B 組との交換条件
「さて、全員集まったな?」
土曜日の三、四限。この時間はいつも通り魔法・魔術基礎の訓練時間。
「珍しいね、洗馬くんが全員を集めて前に出て話すなんて」
誰かからそんな声が聞こえてくる。いや全くその通り、俺がこんな形で全員前に出ることになるなんて想像もしていなかった。だが、これをやれるのは俺だけで、やると決めた以上やるしかない。
「一昨日言った通り、俺たちはB組と共同戦線を張ることになった。その対価として、向こうからいくつか魔法・魔術について学べることになったから、今日からはそれを覚えてもらおうと思う」
「どういうこと?」
「具体的には、まずこっちから代表者を選出して、そいつがB組から魔法・魔術を教わる。次にこういう場で共有する。こんな感じの順序で、魔法・魔術を色々とB組から魔術を奪……教わっていく」
昨日、一昨日で悠花を通じてB組の面々にこの許可を取ってもらった。
贄川たちとB組の面々について調べていた時に、彼らが使う魔法・魔術の一部についても知り得た。その時にまだ見たことがなく、かつ使えそうなものをいくつか交換条件で教わることにした。同時に、それらを彼らにも教えることによって、力の底上げを図る作戦。
こんな搦め手になるのは、“他クラスの訓練室や寮に入れない”というクラス対抗戦の期間中の制約があるからだ。だから教わるときも基本端末を通じたリモートワークだし、時間もかかる。この制約を何とか出来れば楽なのだが、そうもいかないだろう。
「洗馬くん、今奪うって言いかけたよね?」
「さて、とりあえず最初は全員に覚えてもらうものを俺が教わってきた」
「え、無視?」
「今からそれを教えるから、とりあえず一週間くらいを目安に覚えるように」
彼らが一つの魔法・魔術を覚えるのにかかる時間は、今現在大体これくらい。だからひとまずは合わせることにした。この期間が少しずつ短くなればいいのだが、無理は言えない。
「それで、一体どんな魔法・魔術なの?」
「それは今から実演する」
それだけを告げて、彼らに背を向ける。
数歩のダッシュから、右足の踏み込みと同時に脳内で構築した魔法陣を魔力を介して現実化させる。
瞬間、俺の身体は数メートル上の空中に跳び上がる。宙に浮いては地面着地、同時に身体はまた宙に浮く。地面に描いたたった一種類の魔法陣でそれを繰り返すことができる。
「お、おぉ~……」
再び地面に着地した時、まばらに拍手が起こる。ただし、戸惑っている部分は隠せないらしい。
「まぁざっと、こんなものか。今から全員に覚えてもらう魔法は」
「今のって、いつも洗馬くんが使ってる瞬発風力?」
「いや違う。魔法の名称はBounding Ground、B組は弾地って呼んでる。ただ、瞬発風力と同じ補助魔法に類するもので、使う目的も同じように移動手段ということになるな」
先人たちが築き上げた、攻勢魔力・守勢魔力の片方のみで成立する魔法。その中で戦いにおける補助を目的として作られてきた補助魔法。
今回全員に覚えてもらう弾地もそのうちの一つ。瞬間風力と同じように、高速の移動を目的とした補助魔法だが、この二つは似て異なる。
瞬間風力は、人間の脚力が生み出す瞬発力の補助をするもの。足が地面を蹴り上げるときに、ちょっとした風を起こして跳び上がる。
俺がその性能以上に跳べているのは、ロケットが推進剤で跳ぶのと同じように、ほぼ常に魔力を使っているからであり、かつこの魔法が空中すら蹴り上げられるという特性を持っているが故である。最も、それら性能限界の全てをあのロリ老女に教えてもらったからこそ成り立っているのだが。
それに対して、
「この弾地は人に干渉するのではなく、地面に干渉させて発動させる魔法だ。魔力を地面に干渉させることによって、地面をトランポリンのようにする魔法と言えばいいのだろうか」
「「「「トランポリン?????」」」」
ほとんど全員が首をかしげる。うんうんと頷いているのは、すでにこの魔法を覚えた贄川とほか数人くらいのもの。
「……そんなに分かりにくかったか」
悠花を通じて紹介してもらったB組のやつにはまさにそう説明されたし、俺はそれで理解できたのだが。
「要するに魔力を足から流して、地面に魔法陣を描くの。この魔法を使うと地面がゴムみたいに反発してくるというか、弾むというか。それが颯の言ったトランポリンって意味なの。連続で使えばこんな感じで、ぴょんぴょん跳ねて遊んだりもできるよ!」
ハルネも前に出てきて魔法の実演も兼ねて飛び跳ねる。ロリ老女のところでこれの練習をしているときに、妙にこんな感じで遊ぶのにハマっていた。
「なるほど……」
「面白そう〜!」
「なんか楽しそうでいいな」
「私もやってみたーい!」
ハルネの行動を見て、徐々に食いついてくるクラスメイトたち。
「…………」
どうにも俺には、こういう役は向いていないらしい。
「……とりあえず、魔法のデータは各自の端末に飛ばしておいたから、頑張って覚えてくれ」
とっとと諦めて、実践訓練の時間に移行した。
「じゃあ、お前たちは全員に教えながら基本見守る形でよろしく頼む」
「うん」「りょーかーい」「分かったわ」「分かったよ」
ハルネ、贄川、神領、木曽がそれぞれ答える。彼らは俺と同じくすでに弾地についてある程度扱えるようになってもらっている。だから30人のうち俺たち五人を外した残りのメンバーを四班に分割して、この四人に教師役をしてもらうことにした。
俺は基本彼らを見守りながら今後のことについて考える役。
(役立ちそうなものは多いが、全部を全員にと言うわけにはいかないか)
今回の弾地は、高機動戦に必要だと考えて全員に共有しようと思ったが、ほかの攻勢・守勢魔術はそうはいかない。A組の面々の傾向はすでに把握している。それらの属性に合わせて強化していく形が一番いいだろうか?
「きゃああぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声に反応して顔を上げると、一人かなり上空に跳んでいる女子がいる。
「バカっ!」
反射的に落下を始めた彼女に向かって、一直線に跳び上がる。
「っ、っと!!」
落下点に入ってなんとか抱き留める。特に暴れる様子もないのは、顔が真っ青になるくらい怖いから。
「贄川!」
「はいはーい!」
この高さでは、俺の魔法で二人分の体重を安全に着地するには不安が残る。だから下にいる贄川に着地の補助を頼む。贄川は落下する俺たちを、地面から数メートルの位置で威力調整した魔術を利用して軽く浮かせる。あとはいつのも通り瞬発風力を利用して着地を図るのみ。
「ふぅ……」
ちゃんと足が地面についている感覚。瞬発風力を利用した機動戦をするようになった時から、地面に足がついていることに安心感を覚えるようになった。
「ご、ごめんなさい……」
「全く、気を付けろよな倉本」
「はい……」
着地の最中、反省の色を見せる倉本。
「琴音、大丈夫!?」
「う、うん……」
倉本のパートナーである須原を含め、全員が集まってくる。
「颯、いつまで倉本さんのことを抱いてるの?」
「ん? あぁ」
ハルネに言われてから、倉本を地面に降ろす。
「特に怪我はないな?」
「あ、ありがとう……」
「気にしなくていい」
絶対にこういうミスをやらかす奴が現れると思って、だから一人全体を見れるようにあえて教育係から外れて待機していた。こんなことは想定内。
「力んで魔力を込めすぎるとこういうことになりかねないから、緊張したりしないで気楽にやってくれ。むしろその方が上手くいくだろう。もちろん、今みたいなことが起こったらちゃんと助けはする」
弾地という魔法は魔力量の制御に深く関係する。だからこの練習は、魔力の微調整を身につけるということについても一つ目的に置いている。俺の時はロリ老女というとびきり優秀な指導者のおかげですぐに身につけられたが、俺はロリ老女のように教えられる自信はない。だからこればかりは彼ら自身に頑張ってもらう他ない。だからこそ、それ以外の部分での支援は惜しまないつもりだ。
「じゃ、各々再開」
また元の場所に戻って考え事に浸る。基本は放っておいても大丈夫なのだから、あとは任せるとしよう。




