113:第三R
「この話は、バトルが終わってからだ。」
「そうね。」
言葉少なに会話を打ち切った俺たちに、魔力の塊が接近してくる。
ペコとスイミンの感触を試しながら、接近してくるのを待つ。
例の狼獣人だ……が、感知できる戦闘力が、下がったような。
隠蔽スキルでの不意打ちって感じでもないが、どうした?
狼獣人は、特に仕掛けも無いまま、いや、むしろ武器も抜かず、精霊を展開もせずに姿を現した。
両手を挙げて、ゆっくり近づいてくる。
白旗か……バンザイ特攻……?
どんな仕掛けだ。
「んん……手ぶらか?」
俺の声が聞こえたのかどうか、数メートルの距離で奴の足が止まる。
姿勢が前のめりになり、重心が下がり、後方へ移っている。
斬撃のリーチを延ばす居合系スキルや、瞬歩のような機動系スキルなら、もう間合いのうちか。
奴の機動性は侮れん。
今の俺が持つ遠隔斬撃系のスキルでは、単純に放っても絶対に当たらない自信がある。
スイミンのガードは、このランクのバトルでは無敵の盾だろうが、それも一度見られている。
正直、ここまで直接的な駆け引きは久しぶり過ぎて勘が鈍っている。
パズ&ダズでは、精霊は序盤はプレイヤーの支援役で、強課金デッキでなければ、中盤くらいまではプレイヤーもなんとか主戦力になっている。
だが、それ以降はプレイヤーよりも使役する精霊の方が圧倒的に高位の存在になっていて、むしろプレイヤーは守られる核のような立ち位置になる。
精霊同士の戦いは千日手になることも多く、精霊による防御を貫いて使役者であるプレイヤーにどうやって打撃を与えるか、そこが勝負のあやとなるのだ。
というわけで、向こうでもサクサクと育成を進めていた俺には、プレイヤー同士が本人のスキルで肉弾戦でぶつかるなんてバトル、意外と経験がなかったりする。
精霊としてのウェアウルフ系モンスターは何体か覚えがあるが、こいつはどうだ。
アンデッド化していた俺が、グレンガに骸魔皇というモンスターと最初に勘違いされたように、プレイヤーが別の肉体を手に入れている場合、ラリーカーのごとく、見た目は普通の乗用車と似ていても、中身はまったく別物という可能性もあるわけだ。
四足獣化に変化! みたいなスキルでもあんのか?
防具も元々部分鎧ばかりの軽装だ、人の姿を捨ててリミッター解除とかな。
あえて武器も捨ててんのなら、ガードの隙間を狙った超接近戦か。
となりゃ、爪よりも警戒すべきは牙、肉を切らせての喰い裂き攻撃もありうるか……?
低い姿勢から、奴の腕がゆらり、と前に出る。
そのまま、さらに低く、低く。
やはり獣化形態での攻撃か。
その位置から、どういう軌跡でこちらの急所を狙う。
「どうか、どうかお願い、いたしますーっ。」
見事な土下座だった。
「きゅぴ?」
スイミンの声が、胸元から聞こえてきた。
「あ?」
「だ、だから、頼む。
その装備のネタを、教えてくれよ。」
つってもな。
俺も知らねえよ、こんな仕組み。
デッキに入れてない精霊の力を使うとか、なんで許されてるかも分からねえし。
「なんだお前、勝負を投げるのか。」
「もちろん勝負は負けでいい。
降参だ。
いや、そのネタが手に入るんなら、五勝、いや十勝の価値はあると思ってる。」
「ふざけんな。
こっちは遊びでランキングバトルしてんじゃねえぞ。
そんな勝ち負けで取引するほどボケてねえよ。」
「……さっき、俺の負けでいいとか、引退とかなんとか言ってなかったっすか。」
「……あれは、ウソだ。」
うすら寒い風が吹いていく。
「しょうがねえな。
疑問があるなら、ちょっとだけ聞いてやる。
八百長なんぞは要らん。
いいか、三分だけだぞ。」
「ありがとうございまーっす!」
この野郎、調子のいい声出しやがって。
「で、早速なんすけど、その精霊、そんな強力なのになんでマッチングの評価が低いままなんすか。」
あー、それな。
俺も疑問だよ。
パズ&ダズでは、精霊を選び、装備を設定すると、そのレアリティに応じてコストが積みあがっていく。
具現化したマッチングでは、ゲームシステムのような「決まった数の精霊しか連れていけない」「複数の武器が持っていけない」などということは起こらないが、ランクやコストの総合評価で相手が設定されるから、ガチクラスの精霊や武器を予備として持つと、その分コストが上がって強い相手が選ばれてしまう。
かといって、評価に影響がないほどコストの低い装備では、相性の有利不利による修正以上に、使い物にならないのが普通だ。
スイミンやペコを使っている俺が低い評価のままなのは、その理から外れている、ように見えるわけだ。
……バーミィの精霊が、俺へのコスト加算なしに使えてる、なんて言ったら、チーミングみたいなチートだよな。
それに、バーミィの力を借りてるって感じでもないんだけどな……。
「その子達って、スイートミントスライムとチリペッパーゲッコーを、一段階進化させただけでしょう?」
声を上げたのは、川島だった。
「そんなレアリティだったら、マッチングには影響しないんじゃないのかなあ。」
驚いて川島の顔を見つめると、照れたようにはにかんでえへへ、とか言っている。
「い、一応私だって、プレイヤーの端くれだし。
今回、こっちに戻ってきたからマッチングバトルの仕様も勉強したんだ……。」
狼獣人が土下座の姿勢から思わず半身立ち上がって、チンチンみたいなことになっている。
「いやいやいや、待ってくれよおい、スライムとゲッコーの一段階進化でそのスペックだったら、え、初期配布精霊が超強化されたってこと!?
いやマジかよそんな情報知らねえしいつの間に実装……」
結構な勢いで回り始めた狼獣人の舌がなんだか面倒になって、俺はペコの鞭を振るい、哀れ獣人は再び炭になって粒子として宙に消えていった。
三分は……たぶん経ってる。
たぶん。
「いや、ランキングマッチの仕様は俺もあいつも知ってるよ……」
スイミンやペコが特別なのは、バーミィのせいだって言っただろ……?
やれやれ、妙な情報がネットを駆け巡らないといいんだが。