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A組の払う代償

「待たせたな」


エントランスで待機していたエルたちの元にようやく戻った。


「随分とお時間がかかっていたようですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ、エル。ありがとう」


一番に近づいてきたエルに返答する。


「さて、それじゃあ寮に戻るとするが、昨晩通知したように、今日一日は魔法・魔術に関する練習は一切禁止だからな」


「分かっています」


颯が倒れて、その原因がわかるまで複数人の多発の危険性を考慮して魔法・魔術の使用の一切を禁止する旨が昨晩一斉送信されてきていた。


「それと、この場にいない者たちへの説明で話していいことを今から伝えるから、心して聞くように」


「「「「「はい」」」」」


「『しばらくの間颯は入院だが、容体は安定しているから心配の必要はない。今は自分たちのことだけを考えろ』。以上だ」


「……分かりました」


他の人たちも頷いて、寮への帰路に就いた。


「帰ってきた!」


「洗馬くんはどうだった!?」


「ハルネさん!!」


寮にたどり着いた瞬間、エントランスにいたみんなが一斉に詰め寄ってくる。エルが私の前に出てくれたおかげで、人の垣根に潰されるなんてことはなかった。


「はいはい、ストップストップ」


手を何度か叩きながら、階段を下りてくるのは贄川くん。


「ハルネさんを含めて、みんなきっと疲れてるだろうから、いったん休ませてあげよう。それにお昼時だから、みんなお腹も空いているだろうしね。そうだね……、4時前くらいに全員訓練ルームに集合でどうだろう? ハルネさんたちもそれでいい?」


「う、うん……。ありがとう……」


あっという間にその場を収めてしまう贄川くん。そのまま彼は階段を上っていく。


「贄川くん、どうしたんだろう……?」


「あの場を一瞬で収めた手腕は見事でしたが……。どうにも不機嫌、というよりも心ここにあらずといった感じでしたね」


「…………」


颯のことを心配していない、というわけではないと思う。けれども……?


「ひとまず私たちも昼食を取るとしましょう。考えるのはその後に」


「そうだね。ハルネさん、行こう!」


「……うん」





「……お見舞いに行った結果は以上です」


贄川くんの進言通りに、午後の4時前に訓練ルームに集まって颯の状況を報告する。もちろん、先生に言われた通り、一字一句違わずに。


「そっか……」


「大丈夫かな、洗馬くん……」


「容態は安定してるって言っていたし、大丈夫でしょ?」


「そのうち目覚めるんじゃないか?」


「だろうな。どうせすぐに戻ってくるだろ」


三者三様の反応を示しているものの、概ね安心したといった態度。目の前で人が倒れて、意識がないとなったら夢見も悪いと思う。


「……馬鹿なのか?」


「えっ?」


「今の話を聞いて、どうしてそんな結論に至れるんだ……!」


後ろから出てくるのは。


「どういうことだ、贄川?」


「聞いてなかったのか?“自分たちのことだけを考えろ”って。今は颯のことを心配してる場合じゃない。僕らが考えるべきこと、それは次の木曜日のC組との戦いだ」


「それはそうだが……」


「そろそろ気づいたらどうなんだ! 僕らは、颯抜きで戦わなきゃいけないんだぞ!!」


「「「「「!」」」」」


全員の目が見開かれる。


「こんなタイミングで倒れた颯が、四日後の戦いに参戦できるなんて思えない。それはまず、颯という圧倒的な戦力の欠損なんだ」


「そうだ……。他の誰にも扱えない、対策もしにくい洗馬が試合に出れないのか……」


「加えて、B組を掌で踊らせるに至った、颯が作り上げる策略がないんだ。いわば僕らは脳を失ったに等しい状態なんだ。そんな危機的状態の中で僕らはどうするべきなのか、それを考えないといけないんだ! なんでこんな簡単なことに気づかないんだ君たちは!」


「贄川君」


熱くなる贄川くんを最初に止めたのは神領さん。


「熱くなりすぎよ。少し落ち着きなさい」


「落ち着く……? 昨日冷静さを欠いて負けた神領さんが何を言ってるんだよ」


「何ですって?」


「昨日全然戦いに集中していなかった君が、どうして僕にそんなふうに説教ができるんだよ」


「っ、それは今のあなたも同じでしょう? これに関しては私たち全員の問題で、全員で解決しなければいけない事でしょう? なのに自分だけが困ってる風を出して勝手に焦って。今この場で一番迷惑をかけているのは……!」


「そこまで!!」


「「っっ!」」


「神領さんも贄川くんも落ち着いて。こうやって言い争いをしている場合じゃないのは、二人ともよく分かってるでしょう?」


「「…………」」


「私たちは、颯に頼りすぎていたんだって。ううん、もっと言えば、颯一人に全てを任せて、負担をかけていたんだって。颯が倒れた原因、これが全てではないけれど、一要因だって考えられる。だから、今度は私たちが颯の代わりを務めなきゃいけない。そうでしょう?」


「「……………………」」


二人とも無言を貫く。けれども、さっきのような険悪感はなくなっている。


「ひとまず、今日は一旦解散します。どうするかは考えるので、ちょっと時間をください!」





「さて、それじゃあ話し合いをしましょう」


クラスを解散させた後、話し合いをするために人を呼んだ。メンバーは私、エル、福島さん、神領さん、贄川くん、木曽くん。


「……今朝」


最初に口を開いたのは贄川くん。


「散歩してた時に、ちょうど日市とすれ違ったんだ。彼女も朝の散歩か何かでね。そのすれ違いざまに言われたんだよ。『私たちの勝ちは決まったね。洗馬くんが私たちの戦いの間に戻ってくることはあり得ないから』って」


「……本当に?」


「僕も一から調べ直してる真っ最中だけど、今までの余裕さの理由が、颯が戦いに参加できないと分かっていたからだって思うと納得できるんだ……」


「そういうことなのね」


「神領さん?」


「私も同じ、校舎棟にいたとき、凛とすれ違いざまに言われたわ。『この戦いはどうあがいても私たちの勝ちだ』と。それがもし、洗馬くんの戦線離脱を予見しての言葉だとしたら……」


二人の言葉で、誰も口を開けなくなってしまう。私もそう、颯のことをそこまで調べ上げられているなんて思わなかった。


「……C組にとって颯が一番の強敵。それは単に戦力的な意味でも、頭脳的な意味でも」


「?」


「B組を躍らせるに至った作戦。あれはすべて颯の創作物なんだ」


「それは、そうだよね……?」


「より正確に言えば、あの戦い方はすべて颯が一人で考えて、一人で指示したんだ」


「どういうこと?」


「僕たちが集めた情報を颯に伝えて以降僕がやったのは、出てきたチームに対して誰をぶつけるかのアドバイスだけなんだ。最終的な選出は、僕の話したチームの中から颯が選んで、戦い真っ最中の動きの指図をしたのも、すべて颯一人だけの力なんだ。例えば、僕の三回戦、その前にB組は何かを話しあっていて、それで動きを決めていたんだと思う。イングラムさんの時とは違って、僕たちとアデリナさんたちのチームの相性はそこまで良かったわけじゃない。それでも僕らを選んだのは、颯がアデリナさんたちの取った戦術の可能性をすでに考えていたから。戦ってる真っ最中、そのことに気づいたときはさすがにゾッとしたよ。颯の持っている力は、僕らの考えているよりも遥かに優れてる」


「確か、僕らがやったのは洗馬くんに情報を伝えるところまでで、その先は全部洗馬くんが一人でやってたね」


「そうね……。さっきハルネさんが言った、『洗馬くんに頼りすぎていた』って言葉は、まさにその通りだと思うわ」


「颯という存在がC組にとって一番の脅威なのは間違いない。でも妙な落ち着きっぷりがあったのは、颯が倒れることを初めから予見していたからだろうね……」


どんどん空気が重くなる。そして、その空気を変えることは、今の私にはできなかった。


(颯……)


あの場所で眠る颯を思い出す。未だ眠りながら戦っている、私たちの切り札のことを。

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