを施したのだった。



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