Prologue:隷属の少年
テンプレっぽいものを書いてみようと思い立ちました。見切り発車です。
奇怪にねじれた木々が枝葉を伸ばす、人里離れた森の奥。
獣道にも近い踏み跡を、十代前半の、美しい顔立ちの少年がひとり歩いている。
やわらかに風になびく金の髪は薄暗い森のなかでも輝いて見え、身にまとう青く染められたローブは一目にわかるほどの力を帯びた品である。
しかし、単なる貴族の子女には見えない。
その表情は穏やかながら瞳はどこに焦点を合わせるでもなく、広く獲物を見逃さない狩人のそれであり、足元は落ち葉や枯草に覆われているにもかかわらず、ほとんど音を立てていない。
離れた一本の木の上で、クケェと耳障りな獣の声があがる。
少年がわずかに手元で指先を動かすと、紫がかった一筋の光が走り、声の主の元へ向かった。
叫びを上げる間もなく、がさがさと葉音を立てて地面に墜ちる大きな暗い色の鳥。
「冬越しのお肉は、あとはこれで足りるかな。」
涼やかな声で、少年はつぶやいた。
だが、少年が横たわる鳥のもとに近づく前に、いくつもの足音が駆け寄ってくる。
獲物の気配を聞きつけた、斑毛の山犬の群れだった。
山犬といっても、この魔の森で生きのびている獣たちだ。
その大きさは馬にも匹敵し、その爪は兵士の鉄鎧さえ裂く凶暴な威力を持っている。
「お前たちは、お呼びじゃないよ。」
動じる風もなく、少年は、道の奥を見つめてさらに指先を滑らせる。
今度は幾筋もの光がパチパチとまたたき、生きた矢のように飛んで行った。
キャンキャンという小さな悲鳴と、忌々しそうな唸り声とともに、山犬たちが走り去っていく。
「悪いけど、これは僕の獲物だ。」
背中をすっぽり覆うほど大きな山鳥を背負いつつ、少年は軽やかな足取りであっという間に茂みの中を駆け抜けていく。
僕の名はバーミィ。
今は、この山鳥をどう調理しようかを考えてる。
傷みの早い脂身は、早いところ食べてしまうのがいいだろう。
赤身の良いところは、干し肉に仕上げようか。
僕は粗食でも平気なんだけど、僕が痩せこけるのをマスターは望まない。
健全な魂は健康な身体に宿るとかいって。
まあ、ね。
僕の魂を美味しく保つために、僕は自分の体調にも気をつかっているのだ。
いつの日か、僕の魂をマスターに美味しく召し上がっていただくために。
僕が隷属するのは、恐るべき邪悪、「桎梏の」闇魔道士ギルケヴォールさま。
僕はマスターによって生み出されし無明の生命。
もったいなくも、バーミィという名前を授かっている。
闇魔道士として幾度もの奈落への旅を繰り返し、禁断の書にも載ることのない神秘を重ね、不老不死の肉体を手に入れた我がマスター。
その力の大きさのあまり、かつて関わった他の人間種どもの王国をいくつも滅ぼし、今は自戒の想いによって奥地でひっそりと暮らしているのだという。
「私は、近づく者、私に触れようとする者にあまねく災いをもたらしてしまうのだよ、バーミィ。
孤独と同じくらいには、人間種どものことも、愛しているのだがね。」
バーミィは、いつものようにその語り口を真似して脳内で再生している。
愛ゆえの孤立、自ら「桎梏」をその称号とするなど、なんという気高さだろうか。
いま、マスターは、より高位の肉体を求め再び奈落への魂の旅を行う準備をしている。
そして、魂が奈落への旅からここへ帰るための道標、「心臓たる脈打つ結晶」がこれだ。
バーミィは、懐の魔法の縛鎖を解き放つ。
闇魔道の術の一つ、生者を器とする術式によって、バーミィの肉体に結晶が封じられているのだ。
胸のうちから親指ほどの紫水晶を取り出し、手のひらにそっと載せて眺めている。
トゥンク……トゥンク……。
無論、ただの紫水晶ではない。
脈動に合わせて黒色の魔力が滴り落ち、同時に周囲から生気を吸い集め始める。
「恐ろしい……。そして、美しい。眺めているだけで、魂が引き込まれていくようです。
これが、マスターの存在の結晶……。」
バーミィは、頬を染めながらため息をつく。
「こら、バーミィ。用もないのに外に出すな。ちゃんとしまっておけと何度も言っただろう。」
「あ、はい、マスター。ただいま帰りました。」
少年の帰りを出迎えたのは、ボロをまとって宙に浮く骸骨だった。
不定期更新ですが、よろしくお願いします。