111:開封
封じられていた記憶を、俺は思い出した。
パズ&ダズ!
バーミィや向こうの世界でのこと。
カーマイン、繊月の王国のこと。
それに、バーミィの正体が、ミヤキチという実家の猫だったこと。
これは、思い出したわけじゃないが、どういうことだってばよ。
考えたいこと、確認したいことは色々あるが、目の前には狼男。
マッチングバトル。
ああ、俺の負けでいいと言ったか?
悪いな、あれは嘘だ。
でだ、戦うとすると。
背中の方からするりと俺の手の甲まで回り込んできたのは、赤い宝石のような肌のヤモリ。
「ペコ。
このワンコロを片付ける手伝いを頼むぞ。
それから、バーミィ。
後でゆっくり話をさせてもらうぞ。」
「きゅ、きゅぴぃニャ……」
狼獣人が、墜落に近い速度で着地してきた。
衝撃でアスファルトにひびが走るが、本人にダメージを受けた気配はない。
「やれやれ、そんな調子で街を荒らされちゃ、かなわんな。」
俺の腕と半ば一体化したペコの口から、炎が鞭のようにぬらりと伸び上がる。
ちょっと蛇っぽい。
獣人が、よだれをたらしそうに興奮した目を向けてきた。
「もう一体いるのか。
うお、気になるな、それ。
どうやって手に入れたんだ?
見たとこはふつーの精霊みたいなのになぁ!」
狼獣人が振るった腕を、スイミンの籠手でかわす。
いや、自分ではついていけていない速度なのだが、スイミンが動きを補正してくれている。
……コレ、俺の身体、要るか?
スイミンたちが単体で戦っても、そのまま勝つんじゃね?
少々疑問に思いつつ、獣人の脇をすり抜けざまに、ペコの炎の舌を振るう。
絶妙にテンポをずらしつつ、うねるように狼獣人の肩の後ろを貫いた。
「なっ!?」
悪いな、さっきまでと動きがダンチで。
そのまま、ペコが猛烈な勢いで焔を噴き出した。
舌での刺突は相手の動きを止めるためか。
ゴウッ。
強烈な熱風で炭化した毛並みが、ハラハラとあたりに舞い散る。
獣人は、黒ずんだ塊となった後、光の粒子に覆われていった。
ブレス一閃、か。
これで、一勝一敗。
しかし、狼獣人の言っていたとおり、マッチングバトルの組み合わせでは、装備や使役する精霊を組み合わせた総合的な戦闘力の評価が基準となっている。
バトル開始後に装備やデッキを換装したりはできないか、戦闘力が一定以上変動した場合は、勝っても褒賞が得られなかったりする。
ペコやスイミンがカウントされるなら、過剰戦力な気もするが……。
次のラウンドまで、わずかだが間はある。
「バーミィ……いや、こっちじゃミヤキチと呼んだ方がいいのか?」
「はい、それでよいですニャ……
おかえりなさいませ、マスター……」
肩を落として座りこみ、ホロホロと、泣いているような雰囲気のミヤキチ。
猫だからな、猫背なのは当然か。
「それで。
なんで俺の記憶を封じた。」
「だって、マスターは、また向こうに戻ろうとしていたニャ……」
「は?」
そりゃ、確かにこっちに戻るのは一時のつもりだったが。
「そのままこっちで、一緒に暮らして欲しかったのニャ。」
「あれ、待てよ。
お前も向こうで暮らしてたんじゃないのか。」
「……向こうにいたのは、僕の魂だけだったのですニャ。
最初は、マスターも骨の身体だったから、バーミィとして側にいるだけでもよかったのですニャ。
でも、マスターがもう一度、温かい腕の中に抱いてくれたら、そう思ってしまったのですニャ……」
なんか犯罪の告白めいた口ぶりだな。
「なるほどねー。
それで、あの転生ってこと。」
いつまにやら、カーマインが降りてきていた。
「どういうことだ?」
「心臓の結晶を、アルトクリフ様の身体に埋め込んだの、バーミィの仕業だったじゃない。
じゃあ何、最初から生身を乗っ取ろうとしてたってことね。」
「マジかよ。
人間業とは思えねえ。」
「マスター。
マスターは、もっとひどいことをたくさんしてきてますニャ?」
それもそうか。
人間種の国と、何度も戦争してきたわ。
「で、こっちで暮らせってか。」
「今ならまだ、こちらの生活を再開できますニャ。」
まーな。
超ハイスペックな肉体を手に入れつつ、今までの俺の人格を引き継げないわけでもない。
向こうで過ごした数年間は、こっちでは半月だったか。
「そういや、俺はこっちで死んでたのか?」
「はい。
マスターがあちらでアンデッドになったとき、魂のリンクさえ途切れましたニャ。
でも、それがきっかけで普通の死ではないことに気づけましたニャ。」
「その死体って……」
「綺麗に処分しておきましたニャ。」
俺の魂、帰るカラダはもう無いってことか。