復活の颯
「やれやれ、人のいないところで色々と言ってくれるな全く」
陰で人に悪口を言われることにはとっくの昔に慣れてはいるが、それを目の当たりにするとやはりいい気分にはならない。
「なんで……あなたが……」
「あり得ない……。こんなに短い時間で……?」
「日市さん、どういうこと?」
「なんで洗馬くんがここにいるの!?」
C組では何やら騒ぎになっているみたいだが、俺の知るところではない。
「なんで……?」
「洗馬くん……?」
「どういう、ことだ……?」
A組はA組で、大半のやつが立ち上がっているものの、そこから動こうとはしない。否、できないという方が正しいのだろうか?
「揃いも揃って、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして。俺はUMAか何かか?」
どいつもこいつも人外未知と遭遇したような顔をしやがって。
「……どういうことだ、奈々」
その中で唯一近づいて来た日出先生。けれども話かける相手は、俺の後ろにいる上松先生。
「……洗馬くんが気づいたのは早朝、まだ陽が昇る前。その後一通りの検査の結果、一切の異常なし。全く、医者泣かせな子よ」
ため息をつきながら会話を続ける二人。やがてその目が俺の方を向く。
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫かと言われても、大丈夫としか」
他に言いようがないのだから仕方ない。
「寝ている間に、何かあったか?」
「何か……。夢の中で誰かと話したような気がしてますが……、正直よく覚えてないんですよね」
その辺の記憶にモヤがかかっているかのように、もうほとんど何も思い出せなくなりつつある。
「それって……」
「あぁ、そうだろうな」
みんなと一緒に近づいて来たハルネと日出先生だけが何か通じ合ってる。
「……何か知ってるんですか?」
「いや、いい。それにしてもその服、なんとかならなかったのか?」
「いや、これは……。着替える時間が惜しくて……」
検査が終わったのが30分前くらい。着替える時間も惜しいと思って、検査が終わり次第即ここにやってきた。
それにどうせ今日は終わったら病院にとんぼ返りしなければならないらしいから、着替えなくてもいいんじゃないかと考えた結果が、病院服のままな理由だった。
「やれやれ……。それよりも、試しに魔法を使ってみろ」
「ちょっと日出先生!?」
「大丈夫だ。いずれこれについても検査しなきゃいけないだろう? だったら今ここでやっても問題ない」
「……はぁ、分かりました」
ため息混じりに許可が下りる。どうせ止めても聞かないだろうと思っているのだろう。
「颯」
「はい」
全員が避けて道を開けてくれる。その道を通ってフィールドへ。
目覚めてからまだ一度も魔法は使っていない。ただ、目覚める前と後で一つだけ決定的に違うことがあることが何故か分かった。だから、早速それを試す。
「Light Arrow×4、Double Superimpose」
声に応じるように四つの魔方陣が浮かんで、重なり合っていく。
「颯!?」
後ろから聞こえてくる叫び声は無視して続ける。
「Raining Coordinate specify、Two Point Shooting」
適当に二点の座標を指定して、矢の雨を降らせる。
「……やっぱり」
たった今、感覚は確信へと変わった。
「魔方陣、大きくない……?」
「それに矢の数も……」
気づいた者もいるらしい。
理由はよく分からないが、以前よりも感じていた熱が増えているし、こちらの呼びかけに応えてくれる。二つを同時に使っても、頭痛はしないし、威力も矢の数も圧倒的に強くなっていることも分かった。
「なにこれ……」
「これは……」
C組の面々は、もはや唖然としている。
「おい、颯。大丈夫なのか……?」
いつの間にかフィールドに降りて来ていた日出先生も困惑しながら話しかけてくる。
「大丈夫です、頭痛とかはありません」
「だがこの威力は……。それに数まで……。しかも、放出されてる魔力に一切の無駄がなくなっている……。私ですら不可能なことを……?」
顎に手を当てながらぶつぶつと呟く。
「……もういいですか?」
「あ、あぁ。見た感じ大丈夫そうで何よりだ」
「ふぅ……」
紆余曲折あったが、これでようやく本題に入れそうだ。
「颯……」
「あぁ、ハル……ちょ!?」
いきなり飛びついてきたかと思ったら、何故か大号泣し出すハルネ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……はぁ」
ひとまず肩をつかんで彼女を引きはがす。
「とりあえず、謝るのも泣くのもやめろ。ハルネには何一つ謝ることなんてない。むしろ、謝るなら俺の方だ」
「颯……」
「あとは俺に任せてくれればいい。……まぁ、よく頑張った」
「~~~っ!」
また涙目になるハルネ。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。こんあこと、普段なら絶対に言わないのに、ちょっと俺もおかしくなっている。
「さて……」
時間も惜しい、早く本題に入ってしまおう。
「……ヒーローは遅れてやってくるって言葉が信じたくなるようなタイミングだね」
「俺はそんなキャラじゃない。でもまぁ、状況は理解した」
一戦目、二戦目はすでに敗退して、これからの戦いは因縁のある三人のいるチーム同士の戦い。全く、嫌な予感というものはこういう風に当たるから困る。
「贄川、端末を借りるぞ」
「はいはい、どうぞ~」
贄川から端末を借りて、すでに自分の端末に書き留めていたメモ書きを転送する。
「武並、釜戸、春日、勝川の四人集合」
目下必要な人物を呼び込む。
「ここにこれからの作戦を書いてある。神領、頼む」
「……分かったわ。でも、なるべく急いで」
両手を肩の高さまで上げた神領が、魔法陣を展開する。同じものが俺たちの足元にも浮かび上がって、半球のドームが展開される。
「神領の魔術で、ここの声は外に出ないようになっている。神領にも戦いが控えてるから手短にやるぞ」
神領の聴覚に関する能力。その一つにそんな力があるということは既に聞き及んでいた。今の状況では最も有用な力だ。
「洗馬くん……、これって……?」
「こうなることを予想してたわけじゃないが、可能性はずっと考えていた」
因縁があるということ、クラス委員と日市の性格の二つを合算したとき、もし武並・春日・神領を選出することになったらC組は因縁浅からぬチームを選出するだろうというのは読めていた。
だから本当は、B組の戦いに出たチームを選出してでもその対戦カードは阻止したかった。
「無用になってくれればよかったんだがな……」
それが素直な感想だ。今回組み上げた作戦は必ずしも成功するとは限らない。低い可能性はなるべく排除したいというのは当たり前の話で、だからこの事態にはなってほしくなかった。
最も、それもこれもすべて俺が悪いのだから、何一つ文句は言えないのだが。
「「「「…………」」」」
ひとまずは無言で読み続ける三人。そして。
「……終わったのか?」
「ひとまずは」
神領の魔術適応範囲外に出る。ひとまずは全員納得してくれた。
「大丈夫か、神領」
「えぇ、思っていたよりも短い時間だったし、この後の戦いには問題ないわ」
「ならよかった」
戦いを前にしているのに、無駄な魔力を使わせてしまったのは本当に申し訳ない。
「ところで」
「?」
「私には何もないのかしら?」
「…………」
「……その顔はなに?」
「いや……」
まさか神領にそんなことを言われるなんて考えてもみなかった。
「……お前に関しては、もう何か考えがあるだろう?」
神領が何も対策していないわけがなくて、それを邪魔したくないからあえて何も言わないという選択をしたのだが……。
「それでも女の子は、何かしら言ってほしいものなのよ?」
「……は?」
「……冗談よ。ハルネさんも大変ね」
ため息をつきながら観客席に戻っていく神領。
「……なんなんだ?」
全くさっぱりわからない。
「相変わらずな奴だ」
やれやれと、日出先生までもため息をつきながら肩をたたいてくる。
「そろそろ、試合を再開するが構わないか? ……いい加減に何も言われずに圧をかけられるのにも飽きた」
「あぁ……」
C組担任の北野先生が何か言いたげながら、何も言わずにずっとこちらを見てるだけ。日出先生曰く、日出先生のことがどうにも苦手らしい。
「じゃあ俺も観客席に行きます」
「そうしてくれると助かる」
言われる前に観客席への歩みを始める。
「ん?」
その未知の途中で、駿河と島内が待ち受けていた。
「……ひとまずは、目覚めたことに対してはおめでとうと言っておこう」
「そりゃどうも」
「でも、今更帰ってきても状況は変わらないよ。何か作戦を伝えてたみたいだけど、それでも、結果は見えてる」
「……それはどうかな。作戦ってのは実行する前に失敗はしていないし、勝敗はあまりにも条件が厳しい場合を除けば、やってみるまで意外とわからないものだと思うがな」
「……ふん」
それだけを言い残して去っていく二人。結局こいつらも何が言いたかったのかよく分からん。今日は誰も彼もそんなのばっかりだ。だから、気にしないで観客席への歩みを再開する。
全員が観客席に戻ったのを見てから、日出先生は全体への話を始める。
「……あまりにも予想外のことがあったが、今から試合を再開する。それじゃあ、三戦目、武並謙信・釜戸恭一vs中萱和真・安曇めぐる」




