永遠の夜の中で
「~~~ろ」
「……………………」
「~~~きろ」
「……………………?」
「起きるのじゃ!!!」
「!?!?」
誰かの声に急かされて飛び起きる。
「…………?」
あたりを見回して、異変に気付く。
視界のはるか向こうまで草原が広がっている。何一つ障害物のない、草原が、やわらかい風に揺れている。
空は満天の星空。月はなく、光の海が広がっている。
「なんだ、ここ……?」
そもそも自分は、いったい何をしていたのだろうか?
「……そうだ、確かB組との合同練習で、塩尻と戦って……?」
断片的に記憶はよみがえってくるものの、ぼやけて完全には思い出せない。
ここはどこなのか? なぜこんなところに一人ほっぽり出されているのか? そもそも戦いはどうなったのか? ハルネや悠花はどこに行ったのか?
次から次へと疑問が湧き出てくる。
「やっと目を覚ましたか」
「!?」
空に浮かび上がって、降りてくる何か。
「……ロリ老女?」
「……そろそろその言葉使いを改めぬか?」
ため息をつきながら静かに降り立ったのはロリ老女。
「ここはどこだ? あんたが何かしたのか? ハルネや悠花は?」
「いっぺんに話すでない。一つ一つ説明する」
歩き出すロリ老女。その後についていく。
「まずはこの場所のことからじゃな。ここはお主の世界じゃ」
「俺の、世界……?」
「正確には、お主の深層心理、無意識の世界」
「深層心理……?」
言われても全くさっぱりわからない。ここが普通じゃないということは分かるが、だからと言ってそんな突拍子な言い分を信じることもできない。
「静かで美しいな」
星空を見上げながらそんなアンニュイなことを呟くロリ老女。
「じゃが、お主の心は夜中にある。陽が照らすことのない、薄暗い中に。それではいずれ、この無限に広がる草原は枯れてしまう。じゃからお主に必要なのは……」
「は?」
「……気にせんでも良い。ただの戯言じゃ」
「???」
何が言いたいのか全くサッパリ分からない。最も、このロリっ子の言うことはちょくちょくよく分からないことがあるが。
「お主の本質がこれだけ美しいのなら、お主は大丈夫かもしれんな……」
オマケにボソボソと何かを呟いている。
「……ほんと、一体何をしにここへ?」
ここが仮に俺の深層心理(?)だとして、そこになぜやって来たのか。
「わしはお主の意識を覚醒に促すための手伝いをしたにすぎんよ。ここにいるのは、お主の中にわしの術式を紛れ込ませておいたのじゃ。いつのことかは、言わなくとも分かるじゃろう?」
「……あの時か」
恐らくはクラスの一部が暴動を起こした時、このロリ老女に魔力の回復を頼んだあの時だろう。
「わしに出来るのはここまでじゃ。あとはお主で解決するんじゃな」
「解決って……」
「そろそろ時間じゃ。……なるべく急ぐのじゃぞ」
そう言い残して、ロリ老女は消えていった。
「急げって言われても……」
どうすればいいのかわからないし、何をすればいいのかもわからない。そりゃ急いで戻れるならとっとと戻りたい。だがその手段が分からないんじゃどうしようもない。
「はぁ~……」
やる気も起きずに、草原に寝転がる。視界に入る星はどれも美しく輝いている。こういう風にまったり星空を眺めるのは嫌いじゃない。
「こんな星空、普通じゃ見られないな……」
ハーシェル学園は山の麓にあるものの、寮の明かりや山の下にある街明かりに邪魔されてあまり星は見えない。
「受願樹のあたりなら、見れるか?」
あの辺はあの大樹以外は草原で街頭は一本もなく、街明かりは森が遮ってくれているはずだろう。今度夜にあの場所に行ってみるのもアリかもしれない。
そんなことを考えていると、ひどく冷たい風が吹き抜ける。
「……?」
身体を起こしてあたりを見回すが、何もない―――。
「!?!?」
瞬間、背後に酷く冷たいものを感じ、とっさに距離を取る。
「っ!?」
人。見た目からしてそうなのだろう。だが姿は黒く、揺らめいてはっきりしない。巫女装束のような形をしたものを身にまとっているらしいが、とにかく得体が知れない何かがそこにいた。
「っ、Concentrate Shooting!」
その得体の知れない何かに魔法攻撃を試みる。だが、
「発動しない……?」
矢はおろか魔法陣すらも浮かび上がってこない。それどころか、普段は感じる魔力であろう熱すらも一切感じることができない。
「……………………」
黒い物体は無言で近づいてくる。今すぐにでも全力で逃げたいのに、金縛りにあったように身体は動かない。
全身に寒気が、手に汗がにじむ。
その間にも、距離は一歩、また一歩と近づいて……。
(Concentrate Shooting)
唐突に脳に響く詠唱。それと同時に、背中に強烈な光を感じる。
振り返ると上空に見慣れた二重星の魔法陣が浮かんでいる。ただし、その大きさは今まで見たことがない規模。
魔法陣は回転をはじめ、無数の矢が一直線に黒い物体へと飛んでいく。
矢はすべてその人物を貫き、その誰かは消えていった。
「なん、なんだよ……」
訳が分からない。本当になんなんだ……。
(あれはこの世界に居てはならない、もう一人の存在だ)
「っ」
まただ。また脳内に声が響く。いったい何がどうなっているんだ……。
(この力はそのために存在している)
「そのため……?」
(騒がせた、少しお茶にしようか)
その言葉に呼応するかのように、何もなかった草原に真っ白なテーブルと椅子が現れる。
テーブルには一組のティーセットがあり、紅茶の香りがあたりに広がる。
(そう警戒しなくても、僕は何もしない)
「…………」
ひとまず誘われるがまま椅子につく。だが、とてもじゃないが飲み物を口に含められるような気分じゃない。
(混乱するのも無理はない、まぁいいさ)
「……こいつ」
俺の考えを読めるのか。
(そうやっかまないでくれ。ぼくはただ、君に聞きたいだけなんだ)
「…………」
姿は見せないし、脳内に直接語り掛けてくるなんてやつを信じれるわけがない。
「人の脳に介入して、思考まで読めるんだから質問する意味がないんじゃないか?」
(君の言葉で聞きたいのさ)
「……………………」
いったい誰なのか、何がしたいのか全く分からない。だが、このままでは永遠に埒が明かない。いつまでも頭の中で声が響くのも鬱陶しい。
「はぁ……で、なにを答えればいいんだ?」
諦めて答えに従事することにした。
(たった一つさ。君はどうして戦うのか)
「…………は?」
そんなような質問、前にも誰かに聞かれたような気が……。
(君は戦うことが嫌いだ。それは戦うことがバカバカしいことだと、逃げたからだ)
「っ……」
逃げた。確かにあの時、俺はあの環境の空気に負けた。立ち向かう必要なんてない、逃げるほうが避けるほうが実際よかった。その選択を間違ったなんて一度も思ったことはないし、正解だとさえ思っている。
(でも今は戦ってばかりいる。さっきも、自分の中にある力に頼ろうとして。あの瞬間も真っ先に逃げればよかったのに)
「…………」
(戦いが嫌いなんてもう口だけ。自分でも気づかないうちに、戦うことに慣れたんだ)
「そんな、ことは……」
(そんな風に、君を突き動かすのものはなんだ?)
「…………………………………………」
戦うなんて面倒この上ない。できるなら平穏に静かに暮らしたい。人と争うなんて無駄でしかない。
それは変わらない、絶対に、何があっても。
でも、こいつの言うことも事実なのかもしれない。戦うことが嫌いと言いながら、この場所に来てからは散々戦ってきている。
なら、面倒と思いながらも、やりたくもないのに何で戦うのか。それは前にも答えを出していたはずだ。
「……ハルネに悠花。あの二人を助けたい」
それこそが今この場所にとどまっている理由。改めて口にしたことはなかった気がする。
「魔術が使えない奴なんて厄介この上ないはずだ。それに俺は曰く付き。やっかまれて当然。なのにハルネはそんなことを一切気にしないで俺に近づいてくる。……たまに訳が分からないけど、それでもそんな人間は誰もいなかった。これでも感謝してるんだ。だから、その恩を返さなきゃいけない」
(…………)
「それに今は悠花もいる。小さいころに悠花には何度も助けられたし、……何も言わないで消えたのは悪かったって思ってる」
(……………………)
「守る……だなんて大層ことを言うつもりはないし、そもそも守られるほど二人は弱くない。けれど、手助けできるようにはありたい。必要な時にちゃんと助けられるように」
口にすると、どうにも身体がかゆくなる。どうしてこんなことをしなきゃならないんだか……。
ただ、その理由は簡単にし手単純。なにせ相手は。
(知ってるよ)
「だろうな。あんたは俺自身なんだから」
いつからだろうか? 根拠など何一つない。でも何故か確信があった。
(最も、正確に言えば僕は君の中にある可能性。本来君が成るべき僕だと言ってもいいけれど)
「可能性、ね」
(だからこそ、この可能性に行きつかなかった理由は……)
「…………」
(そのために、僕はすべてを君に託すことにするよ。すぐに全てとまではいかないけれど、今までとは全く違う領域に至れる。)
「それはありがたい限りだな」
(だから約束してほしい。君が今告げた理由を忘れないこと。そして、君が今そうなった理由と戦うことを)
「……わかった」
(それじゃあ、行こうか)
身体に熱を感じる。今までとは比べ物にならないほど強くて、温かい。
「帰らないとな。ハルネと悠花のところに」
「…………」
「…………?」
目を見開くと、知らない天井だった。




