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颯vs近衛騎士

「…………」


明くる日の朝6時前。いつもならロリ老女の元で練習の時間だが、今日は行く当てもなく寮の廊下をさまよっていた。


「今日の夜から、しばらくの間ここを留守にする予定じゃ。だから朝夕の訓練もできんからな?」


昨日のちょうど今頃、そんなことをロリ老女に言われた。


「急に言われても……」


「少しくらい休みは必要じゃ。それに、こう見えてわしも結構忙しい身なのじゃぞ?」


「…………?」


「そんな目でわしを見るな! ともかく! わしが返ってくるまでは、わしとの訓練はなしじゃからな!」


「はいはい……」


そんな訳で、普段の朝の練習の時間が無くなってしまい、暇を持て余していた。


しかし、普段の生活リズムというのは身体が覚えているもので、しっかりと朝5時半に目覚めてしまった。もちろん二度寝しようとも考えたが、学校もあるから変に寝てしまっては、次に起きれない可能性もある。だから仕方なく部屋を出て、廊下を散歩することにしたのだ。


さすがにこの時間では、誰一人としてまだ活動していないらしく、廊下は静まり返っていた。


「……そうだ、訓練ルーム」


すっかり忘れていた。自分の魔法をなるべく秘匿しておきたくて、かつロリ老女のいる場所という最適な訓練場所があったせいでかなり利用頻度が低くなっていたが、ここにもちゃんとした魔法の練習場所があった。


「さすがにこの時間なら、誰もいないだろう」


そう思って訓練ルームへ向かう。


「誰だッ!?」


「!?」


ドアを開けた瞬間、威武と共に声が飛んでくる。誰かと思い身構えるが、


「むっ……? 洗馬颯?」


「近衛騎士……?」


訓練ルームの奥にいたのは、昨日一日姿が見えなかった近衛騎士だった。


「そういえば昨日は一日中どこにもいなかったな」


もし昨日いたら、ハルネと出かけるのについてこないはずがない。


「昨日は別件があって、お嬢様とは別行動を取らせて頂いたんだ。それに、お前たちと行動を共にするとのことだから、大丈夫だと踏んだのだ」


「…………」


近衛騎士からそんな風に信頼されているとは思っていなかった。少し意外で、ちょっと落ち着かない。


「そんなことよりも、なぜこんなところにいる、洗馬颯?」


「俺も同じことを聞きたいんだが……。俺の場合は単純に目が覚めただけだ」


「そうか。私は日課だ。毎朝魔術の練習をしているんだ。ここに来てからは、この場所をお借りして訓練をしている」


「訓練……」


「昔からずっとうそうだ。お嬢様をお守りする身として、まだまだ修行が足りない。お前にも負けたのだからな」


「いや、別に俺に負けたわけではないと思うが……」


クラス内戦の時は、俺はHP全損して、結局トドメはハルネだったし。その前もとても勝ったとは言えない。


「それに、私はまだこの剣に宿った力を完全に掌握できていない。だから、気を向いている暇などないのだ」


「剣……」


確か、近衛騎士が引き継いだアヴァンクとか言うビーバーみたいな動物の力が宿っている剣だったはず。近衛騎士と初めて戦った時に彼女が使おうとして、暴走させていたあの力。


「封印解放魔術、だったか?」


「なぜそれを……?」


「あの時、日出先生が言ってたし。それに……」


気になってロリ老女に聞いたことがあった。



「この世の中には、輝きを保ち続ける剣がいくつも存在する。そのような剣には、たいてい何かしらの力が宿っておるものなのじゃ。有名なもので言えば、日本には村正という刀があったの。あれもまた、強い力を宿した剣じゃ」


「アレの妖刀伝説って、実は根拠が乏しいって話ですけどね……」


「まぁそれはともかく、そうやって剣に宿った力を解放するのが封印解放魔術じゃ。そしてそれは、その剣に選ばれた者にしか扱えない魔術となる。確かハルネの専属騎士がその一本を持っておるんじゃったな。あの歳でそのような剣を持っておるとは、相当なことじゃ」


とかなんとか言っていた。


「それに? なんだ?」


「いや……、なんでもない」


「……まぁいい。ともかくも、私は早くこの剣のすべてを手に入れなければいけないのだ……」


「ふーん……」


「……なんだ?」


「いや……、なんだか焦ってるような気がしてな」


「焦っている?」


「あぁ。力を手に入れたいという気持ちはわかるけど、焦ったところでそんなすぐに力が手に入るとは思えないってだけだ」


「…………」


「それに、アヴァンクとか言うビーバーみたいなやつ、従わせるんじゃなくて仲良くなればいいんじゃないかって、ふと思った」



「仲良く?」


「この間悠花が言ってたんだ、この間の火之迦具土を扱えるようになった一番の要因は、その火之迦具土を知ったからだって。自分がどういったものを扱うのか、それと心を通わせるにはどうするべきかを考え抜いた結果、習得したと言ってた。同じようなことを木曽からも聞いたな。虫たちと心を通わせているからこそ、彼らは僕の力になってくれるって言ってた。だからお前も同じことなんじゃないかと思ったんだが……」


「…………」


「……なんだ?」


「まさか、お前がそんなことを言うとは思ってもみなかったぞ」


「そりゃ悪かったな」


我ながららしくないことを言った自覚はある。


「単に漫画とかを読んでてもそうだし、そういうものじゃないかって話さ」


「ふむ……。いや、確かにお前の言には一理あるように思う。少し考えることにしよう」


「そうだ、俺も頼みごとがあるんだ」


「頼み事?」


「あぁ。剣について、教えて欲しいんだ」


「……なんだと?」


ものすごく怪訝な目で見られる。そんなにおかしなことを言っただろうか?


「何故だ? 確かに今のお前の剣筋は型も何もあったものではないが、悪いとは思わない。それにお前は現時点で、私の剣を捌いて見せたではないか」


「正直なところ、なんで捌けたのかはよく分からないんだ。ただ、剣がこう飛んでくるって何故か感じた……」


これは嘘でもなんでもない。剣がどこからどう飛んでくるのか、それがなんとなく感じられたのだ。でなければ、熟練された近衛騎士の剣を捌けるわけがない。


そして剣のことについては、この学園においては彼女を超える者はいない。ならその人を師として仰いで、剣術を学んだ方がいい。


「それはよく分からんが、そうだな……。一つ、条件がある」


「条件?」


「私と一対一で戦って欲しい」


「戦う?」


「そうだ。一度負けたお前ともう一度全力で戦って、自分自身を見直したいと常々思っていたのだ。私にとっては願ってもいないことであるし、お前のその条件で私から剣を学べる。ちょうどいいだろう?」


「…………」


近衛騎士もまた、血気盛んな奴だということをすっかり忘れていた。面倒臭いことこの上ない。


「はぁ……、分かった。じゃあ、早速やろうか」


「いや、別にそんなに慌てる必要はない。もっと準備を整えてからでも……」


「そんな悠長してる暇はない、すぐ次の戦いが待ってるんだからな。……最も、俺たちは今回出さないつもりだが」


「?」


「とにかく気にするな。やるならさっさとやろう。それとも、お前のほうが準備が必要か?」


「……必要ない」


どうせ普段からこの時間は実戦訓練をしていたのだから、相手がロリ老女から近衛騎士に変わっただけのこと。ちょうどいい。


いつも通り、端末からMRBフィールドを訓練ルームに展開する。それを見まわしてから近衛騎士は鞘から柄を抜き、そこに蒼く光る実剣が現れる。


合わせてこちらも重統魔法によって剣を作り上げる。


お互い構えるが、ここには戦いの始まりを告げるものは誰もいない。


一瞬の沈黙、そしてお互い息を合わせたかのように動き出す。


「はぁっ!」


「っ!」


手にした剣が交わっては弾け合う。だが所詮は玄人と素人の剣捌き、力量は言わずもがな。


(押し切られる……っ!)


弾地で剣の間合いから逃げる。だが近衛騎士も同じように跳び上がって追撃してくる。


「剣を教わりに来たのに、逃げるとは」


「全力って言ったのはお前のほうだろっ!」


空中戦に関しては、彼女よりもはるかに俺に分がある。弾地で一度飛び上がったとしても、瞬発風力を使える俺と違い近衛騎士はすぐに落下していくしかない。


「Coordinate specify shooting!」


近衛騎士の着地点を指定した矢の砲火。


「Cododd Dŵr Glas!」


地面への着地体制をとりつつ、散りゆく青薔薇が矢を受け止めていく。


「知ってると知ってないとじゃ、対応が違うか」


通算三戦目、しかも最初から近衛騎士は俺の攻撃を防ぐのが一番上手かった。今までに使っているものは、ことごとく対処されるだろう。


(新しい戦い方……)


着地体制をとりながらふと物思いにふける。悠花との戦いで既にある手をほぼすべて晒した。そして、その動画はすでに公開済み。これから戦う相手は近衛騎士のように盤石に俺への対策を整えてくるはずだ。


「戦いの最中に!」


着地位置に飛び掛かってくる近衛騎士。瞬発風力でとっさに躱して、再び距離を取る。


「呆けるとはナンセンスだな。それとも、私との戦いなど余裕だと言いたいのか?」


「っ!」


考えるのは後だ。少しでも気を抜いたら近衛騎士に瞬殺されてしまう。


「Light Arrow×4、Double Superimpose! Raining、Indiscriminate Wide-Area Shooting!」


重統魔法Light Arrow(光の矢)による無差別攻撃、それを二つ用いることでフィールドの半分を埋め尽くす爆撃になる。


「この数は!?」


さすがにシールドを展開して防御に徹する近衛騎士。


「もう一撃……ッッ!?」


不意に痛みが襲ってくる。そのせいで追撃はできずに、頭を押さえつつよろけてしまう。


「これは……」


この間、悠花との戦いの後にも襲ってきた頭への痛み。


「同時使用の代償なのか……?」


普通の魔法・魔術の発動手順とは大きく違って、ほぼ想像力だけで成り立たせているのだから、脳への負担があって当たり前なのかもしれない。これ以上安易に同時使用は避けるべきか?


「Cododd Dŵr Glas!」


矢の雨から身を守り切った近衛騎士から再び青い薔薇を咲かせる。


さっき反省したばかりだというのに、もう思考の海に潜りこんでしまっていた。


「Carpet Shooting!」 

 

再び放たれる青の花弁に対して、絨毯爆撃で迎撃する。


「Concentrate Shooting!!」


今度はこちらの番だと、近衛騎士本人を狙った集中砲火を行う。


それに対して近衛騎士は、剣を鞘にしまうような体制をとって、深く腰を下げる。


「Nefoedd Las Slais!!」


聞いたことのない言葉によって剣の蒼い輝きが一層深まり、矢を目掛けて抜刀するように振り切ると、剣の蒼さをそのまま乗せたような斬撃が飛んでいく。


「居合技か……?」


「Glas na glas, yn suddo i lawr y môr oherwydd dyfnder y môr a disgleirdeb sêr……」


「っ!?」


近衛騎士の居合斬撃によってことごとく斬られていった矢を眺めていた間に、新たな詠唱の下、膨らみ始める水の球。これはクラス内戦で最後に見た、彼女の持つ大魔術。



近衛騎士の水球、土岐の大瀑布、悠花の火之迦具土、使い時と使い所を間違えなければ、一撃必殺足りえる大魔術。


近衛騎士の時はそれをも凌ぐ力を持った大魔術を、ハルネの力を借りて発動した。土岐の場合はまだ魔術初心者だったから威力もなくて、ハルネの力だけで防げた。悠花の時は火の弱点属性の水を利用した重統魔法で対処した。


だが、悠花の時にそうだったように、根本的な解決には至っていない。例えば今みたいに、常にハルネと一緒にいられるわけではない。そしてハルネの力だけで防げるかどうかも怪しい。


だからこそ、大魔術に匹敵するような一撃必殺の重統魔法を組み上げる必要性があることは薄々気が付いていた。



ロリ老女の元で作り上げた一つの重統魔法。今までの重統魔法は、矢の数を増やして雨のように降らせることに重きを置いていた。だが数では大魔術には対抗できない。だから今度の重統魔法は攻撃の強さ、一撃の重さに重点を絞ったもの。


「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Striking!」


弓を引き絞る仕草をしながら、魔法の詠唱を唱える。右手に浮かんだ重統魔法の魔法陣が右手から左手に向かってゆっくりと動いていく。そして現れるのは一本の、今までの二倍以上の大きさをした矢。


「Planed Ddŵr!!!」


「Pierce Straight!!」


同時に完成し発射される魔法と魔術。俺の放った矢は水の球を貫通するが、すぐに崩壊していく。そして水の球もまた、矢に貫通されて崩壊していく。


「いつの間にそんなものを……?」


「悠花との戦いの前には完成してたんだよ」


あの時は、これを使ったところであまり効果を発揮しないと感じたから使わなかっただけ。たった今証明したように、性能も申し分ないものになっている。


「Nefoedd Las Slais!!」


「!?」


近衛騎士が剣を振り下ろすと、剣が描いた弧と同じような斬撃が飛んでくる。


「クッ、Concentrate Shooting!!」


斬撃に対して再び矢を放つも、やはりさっきと同じで矢が一方的に破壊されていくだけ。仕方がなく弾地でその場を飛び去って剣撃を避ける。


「……なるほど」


弱点を見つけたと言わんばかりの顔つきをして、同時に複数の剣撃を放つ近衛騎士。


「チッ!」


瞬発風力を駆使して、空中で何とか躱していく。


「Raining、Spread & Whole-Sky Shooting!」


剣撃を避けるのに全力を注ぎつつ、何とか脳内でイメージを紡ぎだして重統魔法を放つ。


「Cododd Dŵr Glas!」


五輪の青薔薇が咲き誇り、その散りゆく花弁が近衛騎士を覆い隠すようにドーム状に舞う。


「お前の持つ魔法の効性はもう理解している、その対処法もだ。最も、惑星水を爆散させたあの矢には驚かされたがな」


矢をすべて受け切った花弁のドームが消えていき、その中にいた近衛騎士がそう呟く。そして見せた近衛騎士の微笑みは、自身の余裕を表している。


(やばいな……)


当たり前だが、近衛騎士は俺の魔法を幾度となく見ているし、その対処法について考えているのは当たり前のこと。そんなことは近衛騎士に言われなくてもわかっている。


問題はここから。現時点で完成している重統魔法はほぼ全て使い切ってしまった。近衛騎士にまだ見せずに残っているのは、未完成状態の重統魔法のみ。


(いや、もう迷ってる場合じゃない)


無謀だとか賭けだとか、そんなことを考えている場合じゃない。再び剣を構えて迫ってくる近衛騎士を何とかするには、使えるものをすべて使う他ない……!


そう決心して、新たなイメージの下魔法陣を構築し始め……。


「ストーーーーーーーーーーーップ!!!!!」


「「!?!?」」


訓練ルームに響き渡る声に、俺も近衛騎士も次なる戦いへの出鼻を挫かれる。


そろって声の方向を振り返ると、そこにいたのはハルネと悠花、その他大勢の野次馬。


「何やってるの、二人とも!」


頬を膨らませて、ものすごい勢いでハルネが近づいてくる。


「なんでまた二人が戦ってるの! どういうことか、もちろん説明してくれるのよね?」


「申し訳ございません、お嬢様……」


「いや……」


「颯、口答えしない」


「は、はい……」


「二人ともそこに座って」


「はい?」


「……ここはお嬢様の言うことに従っておけ。こういう時のお嬢様は怖いんだ……」


「……あぁ」


小声で耳打ちしてくる近衛騎士。そういえば、今までにも何度かあった気がする。だからこそ、今回も素直に従っておくことにした。


「大体二人はね……」


完全にお説教モードに入ったハルネのお小言は、そこから7時半過ぎまで続くこととなった。





「それにしても、交換条件が決闘だなんて、なかなか面白いことを考えるね」


俺と近衛騎士の戦いの第一発見者である悠花は終始笑っていた。


普通よりも早い時間にハルネが起きて訓練ルームにやってきたのは、悠花が呼びに行ったからだ。ちなみに俺たちの戦いの音は外にも漏れ出していたらしく、そのせいでその他多くの野次馬の目にも触れることになったらしい。


「平沢さんの言う通りよ。どうしてそんな条件にしたの……?」


「申し訳ございません……」


朝食を終えて、登校の時間になってもハルネのお説教モードは続いていた。そのせいで近衛騎士は終始頭を下げたまま。


「まぁ、確かにまた戦うなんて条件を出された時には俺も驚いたけども……」


「颯も颯でしょ? なんでその条件をすんなり受け入れちゃったの?」


「仕方がないだろ、必要なことだったんだから……」


好きで戦ったわけじゃない、今回の場合は必要なものが手に入らないから仕方なくだ。大体、必要がなかったら戦おうだなんて思わない。


「それで、二人は納得したの?」


「「…………」」 


悠花の言葉で近衛騎士と見合う。結局戦いはうやむやになったし、正直近衛騎士が納得いったのかどうかわからない。


「……いえ、もう十分です。今の私では、正直洗馬颯に勝てないとわかりました。同時に、まだまだ修練が必要なことも」


「エル……?」


「大丈夫です、お嬢様。落ち込んでいるなどはないので、むしろ自分の限界を知るいい機会でした。ご心配させて申し訳ございません」


「エルがそう言うのならいいのだけれど……」


「洗馬颯、今日の放課後からでいいか?」


「あ、あぁ……いや、待ってくれ。他の奴にも教わることがあるから、あとで時間を考える」


「了解した」


近衛騎士との会話は終了。その後は特に何もなく、教室に向かった。

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