105:戦闘
いやいや。
「マスター! マスターってば!」
目をそらしてスルーした俺に、猫がまとわりついてくる。
「なんで無視するニャ!?」
俺は、じろりと猫をにらんだ。
限りなく濃い灰色、黒に近いが、わずかに褪せたような明るさに、青みがかかっている。
サラサラかわいい。
いや、そうではなく。
「簡単に契約などできるか。」
「なんでですニャ!?」
「お前、さっきから俺の周りをウロウロしていたろう。」
「気付いていたのですかニャ。」
「それでいて、こんな状況で声を掛けてくる。
怪しすぎるだろぉ!」
「それはその、マスターがアイツと戦うことになってしまったからですニャ。
マスターが平和に暮らしているのなら、そっと見守って、顔を見せることもなかったのニャ。」
「ふん、なんか知らんが守護者気取りか。
俺は、一人でもあいつとやり合える。そうだろ?」
「もちろんですニャ! あんな程度の相手、マスターなら片手でひねりつぶせるニャ。」
「じゃあ、契約なんて要らんな。」
「そ、それは……!」
猫とやり取りをしている間に、絨毯から狼獣人が飛び降りてくる。
騒ぐ猫を放置して、そちらに向きなおす。
狼の頭部に直立二足歩行。
双剣の柄に置いた手のつくりは、毛並みで覆われているものの人間のそれに近い。
敏捷性を殺さない軽装の防具に、魔力を秘めたアクセサリ。
「おいおい、戦いの準備はできているのか?
いくらジェントルナイツな俺でも、そろそろ始めちまうぜ?」
バネを感じさせるしなやかな立ち姿。
その周囲には、何体もの不思議な生き物が浮かんでいる。
精霊使いとしては中級だが、それでも常人とは比べ物にならない力。
感じる、感じるぞ。
ふざけた状況だが、不思議なほど落ち着いている。
奇想天外な展開なのに、むしろさっきまでの時間の方に違和感があったくらいだ。
そして、俺はこの戦いを、知っている。
そう確信した。
「挨拶をしに降りてくるとは、律儀な奴だな。
来いよ、どこのどいつか知らんが、俺の敵なんだろう?」
レトロなカンフー映画よろしく、手招きしてみせる。
「なんだぁ?
精霊も呼ばずにやりあおうってのか?
まともな装備も無しとか、なめてんじゃねーぞ。」
狼獣人が、金色の光を放ちながら滑るように駆け寄ってくる。
速い。
だが、スキルの発動が雑すぎんだろ。
モーションの始まりから終わりまで、見え見えだぜ。
すり抜けざまに、掌底を振りかざす。
ふむ。
伸ばした俺の腕が、いくつもの肉塊にブツ切りにされていくのがスローモーションのように目に入ってきた。
「て、てめぇ?」
むしろ戸惑いを交えて、狼獣人が吠える。
内蔵をぶちまけながら、俺の下半身がゆっくりと倒れていく。
いや、なんのスプラッタ?
「どういうこった……?
ザコ?
単なる勘違い野郎……なのか?」
幸いなことに、次の瞬間には、切断面がきらめく光に覆われ、肉塊は光の粒子へと変わっていく。
おかげでグロいものを直視せずに済んだ……では終わらず、俺の視界も、そのまま光の帯に包まれていったのだった。
目を覚ましたのは、部屋のベッドだった。
え、外を出歩いてたのって、夢か?
汗を感じながら上体を起こし、思わず腕や腹をさする。
よかった、痛みも血も、錯覚だった……
いや……服だけが、切り刻まれてやがる……!?
シャツもパーカーも、肩に引っかかっている単なる布切れになっている。
認めたくないが、この身体は、あの瞬間に切り刻まれた。
そして「再生」というか「再生成」された。
リスポーン、だ。
部屋の時計を見上げる。
コンビニで見た時から、十分も経過していない。
殺されて、すぐにリスポーンしたってことか。
なんだこの、ラノベみたいな展開。
死にまくるタイプのデスゲームかよ。
てか、なんで瞬殺された?
俺の感覚では、あいつははるかに格下だったはずだったのに。
何がなんだかわからねえ。
だが、あいつとの戦闘は、まだ終わっていない感覚がある。
「くそがっ」
思わず、罵りの言葉を口にした。
「え?
ギル、もう帰ってきて中にいるの?」
ドアの外から、さっきの女の声が聞こえた。
ヤバい、マジで部屋の前で待ってたのかよ。
ここは四階だ。
おかしな状況になっちまった。
「いつの間に転移してたの?
帰ってたなら教えてってば。
とりあえず、中に入れてよ。
っていうか、入れてくれないなら開けちゃうけど。」
ギル……って、なんだよ。
俺のこと、言ってんのか?
転移?
俺がいろんな力を持ってることを知ってる?
いや、転移はできないぞ?
考えは巡るが、まとまらない。
動けずにいる間に、玄関で何かのつぶやきが聞こえ、ドアがカチャンと音を立てて解錠された。
え?
なに?
そこそこの家賃の新しいマンションだ。
簡単にピッキングできるような錠じゃないだろ……?
「やっぱり、いるんじゃん。
あ、鍵?
緑二号さんから、こっちでも使えそうな便利グッズ、いくつか提供してもらったんだー。
いいでしょー。」
「お、お前、何勝手に入って来てんだよ……」
「えー。
あ、やだ、そのカッコなによ……
サービスカットすぐる……
ラッキースケベとか……」
そういうことじゃねぇ!?