99:たくらみ
天幕のすぐ外から、会話が聞こえる。
声を抑えてはいるようだが、天幕の中も静かだからな。
「この役立たずがと言わずにはいられないですニャ。」
「しょうがないでしょ、あいつが相手なんだから。
そもそも草食っていうか悟っちゃってるんでしょ、無双できたのに人里離れて暮らしてたりとか。」
「むー。
こんなことなら、ミーリアの方がまだ可能性があったかもですニャ。」
「何言ってんのよ。
あの子はこっちの人間じゃない。」
「気持ちとか本能の話ですニャ。
カーマインじゃ刺激が足りなかったですニャ。」
「猫の霊に言われたかないわよ、もう。」
「で、カーマインとしてはどうなんですニャ。」
「まあ、私のやろうとしてることは、そんなに魔力とか必要ないから、そこはいいんだけど。」
「それでは、プランBで行きますニャ。」
「はいはい。」
カサカサと草むらを歩く音が、天幕の表側に移動していく。
入り口から、カーマインの声がする。
「ねぇ、ギル。
朝だよ。もう起きてる?」
「んん、ああ。
今起きたところだ。
どうした。」
気づいていないようだが、この天幕、裏手の側が寝るスペースになっているんだぜ。
とりあえず、知らんふりをしてみる。
「ええと、試してみたいことがあって。」
「ほう。
ちょっと待ってろ。」
肌着の上に例のローブをまとい、帯を締める。
キルリア領からは離れたから、顔を隠す必要がなくなったのはありがたい。
天幕を出ると、朝の陽ざしをもろに受けた。
「うっ。」
眩しそうに目を細めていたら、カーマインが胸を押さえてそばの木にもたれかかっていた。
「どうした。」
「い、いいの。
これは何でもないから気にしないで。」
先ほどは何かの仕掛けの密談をしていたようだが、これも何かの演技なのか……?
「いや、気になるだろう。」
表情を確かめたくて、歩み寄ってうつむいた顔を下からのぞき込む。
カーマインが、顔を赤くして目をそらす。
明らかに挙動不審だ。
だが……これも演技だとして、どう乗っかればいいのか、俺には分からん。
くそ、騙されたふりすら上手くできんとは。
「ほんとうに大丈夫なのか……?」
目をのぞき込む。
カーマインは、さらに木の幹に背中を押し付けて逃れるようにする。
これが何かの演技なのか。
どうしろというのだ。
「って……」
小さな声で何かを言う。
「なんだ?」
耳を近づける。
「だから、ち、近いって。」
ん、ああ、王子の顔でむやみに近づくなと、言われていたんだったな。
「ふう、面倒な奴め。
見た目だけの問題なんだから、いい加減、少しは耐性をつけた方がいいんじゃないか。」
カーマインの顔を両手で抑えて逃れられないようにすると、顔を近づけていく。
ほれほれ、イケメンの甘いマスクだぞ。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離になると、カーマインは何かをあきらめたように目を閉じる。
俺にとってはこの身体はアバターみたいなもんだが、蛇のおもちゃで女の子をからかう悪ガキのようだと思うと、少々大人げないか。
ひょいと放して、肩をポンポンとたたく。
カーマインは、ズルズルと地面まで腰を落として、座り込む。
「そういうことをするなと、言っているだろうが……」
上目遣いでにらんでくる表情は、攻略終盤のツンキャラみたいだ。
ま、攻略してるのは、俺ではない王子殿だけどな。
それにしても、こっちの肉体は、ほんとに綺麗で映画の登場人物みたいだよなあ。
カーマインに手を伸ばして引き起こしながら、久しぶりの感慨を抱く。
「で。
話って、なんだよ。」
「一度、向こうに帰ろうと思うのよ。」
「は?」
「今なら、それが難しくないみたいなの。」
俺は、向こうの世界に帰るなどということを、まったく考えていなかった。
向こうで死んで、こちらに来たものだと思っていた。
帰りたいという、発想もなかった。
いや、最初の頃は考えていたのかもしれないが。
「……どういうことだ。」
「マッチングバトルよ。」
「それがどうした。」
「マッチングバトルをやっている期間は、次元間のゲートが、少しの魔力で開けるらしいの。」
「グレンガが言っていたのか?」
「そう。
グレンガは、向こうとこっちを行ったり来たりしてるのよ。」
俺は、衝撃を受けた。
自分のうかつさに。
思い出せ。
確かに、グレンガは最新コラボの情報を、ネットで収集していた。
一方で、奴のデッキの組み方や戦い方は、明らかに具現化したこちらに適応したもの。
あの野郎、ハイブリッドな戦術を使いこなしていたというのか……!
そしてそれが、奴が生身の人間種でいる理由か。
「マスター、今のお姿なら、向こうに戻っても大丈夫ですニャ。」
バーミィが、脇から姿を現した。
朝の光を浴びながら、俺はあっちの世界での最後の光景を思い出していた。
地味な物語にお付き合いいただき、ありがとうございます。
第一章はここまでということで、いったん完結扱いにします。
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なお、仕事がらみで資格の試験などありまして、一カ月ちょっと活動を休止しますのでご了承ください。