颯が倒れた!?
広丘君の魔術は、今のところ私の盾で防げていた。颯の戦いを邪魔しないためにも颯と距離を取って後退しながらの戦法は今のところ有効に働いている。
「なるほど……。確かに強力ですね、その動く盾は」
「……褒めてくれて、ありがとう」
彼の言葉に応えはするけれど、警戒は緩めない。
外殻を何枚か削られはしたものの、シールドはまだ健在。颯が塩尻君を倒してから戻ってくるまで、耐えてさえいれば……!
「ですが、そろそろ僕も本気で行きます。Flame Strike、Connection Firing」
「これって……!」
魔法陣が連鎖的にいくつも生み出される。以前平沢さんと戦った時と同じ、魔法連結発動。
一斉に飛んでくる炎弾を二枚の盾で防御していく。
「っ」
一球ごとに一枚ずつ削られていくシールドは、一度目の攻撃で、すべての層が削られてしまう。
「これで一枚目。あなたのその力の分析はすでにできているんです。数を頼みとする魔術に弱いということももう知っています」
「…………」
「沈黙は肯定と同じですよ。では、次の攻撃で二枚目の盾も……」
同じように炎弾の魔法連結発動によって、同じように攻撃をしてくる。
炎弾から逃げつつも、避け切れないものだけ防御していく。それでも、
「あらかじめ数を減らしておいたのですから、すべてを受け切れるわけがありません」
「ッ!」
最後の層が破壊されたのを見て、とっさに全天周囲の防御を展開する。
「さて、厄介な盾はすべて破壊しました。残りはその天球だけですね」
私からの反撃がないことは分かっていると、一歩ずつ距離を詰めながら魔術を展開する。
「これで……。っ!?」
再び魔法陣を展開し始める刹那、光が降り注いできた。その光を避けるべく広丘君は後ろに大きく後退。
「颯!」
見上げると、はるか上空に颯がいた。塩尻君を倒したのかと一瞬思ったものの、周囲を見渡すとまだ塩尻君は健在だった。
二人の戦いに何が起こったのか、それを考えるだけの時間は与えてはもらえなかった。
颯は左手で頭を押さえながら、再び四つの魔法陣を作り上げる。それを二つの魔法陣にまとめた瞬間、魔法陣はすべて弾け飛んだ。その魔法崩壊(失敗)は、当然に魔力逆流現象を引き起こす。
にも関わらず、颯はそれに対して何一つ対応しない。それどころか、その衝撃をまともに受けて身体が吹き飛ぶ。そして、脱力したように受け身も取らないまま、墜ちてくる。
「颯!?」
すでに私の中からは、練習試合の真っ最中だということは消えてしまっていた。ただただ、墜ちてくる颯を受け止めることにすべてを集中する。
「Float Injection!!」
墜ちてくる颯の身体が小さな竜巻で浮き上がる。その魔術の行使者などどうでもよく、ただただゆっくりと地面に降りた颯の元に駆け寄る。
「颯!」
名前を呼びながら身体を揺するも、返事はない。
「颯! 颯! 颯ってば!!」
何度叫ぼうとも、颯から反応が返ってくることはない。
「颯!」
ダッシュで平沢さんもやってくる。
「颯! うそ……やだよ……颯……!」
大粒の涙をこぼしながら、颯のことを呼びかける。
「二人ともそこをどけ!」
大声と共に日出先生がやってくる。その背後から、B組担任の柏先生が白衣を着た上松先生を伴ってやってくる。
「ちょっとどいてね」
私たちのいた位置を、日出先生と上松先生とが占拠する。
「……日出先生!」
「分かった」
その一言で日出先生は頷いて、立ち上がる。
「柏先生、あとはお願いします。真由美も頼んだぞ」
それだけを告げた瞬間、颯と先生二人のいる場所に黄緑色の魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣が目を覆わないといけないくらいの輝きを放つと、一瞬の突風があたりに吹き渡る。
その風が止むと、颯を含めた三人の姿はそこになかった。
「颯……? えっ……?」
「消え……た……?」
颯に何が起こったのかわからず、何もできないまま居なくなってしまって、混乱しないわけがなかった。
「ひとまず、時間も時間なので本日はこのまま解散とします。ひとまず全員、今日は寮へ戻ってください。加えて、本日はこれ以上の魔法・魔術の練習は禁止とします」
観客席に戻りつつ、かなりキツめの口調で全員にアナウンスをかける柏先生。有無を言わさない態度と口調は、生徒たちを無言でその場から立ち去らんと動かすことに成功する。
「さぁ、あなたたちも」
真由美先生が、最後まで動けずにいた私たちに声をかける。
「お嬢様」
「ハルネさん」
エルと福島さんがそばにやってきた。その言葉を聞いて立ち上がろうとしたとき、横から服を引っ張られて上手く立ち上がれない。
「平沢、さん……?」
「……………………」
何も言葉を発しないものの、顔面は蒼白で体は震えている。
「先生、平沢さんを少しの間私たちの寮へ招いてもよろしいでしょうか?」
「……分かりました」
先生も彼女の様子を見て、ダメとは言えなかったようだ。
「ほら悠花、行くよ」
「お手伝いします」
エルたちと一緒にやってきた今池さんと福島さんの補助を受けながら立ち上がって、そのまま私たちの寮、私たちの部屋に連れていった。
「それにしても、いったい何があったのでしょうか……?」
部屋に戻っても、会話の内容は自然とそこに行きついてしまう。
「私が見た限りだと、洗馬くんが重統魔法の魔法陣を二つ発動した後に、頭を押さえ初めて、そのまままた魔法を使おうとしたら急に魔法が失敗したって感じだったかな……?」
「私も見ていた感じでは同じように見えたかな。颯くんがあの魔法を使った後だよね? 確か、“Right Arrow×4Double Superimpose。Raining Coordinate specify、Two Point Shooting”だったっけ?」
「“Raining、Wide-Area Carpet Shooting”だったかな? 失敗してた方は」
颯の使った魔法の詠唱を一つ残らず完璧に復唱する今池さんと福島さん。聞いたところでは何一つ問題ない詠唱、颯がいつも使っている重統魔法の二つ同時使用時の詠唱。一度だけオティリエさんのところで見せてもらったことがある。……そういえば、
「確か、あの時も……」
「“あの時”とは何ですか、お嬢様?」
「あっ、えーっと……」
まさかオティリエさんのことを話すわけにはいかない。どう誤魔化すかを考える。そして、まるで天から降ってきたように一つの場面を思い出す。
「……あの時もそうだった。悠花さんと戦った時。あの時颯は決着のほんの少し前に同じように重統魔法を二つ同時に使って、そのあとに頭痛がしたって」
あの時はただの疲れから来たものだと思っていた。それにその時に使った重統魔法はPoppin‘ bubbleだったはず。
「……それに関しては、私にも思い当たる節があります」
「エル?」
颯に事に関してエルに心当たりがあるなんて思わなかった。
「以前洗馬颯と戦った時、ついこの間、お嬢様がお止めになったあの戦いです」
「朝一番に寮の訓練ルームで戦っていた?」
「はい。あの時も洗馬颯は重統魔法を同時使用していました。そして、その直後に頭を押さえていました。ですが、そのあとすぐに別の魔法を使ってきたので何でもないと思っていましたが……」
発言者のエルも、そこまでを口にして黙り込んでしまう。再び静寂がこの場を支配する。
「颯くんの使う重統魔法に何か問題があるのかな……?」
「真っ先に疑うべきはそこだね~……。誰も知らない、他の誰にも扱えない未知の力、そんな力なんだから、問題があるべきだと思うのは当然だって思うな」
「そもそも洗馬颯は、いったいどこからあのような力を手に入れたのでしょうか……?」
段々と話が重統魔法になっていく。オティリエさんのことがあるから、この話がこれ以上進むのは危険だ。
だからこそ、この話を逸らしつつもこの場にいて唯一発言をしていない人に焦点を当てた。
「平沢さん、大丈夫……?」
「…………………………」
「「「「…………」」」」
ここに来る前後から、平沢さんはずっと無言を貫いていた。部屋にやってきても、ずっと部屋の隅っこで膝を抱えたまま。
あの平沢さんがこんな風になるなんて思わなかった。
「平沢さん、ずっとしゃべらないね……」
「仕方がないでしょう。ようやく再開した幼馴染がああなってしまったのですから……」
「それも最愛の、ね」
「「「…………」」」
「こりゃ失敬」
今池さんの冗談は置いておくにしても、エルの言うことは正しい。彼女は颯に降りかかった一番最初の不幸―――友人の喪失と両親の死を実際に見ている。
「……どうして」
「「「「!?!?」」」」
それまで無言を貫いていた平沢さんが、口を開いた。
「どうして颯なんだろう……」
「「「「…………」」」」
「なんで颯ばっかり……こんな目に合うんだろう……」
それは独り言にも等しい言葉だった。きっと会話に参加したとは思っていないだろうし、だから本当に小さく呟いただけだった。
「大丈夫」
彼女と同じことは私も思う。だからこそ、彼女に伝えたくなった。
「颯は戻ってくるよ。必ず」
「……?」
「だって、颯はそういう人でしょ?」
「……!」
少し目を閉じてから、深く息を吐く。
「颯のことを信じるって、ずっと前に決めたのにね……」
小さく呟いて、目を見開いて立ち上がる。
「ごめんなさい。もう大丈夫」
その眼には、闘志に似た何かが宿っている。きっと彼女は、もう大丈夫。
「それにしても、洗馬くんもいろいろと大変だねぇ……」
「大変、とは?」
「今回のことだったり、魔術が使えなかったり、それがばらされちゃったり、そもそも守勢魔力が存在していなかったり……。ここに来てから、洗馬くんは踏んだり蹴ったりだなーって……」
今池さんの言葉で、改めて颯に起こった出来事をみんなで思い起こす。
「不幸を呼ぶ、少年」
ふと、福島さんが呟いた。それは颯が以前言われていた二つ名。颯に関わった人物は、何かしらの厄害が降り注ぐということから、颯がずっと言われ続けた言葉。……颯を今の性格にした元凶。
「この噂って、真実なのかなってずっと疑問だったんだ」
「と言うと?」
「だって、ハルネさんや平沢さんを中心に、もう既に色々な人が洗馬くんに関わってるよね? でも噂にあったように、例えば怪我をしたりだとか病気になっただとか、そんな話は一度も聞いてないよ」
「むしろ洗馬颯を孤立させるように、作られているようにも思える……。洗馬颯にこそ、厄害が降り注ぐようにと……」
「それってどういうこと、エルさん?」
「洗馬颯のことを最初に調べてから、ずっと疑問でした。洗馬颯に同時に降りかかった二つの事件。中学の頃の孤立無援の状態。この学園に入ったのにもかかわらず、守勢魔力が存在していないこと。そしてその事実を明かされてしまったこと。確かに他の人も色々と大変な事態には合っているのかもしれません。ですが一番不幸な目にあっているのは、他でもない洗馬颯自身ではないかと思うのです」
「「「…………!」」」
エルの言葉を聞いて、私以外の四人は目を見開く。
あの噂で一番大変な目に合っているのは颯自身。それは最初から分かっていた。
でも、その先のことには一切踏み込んだことはなかった。どうして颯がそんな目に合ったのか。より正確に言えば、颯がそうなるようにした、何かがある。
私たちの知らないことが、間違いなくある。それは平沢さんですら知らない何か。本当に颯のことを救うのは、きっとその何かを解決したときなのではないだろうか……?
『Prrrrrr』
そんな時に、端末に電話がかかってくる。ポケットから取り出して画面を確認すると、
「先生……」
電話の相手は日出先生。その場の全員に聞こえるようにスピーカーモードに切り替えつつ、電話に出る。
「もしもし、日出先生ですか?」
『あぁ。早速だが、今お前は一人か?』
「いえ、私の他にエル、福島さん、平沢さん、今池さんがいます」
『…………』
少しの沈黙の後、はぁという声が聞こえてくる。
『まぁ、そのメンバーならいい。早速本題に入るが、明日の朝。そうだな……、9時頃に学園の昇降口の前に来てくれ。今いるメンバーも一緒でいい。理由は……、言わなくても分かるだろう?』
先生の言葉を聞いて、一度顔を上げてみんなを見る。無言ではあったものの、全員頷く。
「分かりました。明日の朝9時に昇降口に行きます」




