不穏な幕開け
「……なるほど」
選出を見て、贄川くんはそれだけを呟いた。それ以上は特に何も言わないで、第二回戦のメンバーの元に行く。
「よろしかったのですか、お嬢様。私も出なくて」
「颯の方針には、従った方がいいって私も思うの。特にエルは、接近できないようにされたら、対処は難しいでしょう?」
エルの長所といえば、やはり剣による接近戦。だから遠距離からの攻撃にはやはり弱い。もちろん対処する方法も身に付けているけれども、すでに手の内を見せてしまっている以上、対処法もより厳しいものになるだろう。そんなリスクを侵さない、颯の判断は正しいと思う。
「お嬢様がそうおっしゃられるのなら」
エルもそれ以上は言わなかった。
「それじゃあみんな、行きましょう」
二クラス分の訓練室を利用するクラス対抗戦。今回は、A・B組の場所を私たちA組とC組との戦いに、C・D組の場所をB組とD組との戦いに使用される。私たちからすれば、いつも通りの場所で戦えるというだけで安心感がある。
「こんにちは、A組のみなさん」
私たちが現地に入ってから数分後、C組の人たちが入ってくる。
「さて、来たな。それじゃあ……」
椅子から立ち上がって、一人フィールドの真ん中へ行く先生。
「まぁこの戦いの前に色々あったが、どんなことでも起こりうる可能性がある。現状の中、使えるカードで戦うしかない。それもまた、必要なことだ。それじゃあ、ハーシェル学園第一学年クラス対抗魔法・魔術第二回戦の開会を宣言する。それじゃあ両クラス代表、前に出てきて握手を」
開会宣言の後の、代表の握手。でも今は颯がいないから、出ていくのは私一人。
「洗馬くんは元気にしてる? ハルネさん」
「っ……」
それが挑発なのは分かっているし、戦いの前なのだからそれくらいは当然のことだということも分かっている。
「梓」
「はいはい」
“正義が人の形をしている”と贄川君が評していた島内さんが、駿河さんににらみを利かせる。
「……颯は今も戦っています。私たちの知らない場所で、颯だけの戦いを。だからその間は、私たちが颯のことを支えます」
「「…………」」
私の言葉に、何故か停止する二人。
「お嬢様モードだ……」
「なるほど」
「?」
何か言っているけれど、よくは分からない。
「……そろそろ握手を交わしてくれないか?」
呆れ顔で私たちを見つめる日出先生。
「「「は、はい。ごめんなさい」」」
三人素直に謝ってから、握手を交わす。
「いい戦いにしよう」
「よろしくね」
「……こちらこそ」
二人と握手を交わしてから、席に戻る。
「それじゃあ第一戦、落合瑞穂・中津川謙介チームと豊科春・因幡柏矢チーム。四人とも前に出てこい」
日出先生のアナウンスに呼ばれた四人が椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「行ってきます」
落合さんと中津川くんが微笑んでフィールドに向かっていく。
「落合さんにしか使えない土属性魔術、“結晶”。他の誰にも扱えないって点では、確かに颯と同じように相手しにくいだろうね」
贄川くんの言う通り、狙いはそこにある。颯と同じように、他の誰にもない魔術を扱える落合さん。その力を十全に発揮すれば、きっと勝てるはず。
「Micro Crystal Edge!」
先制攻撃は落合さんから。細かくも鋭い氷塊のようなものが現れて、一直線に飛んでいく。
「Heat Circular Escutcheon」
しかしC組の二人は一歩も動かない。因幡くんが防御を展開するだけ。
「簡単に攻撃が通るわけないわよね……」
炎のバリアに一つ残らず防がれたのを見て悪態づく。
「炎閃!」
弾地で飛び上がりながら攻撃をする中津川くん。
でも、それもまた一歩も動かずに展開される防御に防がれる。
「まだまだっ!」
その後も攻撃を継続していく。時に背後から、時には正面から、時には上空から。ひたすらに攻撃をクリア消していく。でも……。
「はぁ……はぁ……」
「ハァ……ハァ……。クッ……」
息の上がる二人。
動き回って攻撃をし続けても、一度としてその攻撃が有効打になりえないまま、10分近くが経過した。
「……そろそろかな?」
「そうだね。委員長たちの言ってたこと、本当だったね」
それまで背中合わせで防御に徹していたC組の二人が、攻撃態勢に入る。
「Flame Strike!」
魔法陣が展開して火炎放射が二人に飛んでいく。
「Crystal Defense」
当然落合さんも防御するべく魔術を組み上げる。
「なっ!? 浸食……して……!?」
しかし、その防御を炎が飲み込み始め、炎が落合さん側に漏れ始める。
「落合さん!」
中津川くんが、落合さんを抱えてその場から離れるように弾地を使って跳び上がる。ほぼ同じ段階で、落合さんのシールドは決壊する。
「……かかったね」
跳び上がった二人に再び火炎放射を放つ。でも二人の高度的と距離的に、届かないはず。
「「!?」」
はずなのに、勢いは衰えないままに炎は二人に迫る。
「Crystal Defense!!」
落合さんを抱きかかえた中津川くんは何もできずに、一人落合さんだけが防御を展開する。しかし、さっきと同じように防御を貫通し始める炎。
「Flame Strike!」
因幡くんの攻撃に豊科さんの炎も加わる。二倍の火力は簡単に落合さんの防御を貫通する。
そのまま炎に包まれた二人のHPは削れていく。
「っ、ク、Crystal!」
詠唱にもならない声、その声に応えるように魔法陣は浮かび上がって、巨大な氷塊が飛んでいく。
「!?」
攻撃している真っ最中の反撃を予想していなかったのか、焦り顔になる二人。でも……、
『Winner 豊科春・因幡柏矢』
フィールドに表示が出た途端に、炎も氷塊も消失する。
「あ、あぶな……」
へたり込むC組の二人。
上空にいた二人も、着地した後に座り込んでしまう。
「四人とも大丈夫か?」
「大丈夫、です……」
最初に因幡君が立ち上がって、豊科さんの手を引く。中津川君たちもそれとほぼ同時に立ち上がる。
「……ごめんなさい」
戻ってきた落合さんが一番い発した言葉が謝罪だった。
「ど、どんまい……」
「まぁ、仕方ないよ……」
「そうそう、まだ一敗だから……」
みんな声はかけるけれど、戸惑いも動揺も隠せない。。この戦い初めての敗北、その責めは誰にもないけれど、二人がその責めを強く感じてしまっているから。
「……切り替えよう。戦いはまだ始まったばかりなんだ」
「……そうだね」
贄川くんの指摘に応える。今できるのはそれだけ。
「それじゃあ二回戦、宮越栄一・原野宏輝vs武田穂高・有明美琴」
アナウンスがあって、四人が出ていく。すぐに試合は開始された。
でも……。
「なんで……」
「貫通できないんだ……!」
一回戦と全く同じ状況。何故かこちらの攻撃は有効打にならず、向こうの攻撃は防御を侵食してくる。
「何が起こってるの……?」
どうしてこんなことが起こっているのかまったくわからない。使用している魔術は特別なものではないのに、どうしてこれほどの差が出てくるのか。
「……そうか、そういうことか」
試合の最初から顎に手を当てて悩み続けていた贄川くんが声を上げる。
「気づいたんだ?」
日市さんがその声に合わせて話しかけてくる。
「たった一つの攻撃と、たった一つの防御の強化」
「正解」
贄川くんの回答に、駿河さんが語り始める。
「魔術は無数にあるけれど、そのすべてを身に付けるなんてできないよ。ましてや、私たちにはなおさらね。だから、私たちはたった一つの攻撃と防御に力を注ぐようにしたんだよね。だからあなたたちとは、攻撃力も防御力も段違いになってる」
「だから俺らの攻撃は通らないで、あんたたちの攻撃は……」
「その通り。洗馬颯は手数を増やすことにしたみたいだけど、たった一か月、そんな短い期間で覚えたものを完璧に使いこなせるわけないでしょう? それよりも、使い慣れた魔術をもっと高めるほうがいいに決まってるでしょ。今回の戦いに向けて洗馬颯くんが行ったことは、間違ってたんだよ」
「洗馬颯は失敗した。だから、君たちが私たちに勝てる可能性は―――ゼロだ」
「「「「「…………」」」」」
誰も言い返せない。なぜならたった今映し出されたLoser表示が、それを事実として私たちに知らしめているから。
颯が間違えただなんて誰も思いたくはないのに、結果がそれを物語ってしまっている。もう後がないとわかっているからこそ、その言葉が私たちに深く刺さる。
颯が今までやってきたことは、間違いだった―――。
「やれやれ、人のいないところで色々と言ってくれるな全く」
「!?」
はるか後方で扉が開く音、階段を下りてくる足音、少し気怠げな声。それはずっと、ずっと…………。




