悩み事
「まぁ、間違いなくレベルアップは図れているか」
土曜日の3・4限目も水曜日と同じように合同練習の時間に出来た。ただし、今日はグループごと練習や新たな力の習得を目指すのではなく、より実践的な訓練の時間に充てることにした。要するに、
「勝者は倉本さんと須原さんだね」
訓練戦闘の時間になったということ。
「僕らの勝率は6:4ってところだね」
「今回はこの前と違って、戦いの組み合わせが完全ランダムで、それに作戦も密に立てたわけじゃないからな。こんなものだろう」
むしろこの結果は満足に値するものだろう。たとえ負けたとしても、一方的に倒されたということはなく、全員がちゃんと善戦していた。文句などあるはずがない。
「さて……」
残ったチームはあと二つずつ。こちらは俺とハルネチーム、高蔵・神領チーム。
「じゃあ次は……A組からは高蔵くんと神領さんチーム。うちからはアデリナさん・南本さんチーム」
悠花が端末にいれたアプリでくじ引きして、呼ばれた四人が前に出ていく。
「試合、最後になっちゃったね」
「あぁ」
最後まで残ることになったのは別にいい。むしろちゃんと全員分の戦いを集中を途切らせずにみられるのだから、かなり運がいいと思える。
「それじゃあ……、試合開始!」
MRBフィールドの展開の後、すぐに試合が始まる。
「……?」
今までのどのチームも、互角かこちらが有利に試合を運んでいくという展開だった。だが今回はむしろB組のほうが、特にアデリナの攻撃が圧している。
「この間のアデリナさんはどこに行ったんだ……?」
どこかからそんな声が聞こえてくる。
膨大な魔力量を利用した戦い方は、この前のように逃げに徹して相手の魔力切れを待つか、あるいは圧倒的な魔術で制圧するかの二択。そして今回、彼女は同じ風属性の魔術の使い手である贄川にかなり教え込んでもらっていた。実力に関してはB組でも指折りになっているだろう。
ただ、それだけであの神領がここまで圧倒されるとは思えない。どちらかと言えば、神領のほうが戦いに集中しきれていないように見える。
そしてもうひとつ疑問点があった。理由はさっぱり分からないが、アデリナと神領の仲があまり良くないのだ。一体何があったのかは分からないが、その分アデリナの攻めも強いのかもしれない。
「アデリナさん……どうしたんだろう?」
「なんか今日のアデリナさん……、怖いね」
「いつものアデリナさんじゃないみたいだ……」
B組からもそんな声がちらほら聞こえてくる。彼らの目から見ても、今日の彼女の様子は大きく違っているのだ。
「Ветер штиль、соединение выдувание!」
風凪という名の、風による斬撃のような魔術を魔法連結で複数発動する。それも彼女のために贄川がわざわざロシア語に調整したらしい。
「っ!」
さっきから防御に徹するしかない神領。
「Яникогда не проиграю тебе!Чтобы этот человек увидел это!!」
何を言ってるのか全くさっぱりわからないが、とにかくこの戦いに関してのアデリナの熱は他の誰よりも強いと感じる。
「それにしても……」
明らかに神領の様子がおかしい。常にクールで冷静、周りからはそう評される神領が、何故かこの戦いに集中しきれていない。
「神領さん! Water Beanbag、Puppet Juggling!」
神領の前に出て魔術で反撃する高蔵。
「Не беспокой меня!」
「くっ!」
だが、アデリナの猛攻に敢え無く魔術が相殺されて高蔵も防御に徹するしかなくなる。それすなわち、HPをジリジリと削られていくということ。
「反撃!」
状況を見かねた贄川が二人に声を出す。贄川がこんな風に声を上げるのはかなり珍しい。
「っっっ!」
だが、その声の数秒後攻撃はさらに激しく、力が籠ったものになる。
そして、その攻撃の激しさはその場にいるほぼ全員から、とある一人の存在を忘れさせた。
「Asteroid Shock」
静かに唱えられた詠唱と同時に、上空に巨大な魔法陣が描かれる。茶色の光が強さを増すと、巨大な岩石、いや隕石が降ってくる。
その隕石の巨大さにあっけにとられ、動けなくなる二人。
「二人とも!」
「「っ!?」」
ハルネの叫び越えにようやく我を取り戻すも、動き出しが遅かった二人は落下地点から逃げ出すことはできない。それを彼ら自身も分かってるからこそ、二人同時に防御を展開する。
しかし、その程度で強大な隕石を止めることなどで気はしない。その力に圧し潰されるがままに二人は敗北を喫した。
「神領」
「…………」
戻ってきた神領に声をかけるが、神領は視線をすぐに逸らして無言を貫く。
「無言ってことは、肯定してるってことでいいんだな?」
「…………」
「今日のお前は、間違いなく目の前の試合に集中できていなかった。それはお前の中に、小さくはない別のことが頭にあったからだ。いったい何を悩んでいる?」
「……私個人の問題。あなたには関係のないことよ」
「関係ない……?」
「……えぇ。これは、私が解決するべきことなの。だからあなたには関係ないし、このことにあなたが関わる必要なんてないわ」
それだけを言って、横を通り過ぎようとする神領。
「待て」
「……何かしら?」
「なら、もしこの試合が本番だったとしたら、お前はこの敗北に関してどうやって詫びるつもりだ? 考え事をしていて負けましたとでも言うのか?」
「なんですって?」
「今日のお前がやっていたことはまさにそういうことだ。違うか?」
「っ!」
唇を引き締めて近づいてくる。そして、手を振り上げながら―――
「ストップ!」
その間にハルネが入り込んでくる。
「颯、それ以上はダメ。神領さんも落ち着いて」
「っ……」
「…………」
「誰にだって悩みの一つくらいあるでしょ? 颯だって、ずっと頭を抱えていたんだし、それで色々とあったでしょ?」
「…………」
「神領さんも、今日全然集中できていなかったのはみんなも分かってる。それだけの悩み事なら、むしろみんなで協力して解決するって道もあるって思う。深くは聞かないけれど、みんないつでも話を聞くからね」
「…………」
神領は若干俯きながら、元居た場所に戻っていく。
「颯も落ち着いて。気になるだろうし気持ちも分かるけど、これから私たちの番なんだから」
「……分かってる」
神領と同じ轍は踏まない。ハルネの言う通り、ちゃんと集中して戦うつもりだ。
何せ、俺たちがこれから相対するのはちゃんと集中していないと戦えない相手だからだ。
「それじゃあ最終戦だね。颯&ハルネさんチーム対塩尻君&広丘君チーム!」
最後に残ったチームがそれぞれ前に出る。よりにもよって、一番やりにくい相手が残ってしまった。
「洗馬颯、お前と戦える日を楽しみにしてたぜ!」
「……そーですか」
適当に言葉をあしらうと、明らかに不機嫌な顔になる。
「……熱を感じないな」
「は?」
「戦いに対する熱だ! お前からはこの戦いに関する強い気持ちも、燃え上がるような闘志も感じられない!! それでも魔術師か!!」
「…………」
俺は魔術が使えないから魔術師ではない。なんて言ったらさらにややこしいことになるだろうから言わないでおく。
「やる気、ねぇ……」
確かにこいつの言う通りの熱ややる気なんてものはない。ただの練習試合なのだから、それなりにで十分ではないだろうか?
「まぁ……、速攻でやられないように頼むよ」
「んだと……?」
その先の言葉は聞かずに、距離を取るべく彼らと離れる。
「それじゃあ……、試合開始!」




