103:邂逅
救急車、消防車、警察のカブにパトカーに。
サイレンこそ鳴りやんだものの赤色灯がいくつもまたたき、近所の住宅でも人が目を覚ました気配がある。
コンビニに突っ込んだ車両の絵面は、分かりやすくネットやマスコミのネタになるんだろうな。
部屋着にサンダルで出てきてスマホを向けている若者もいる。
爺さんを載せた救急車を送り出したあと、俺は行きがかり上、臨時休業の告知を作って貼り出したり、外野の整理にあたってくれている消防官の対応をしたりしていた。
そういや、最近って、救急車を呼ぶと消防車もついてくるんだな。
女店員はといえば、店の奥で警察官に事情を聴かれている。
「大野来海です、はい、二十歳……
この店の店長は母親で、はい、両親がオーナーでもあります……
あと二店舗を経営してまして……」
店の表のガラスは大きく割れてしまって、俺の耳には中の声も聞こえてしまう。
ふーん、オーナーの娘なのね。
そういや、両親とも動けないとか何とか言っていたな。
「あちらは、お客さんというか、うちの店で働いてもらう予定の方で、有川さんと言います……」
おっと、履歴書出しただけで、面接前にもう内定していた。
「アルバイトっていうか、できたらずっと居て欲しいと思ってるんですけどね……」
んん?
まだ勤務条件も聞いていないんだがな。
こちらをチラチラと見ている警官も、なぜ納得したようにうなずいているんだ。
空もすっかり明るんできた頃、今度はタクシーに乗った記者やら鑑識と思しき警察関係者もやってきた。
出勤途上でコンビニに寄ろうとしていた客、通りかかりの学生、近所の野次馬。
大勢の視線が事故現場に向かってくる。
騒がしい状況の中、俺はすっかり帰りそびれて、朝のシフトで出勤してきたパートの女性と、店内の片づけをしていた。
ガラスに棚に端末に、こりゃ、修理の手配も大変そうだ。
「あなた、くるちゃんのお友達なの?
いつどこで知り合ったの!?」
いや、知り合いもなにも。
くるちゃん、と呼ばれている女店員は、発注の取り消しやら本部への連絡やらに追われている。
「え、うちの店に勤務するの!?
あたし、恭子っていうからきょうちゃんって呼んでね。
シフト全力で増やすから、一緒に頑張りましょうね!」
パートの女性は結構な勢いで歓迎してくれているようだが、俺は「はあ、よろしくお願いします。」というくらいしか感想が浮かばなかった。
それというのも、明るくなって以来、外の撮影の雰囲気が何やら変わりつつあるからだ。
テレビ局の中継のカメラにしろ、女子高生のスマホにしろ、リアルタイムで起こってるわけでもない事故現場にしちゃ、撮影、妙にしつこくないか?
っていうか、俺を撮ってないか……?
なに、なんなの……?
「ねえ、恭子さん、でしたっけ……。
あの人たち、なんかこっちを写してません?」
「き、気のせいじゃない?
事故、そう、事故現場だから、みんな珍しいんじゃないかなー。
何だったら、あたしも撮りたいくらいだから……」
一応がまんしてるのよ、という態度を示しながら掃除をしていく。
なんなんだよ、と思ってちょっと睨みつけると、きゃぁ……とかすかに歓声が上がるのが聞こえてくる。
待って、コレ、もしかしなくても俺がイケメンだからってことですか。
試しに、首をかしげつつ、外に向かって少し微笑みを浮かべてみる。
カシャパシャと撮影音が無数に重なって巻き起こり、俺は口元を引くつかせた。
おいおい。
ただそこにいるだけで、こんだけ他人の注意を引くなんてな。
だいたい、こんなイケメン扱いの状況、経験がないぞ。
悪意や殺意を向けられたことなら、ともかく。
こりゃ、人間の振りし続けるのも無理があるんじゃねえか。
って、なんだよ、人間の振りって。
ああ、違うわ、そういや人の身体になったんだったな。
うっかりしてた。
自分に突っ込みを入れていても、何かが食い違っている。
混乱した感覚のなか、消防官らしき人が、店の表から声を掛けてきた。
「あの、有川さんっていらっしゃいます?
お知り合いの、カーマインさんって方が外にいらしてるんですけど、お話されます?」
カーマイン?
誰?
有川は自分ですけど、と答えつつ、微妙な反応をしてしまう。
消防官が示した先を見ると、警察の設置した簡単な囲いの外側に、二十代くらいの女が何かアピールしてきている。
カーマイン、という名にしちゃ、日本人風だが。
ハーフか、日系人かな?
そんな知り合い、思い浮かばないけどな。
ただ、俺の名前は知っているらしい。
すると、たまたま俺のことを知っている元の職場の人間とか?
まあ、けっこう強くアピールしている感じでもあるし、話だけでも聞いてみるか。
「ちょっと行ってきますね。」
パートさんに声を掛けて、店の外に出て行った。
近づいていくが、その姿を近くで見ても、まったく何も浮かばない。
「ちょっと、こんなとこで、何やってんのよ。」
その女は、挨拶もなしに俺に声を掛けてきた。
すぐ近く、正面に立っているのに、不思議なくらい顔がよく認識できない。
声も、個性が無いような、フワフワと揺らいでいるような。
「え、どちらさまでしたっけ。」