ほんの少しの余裕
「梅雨にしては珍しく晴れなのに、なんで部屋に引きこもってるの!」
日曜日の朝一、部屋にやってきた悠花が叫び声をあげた。
「いや、時間は惜しいし。まだB組の作戦を立ててないし、C・D組の分析も終わってないし……。やることがたくさんなんだよ」
それに、ついこの間悠花に指摘されたばかりのこともまだ全然考えてついていない。
「じゃあ聞くけど、いいアイデアとかは思いついてるの?」
「っ」
「この間の私たちみたいに、相手を掌で踊らせる妙案は出てきてるの?」
「うっ……」
「なによりも、まずちゃんと頭の中で情報の整理できてるの?」
「…………」
「目を逸らさない! 部屋に逃げようとしない!!」
背を向けて部屋に逃げ込もうとした俺の腕を引っ張る悠花。
「そうだ、ちょっと出かけない?」
「出かける? こんな忙しいときに?」
「だからこそ! 今の颯には絶対リフレッシュが必要!!」
「……リフレッシュ、ねぇ」
「私も賛成。たまには気分を変えるのは大事。颯、ずっと難しい顔をしてるから」
「…………はぁ。分かった」
どこに行ったところで、悩みの種が頭を離れることはないだろう。だが、二人は何を言ったところで聞かない。なら、おとなしく彼女たちに従っていたほうが賢明だ。
二人の言う通り、行き詰っていたのは事実だし、このままでいても状況が変わるとは思えない。気分転換に成功して新しいアイデアが浮かぶのなら、それに越したことはない。
「それじゃあ、着替えてきてね」
「はいはい」
ひとまず部屋に戻って、彼女たちに以前セレクトしてもらった服から選んで身にまとう。
「それじゃあ、行こう」
「レッツゴ~!」
ハルネと悠花に引っ張られながら寮を後にした。
「で、またここか?」
バスに乗ってやってきたのは、この前にも来たショッピングモール。そして今いるのは、この間も来たアパレルショップ。
「梅雨が過ぎたら夏だし、夏物の服も出てるからね! それにまた颯を着飾れる……なんでもない」
「聞こえたぞおい」
「ありゃ? てへっ」
「やれやれ……」
とはいえ俺は特に目的はないし、すこしくらい付き合ってもいいだろう。
と思ったことを、30分経ってから後悔することになる。
「まだやるのか……?」
「もちろん!」
「これなんてどうかな?」
「う〜ん……、だったらこっちじゃない?」
「なるほど、確かに」
自分たちの服を早々に見終えて、そこからずっと着せ替え人形にさせられている。
「流石に疲れたんだが……」
そんな悲痛な叫びが彼女たちに届くことはなく、そこから再び30分着せ替え人形をやらされることとなった。
「疲れた……」
「大丈夫、颯?」
「流石にやりすぎたね、ごめんごめん」
そんな会話をしながら、二人にセレクトしてもらった服を三着と、彼女たちが購入した服の入った買い物袋を持って、街を歩いていた。
「それで、悠花の行きたい場所ってのはどこなんだ?」
「それは後で。もうすぐお昼だし、先に腹ごしらえと行くよ!」
悠花の案内で連れてこられた店は、すこし古い感じの定食屋だった。
「お久しぶりで〜す!」
「あらして、悠花ちゃんじゃない! 久しぶりね〜」
店に入って、女将さんらしき人と会話を始める悠花。
「もしかして、平沢さんは常連なんですか?」
「そうよ、悠花ちゃんが中学生の時は、部活のお友達とよくきてたのよねぇ。最近はあんまり来てくれなくなっちゃったけど」
「高校がちょっと離れてるので、なかなか来れないんですよね〜」
「知ってるわよ、ハーシェル学園でしょう? ということは、後ろの二人はもしかして?」
「同じ学校の、幼馴染みと友達」
「「こんにちは」」
「はい、いらっしゃい!」
案内されて席について、少し待って出てきた品々は、
「……美味しい!」
「確かに、美味い」
「でしょ!」
「どんどん食べてね、おかわりもたくさん作るから!」
その言葉通り、かなりの数のメニューを持ってこられて、昼食がいつの間にか大食いに変わっていた。
「もう、なんも食べられない……」
「私も……」
「同じく……」
「テンションあがっちゃって、流石に作りすぎちゃんたわね。ごめんなさい」
動けなくなった俺たち三人は少しの間休ませてもらい、ようやく動けるようになってから店を後にした。
「ユニークな人だったね」
「まぁ、楽しそうな人ではあったな」
「いい人ではあるけど、たまにあんな感じのことがあるからね〜。憎めない人って感じかな?」
たまに思い出したら、また飯を食べに行こうと思わせる店であった。
「それで、この後はどうするんだ?」
「まぁ、私についてきて!」
悠花に言われるがままついて行き、駅から電車に乗り込む。進む方向は、学園のある場所からはちょうど正反対。
終点まで電車に乗って、そこからさらに徒歩で20分くらい歩く。すると、
「わぁ!」
視界には真っ青な海が広がっていた。昨日まで雨が降っていたにしては綺麗に青色。
「海水浴場?」
「たまに一人で来てたんだ。疲れた時とか、悩んだりした時に、気分を変えるために」
「へぇ……」
梅雨にしては珍しく晴れて、気温も高い。親同伴で遊びに来ている子供たちもちらほら見受けられた。そんな海岸を、海を見ながら軽く流し始める。
「こうやってるとさ、難しいこととか悩んでたこととか、全部海が吸い取って無くしてくれるって思わない?」
「…………」
分からなくはない。邪魔なものが何一つなく水平線がよく見えるこの場所から海を眺めていると、自分の考えていることなんて如何に小さいものなのかと錯覚させられる。
「颯の考えることは、私たちには真似できないし、考えもできないって思う」
「でも、それで颯が辛くなって、苦しんでる姿は見たくないよ」
「だから、話ならいつでも聞くし」
「こうやって、私たちがいつでも颯を外に連れ出してあげる」
「だから、私たちが今颯にしてほしいことは一つだけ」
「ほんの少しだけでいいから、颯にも余裕を持ってほしい。ただそれだけ」
「ハルネ……、悠花……」
彼女たちの言う、ほんの少しだけ余裕。目を閉じて考えてみる。
今の自分は、確かに切羽詰まっている。それは何故か?
一つ目は時間。もう次まで二週間を切っているから。
二つ目は情報。C・D組との戦いに必要な、膨大な情報の処理。
三つ目は状況。情報を一からすべて一人で処理できないし、それに合わせた戦略と戦術を見出さないといけない。それに加えて悠花に言われた新たな戦い方を考えなければいけない。
いや、そもそもあの時ですら、俺は一人で何でもこなせていたのか? そしてそれは今もそうだ。
何もかもを一人でやることはないし、できるはずもない。頭は痛くなるし、疲れる。
じゃあなんでそんな面倒なことをやるのか? そんなことは分かりきっている。それは今もこの前も、変わっていない。俺のやるべきことは……。
「ふぅ~……」
大きく息を吐く。
「颯?」
「戻ろう」
「颯? どうしたの?」
「やらなきゃいけないことがたくさんある、だから早く戻らないと」
何が起きたのか理解できていない二人を置いて、急ぎ足で学園へ向けて歩きだした。
「贄川、ちょっといいか?」
「なんだい、颯……へぇ」
「?」
「いや、ようやく元に戻ったなって」
「どういうことだ?」
「なんでも。それよりも話しってなんだい?」
「あぁ。実は……」
「なるほどね。確かにいいと思うよ。けれど……」
「けれど?」
「相手は日市なんだ。もしそれをやったら、それこそ僕らの情報を全部彼女に渡すことになりかねない」
「……確かに」
「だから僕も考えていたんだ。そうして閃いたんだ、絶対に彼女に聞かれずにやり取りできる場所をね! ただ、そのためには少し準備が必要だから、ちょっと待っててほしい。朝手くらいにはできるように頑張るからさ」
「……分かった。それに関しては任せる」
贄川と別れて、次の目的地へ。
「武並、少しいいか?」
「洗馬? 珍しいな。なんだ?」
「頼みがある」
「頼み?」
「あぁ、実はだな……」




