選択の時
「そういうことか」
訓練室で早速事情聴取が行われて、先生に一連の流れを話した。
「今回は不問にするが、これ以上問題を起こさないでくれよ? ……これ以上は、私でも抑えが効かない」
「……はい」
それだけを言い残して去ろうとする。
「ちょっと待てください」
「……なんだ?」
「さっきC組が言っていた、洗馬の病名。あれは何ですか?」
「……………………はぁ」
頭を掻きながら、深い溜息を吐く。
「“魔力に対する過干渉による脳への過負荷”、それが洗馬が陥った症状だ。その名の通り、魔力と過干渉した結果、脳にそれが逆流して負荷がかかった。重統魔法の同時使用、それが原因だろうな」
「それって……、洗馬くんは大丈夫なんですか?」
「彼女がお前たちに伝えたことは事実だし、手は打ってあるから安心しろ。それよりも彼女を介して伝えた通り、今は自分たちのことに集中しろ。以上だ」
そのまま足早に去っていく日出先生。
再び沈黙が場を包み込む。
「……それで、どうするんだ? 差しあたっては」
「C組の要請を、受けるか否か」
最初の発言は原野くんと宮越くん。こういう時に、前向きに頼りになる。
「出てくる人が分かってるなら、対策も作りやすいって思うけどな」
「確かに、出てくる人物が絞れるなら作戦も組みやすいね」
「それなら、彼らの考えを受け入れる?」
「アリだなぁ」
一部からはそんな会話が聞こえてくる。確かに対策を練るという意味では、戦う相手が分かっているのはやりやすいと思う。
「ちょっと待って、重要なことを忘れてる」
でも、それに対して贄川君が待ったをかける。
「神領さんも武並くんも春日さんも、今まで一度も島内さん、中萱くん、南さんに勝てたことがないんだ。作戦を立てるにしても、まず第一に戦力として決定的な差があることを忘れちゃいけない」
「そ、そっか……」
視線が三人に集まる。
「……残念ながら、ね」
「贄川の指摘の通り」
「私たちと彼女たちじゃ、戦力差は歴然」
当の本人たちが、そのことを一番わかっている。
「颯の作戦が完璧にハマったのはそういう部分もある。単純な力関係でまず優位な選出をして、その上で相手を沼に嵌める作戦を実行させる。だからあの時は颯の思い通りに、面白いくらいに躍らせることができたんだ。颯は100%勝てるであろうという状況を作り上げるうえで、150%になるように作戦を組む。そこまでしたから結果がああなったんだ」
「そこまで……」
「洗馬くんが常に難しい顔をしていたのも、分かる気がするな……」
「だからこそ、負ける可能性がある選出は極力したくない。颯は結構、そのあたりに気を使っていたしね」
颯があんなに苦心していた理由がよく分かる。一か月前に、クラスのみんなに疑心暗鬼に思われていても、颯は最大限にクラスのことを考えていた。それがすごく意外なことであり、同時に颯の優しさがよく分かる。
「ついでにもう一つ。もし颯が健在でも、C組との戦いには出場しなかったと思う」
「は? なんで?」
「“手の内を知られているから”、颯はそう言ってた。さすがに手の内をさらけ出しすぎたから、次が出来るまでは出ないって」
「次?」
「それがどういう意味かは僕もいまいちだけど。でも僕らの戦いは動画ですべて公開されている。それに日市がいて、僕らの情報は筒抜けだと思っていい。B組との戦いに出た僕らは研究も対策も容易だ。だから少なくともB組との試合に出た5チームは選出しないつもりでいたよ」
「それじゃあ、エルさんチーム・多治見くんチーム、贄川くんチーム、瑞浪くんチーム、ハルネさんチームは最初からあてにできないって事?」
「絶対ってわけではないと思うけどね。ひとまず僕が知っている颯の考えは今話したので全部。ここからあとは僕らが組み立てていかなきゃいけないんだ。颯が、おそらくは見出し始めていた、勝利へのメソッドを」
颯があれだけ頭を悩ましていた理由が今になってよく分かる。私たちは颯にほんの少しだけ余裕を持ってほしくて色々とした。でも、颯の立場になってそんな余裕を持つ余裕はとてもじゃないけれど存在しない。いかに私たちが颯にプレッシャーを与えていたのか。
「……とりあえずこのままフリーズしてても仕方ない。普通に練習をしよう」
無い知恵を絞ってもいいアイデアが思いつくとは思えない。だからこその提案であったし、みんなもその言葉に従って、各自練習を開始する。
でも、
「やっぱりみんな、身が入ってないよね……」
「こればかりは仕方がないと思います……」
「そうだね……」
あまりいい雰囲気での練習にはなりえなかった。
「さて……」
夕方、いくつかの人たちと集まって話し合いを始めた。
「まずは少し状況を整理しようか」
贄川君主導で話し合いが進んでいく。
1:頼みの綱、颯がいない。颯という戦力も、颯の智謀も喪失した。
2:C組から提案という名の挑発。そしてそのことをほぼ全校生徒が知っている。
「確認してきた。僕らがどうするのかなんて賭けをしてる人たちもいるくらいだからね……」
それはそれでなんだかと思うけれど。でも、実際聞き入れなければいけないという空気が学園内で出来上がりつつあるのは事実。
「もし従ったとしても、勝てる確率は正直に言って低いだろうね。でももし従わなかったとしても、それに合わせて向こうも選出を変えてくる可能性は高い。日市の情報収集力は見くびらない方がいい」
「それって、結局のところどうしようもないってことだよね?」
「うん、その通りだね」
「そこを認めるのね……」
大っぴらに腕を広げる贄川君に、ため息をつく神領さん。
「……この話し合い、無意味ではないですか?」
今まで静観していたエルが口を開く。それはおそらくここにいる全員が分かっていて、認めたくないこと。
「ん~~~~…………。…………よしっ!」
目を瞑りながら天井を見上げてうなっていた贄川君。
「何か思いついたの?」
「うん、決めたよ。今回の戦い、僕はハルネさんの言うことに全面的に従う」
「……えっ?」
「なるほど……。確かにそれがいいかもね」
「木曽くん……?」
「私もその意見には賛成するわ。こうしていても仕方がないのだから」
「神領さんまで……?」
「みんなの言う通りだと思う、最終的に決めるのはハルネさんじゃなきゃいけないもんね」
「私も賛成です」
福島さんにエルまでもが同意を示す。
「本当に……いいの?」
その言葉に全員が頷く。
「……………………」
なのに、思考回路は堂々巡りをして、結論なんて一つも出てこない。
「何を難しい顔をしているの?」
「平沢さ……ふへ」
「引っ掛かったね」
肩をポンと叩かれて、振り返ると指が頬に食い込む。
「私たちが颯にした事、もう忘れたの?」
「余裕を、持つ……?」
「そうそう。颯と違って、あなたは表面上に出さないように努めてるみたいだけど、それが逆に不自然に見える」
「…………」
確かに悩みに耽る姿を誰かに見せないように気を付けていた。
でも、たぶんみんな気づいている。気づいていて、あえて話題に上げないようにしてくれていたのだろうか?
「でも、気持ちは分かるよ。正直どうやって作戦なんて立てたらいいのか、全くさっぱりわからないもん。でも……」
それまでゆったりとしていた平沢さんの雰囲気が急に引き締まる。
「決めたことがあるんだ。心に従う。作戦だとか、相性だとかそんなもの全部抜きにして、自分の直感を信じるって」
「直感を……?」
「そう。私は元からずっとそうだったしね。だから、ハルネさんも心に従うのが一番じゃないかな?」
「ふむ……」
平沢さんに言われても、やっぱり答えは見つからなかった。だから最後に頼るのはこの人。
「別に、深く考えなくていいのではないか?」
「へっ?」
「勝てれば万歳、負けた時は負けた時。別に命を天秤にかけた戦いをするわけではないのじゃから、気楽にやればよいのじゃよ」
「気楽って……、そんな……」
「もう少し言葉を選ぶべきじゃな。自分がこうするべきじゃと思ったことをやればよいのじゃ。たとえ失敗しても構わないのじゃから」
「でも、それで負けてしまったら……」
「やれやれ……」
私の言葉に溜息をつくオティリエさん。
「失敗、間違い、過ち。お主たちはそれらに過剰に反応しすぎじゃ。確かに間違ってはいけないときもあろう。じゃがそれは今この瞬間にはないし、その戦いの時にもない。そもそも間違うことなんて誰にでもある。なんたって、300年以上生きているわしにもあるのじゃからな」
「でも……。それじゃあ颯の代わりには……」
「そんなものにならなくてよいのじゃ。お主にはお主にしかできないことがある。それを果たすことが、今やるべきことじゃよ」
「私にしか、できないこと……」
「そもそも、B組との戦いの結果は異常としか言いようがない。あんなことが何度もできるわけがない。勝利には麻薬のような作用がある、中毒性が強いのじゃ。全勝してしまったがゆえに、お主たちのクラスは『勝利とは容易なことだ』と考えてしまっておる。その方がむしろ問題と言えるの」
「それは……」
「悪いこととは一概には言えぬな。じゃから負けろとも言わんよ。勝てるようにやれることをやって、負けたらそれは仕方がないのじゃ。敗亡も失敗も恐れぬ勇気を持つのじゃ」
「オティリエさん……」
「わしから言えることはそれだけじゃ。あとは自分で考えるのじゃな」
「私は…………」
そうして、私の出した答えは。
クラス対抗戦第二回戦A組vsC組対戦表
一戦:落合瑞穂・中津川謙介vs豊科春・因幡柏矢
二戦:宮越栄一・原野宏輝vs武田穂高・有明美琴
三戦:武並謙信・釜戸恭一vs中萱和真・安曇めぐる
四戦:春日莉子・勝川泰子vs南真菜・細野翔
五戦:神領香苗・高蔵久人vs島内凛・駿河梓




