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洗馬颯とは

「……それで、逃げるようにここに来たと」


「……はい」


今頃颯たちは何処かしらでB組の人たちと、平沢さんと話し合っているだろう。でもその場所に私は参加しなかった。否、出来なかった。


B組との戦いの時、その準備段階で私は必要とされなかった。確かに準備段階で私が役立てることなんて何一つない。



だから、あの場所にいようと思えなくて、私は逃げてしまった。


さっきC組とD組と対峙した時も、私はほぼ何もできなかった。ガロスヴォルドさんが出てきた時などは、颯の後ろに隠れているのみだった。


何よりもあの場所にいられなかったのは、平沢さんがいたから。私と違って、彼女はガロスヴォルドさんと真正面から向き合えるし、ちゃんと戦える。


それに対して私は、あの人と対峙した時にちゃんと戦える自信はない。


だからこそ不安になる。颯は私のために色々してくれているのに、私は何一つ颯に対してしてあげられていない。


「お主はあの悠花と言ったか? のことになると途端に弱気になるな」


「っ……」


自分らしくないというのは分かっていても、自分ではどうしようもできない。だからこそどうしたらいいか分からない。


「ふむ……」


顎に手を当てて、目を細めながら何かを考えるオティリエさん。


エルだったり他の友達に相談することもよくあるけれど、そんなみんなとは全く違う雰囲気がこの人にはある。この、圧倒的な安心感が私は好きだ。


「ハルネ、颯はどうして戦いが嫌いなんじゃと思う?」


「えっ……?」


唐突に問われた質問。でも考えようとして避けてきた、颯の核心に迫る話。


颯は自分のことを話そうとはしないし、私も無理に追求しようとは思っていなかった。颯のことを知りたいと思ってはいても、どうしても踏み込めなかった颯の奥にある部分。


「それは……、颯が優しいからですか……?」


「優しさか……。まぁそれもなくはないのかもしれんな。じゃが、本当の部分は違う」


「本当の部分……?」


「あやつがどうして戦うことを嫌がるのか。それはあやつが、同調圧力に負けたからじゃ」


「負けたから……?」


「最も、あやつは負けたなんて思ってはいないじゃろうがな」


「え、ど、どういうことですか……?」


颯が? 負けた? どうして?


「まぁ慌てるでない」


そう言って一度紅茶を口につけて、一息ついてから話を始める。


「最近颯につきっきりの悠花と言ったか? そやつが言っておったじゃろう、『昔とは違う』と。昔はもっと明るかったとな」


「はい……」


「そんな少年が、自身の“不幸を呼び込む”という体質と戦わなかったと思うか?」


「それは……」


「むしろ自身の謂れと戦ったじゃろうな。それも必死にな」


確かに、昔の颯が平沢さんの言う通りの人物だったら、誰からも疎まれるという状況を変えようと動くと思う。


「じゃが、周りはそれを許さなかった。周りの誰かに不幸を振りまいていってしまう颯は、一つの集団から見れば完全な異分子・害菌と言って差し支えないじゃろう。人の身体と同じじゃよ、じゃからそんな危険分子を排除しようと周りは動く。それも集団の力を持ってしてな。それは言葉や理屈ではないものじゃ。」


「あっ……」


「両親を失い、側にいた幼なじみも失って、その上友人になる者も失った。颯がいた施設でもあまり好待遇ではなかったのじゃろう。要するに颯は、自身を支えてくれる者を失ったということじゃ」


「……」


「じゃから颯は、冷遇されることを受け入れてしまった。無駄に抵抗して自身が苦しみ続けるくらいなら、彼らの意向を汲み取った方がマシじゃとな。その部分と取って言えば、颯の優しさなのかもしれんな。自身を犠牲にして他者の気持ちを尊重したんじゃ」


「犠牲……」


「そうして出来上がったのが、戦うことを嫌い、ひいては人間そのものが嫌いな今現在の洗馬颯なる人物じゃ。颯は自身を排他しようとせん集団の同調圧力に屈したんじゃよ」


「でも、それは、どうしようもないんじゃ……」


「そうじゃな。颯の体質はどうしようもない。じゃが同じだけ、颯の周りにいた者たちにも同じことが言える。人間の身体が体内に侵入した病原菌などを駆除しようとするように、異分子であると判断した颯のことを排除する。それが自然な反応じゃ」


「でも……!」


「人には理性があって感情がある、じゃから誰か一人でも颯の助けになる人は居なかったのか。お主の考えてることはそんなところじゃろう?」


「はい……」


「じゃが、残念ながらこれまでの颯にはそれがいなかった。だからこそ、今の颯が出来上がったんじゃろうて」


「…………」


オティリエさんが語った内容の全てが合っているとは思わない。でも、間違っているとも思えない。


「その時のあやつには、お主のことを助けるという明確な理由があったからな。じゃが根本の部分が変わることはない。この世界にあっても、あやつには戦うという考えそのものが存在しないんじゃろう」


「それは……そうだと思います」


確かに颯は戦いを迫られた時、嫌そうな、面倒そうな顔をする。颯が争い方が嫌いなのは紛れもない事実。


「じゃが、颯は戦っている。それが如何に無駄な行為だと思っていてもな。何故じゃと思う?」


「何故って……それは、私のため、ですか?」


「その通り。この間も言ったが、今のあやつの行動原理は“お主のため”になっておる。そしてそれこそが、今お主があやつにしてやるべきことに繋がっておる」


「それは……?」


「あやつのそばを離れない事、そしてあやつのことを見ることじゃ」


「側にいること、ですか?」


「あやつが何故お主にだけあれほど力を尽くすか。それはお主があやつのことを見ておるからじゃ。あやつには自身を見てもらえる親兄弟はおろか友達すらおらんかったんじゃ。じゃからこそ、自分のことをまっすぐ見てくれるお主のことが大切だと感じておるのじゃよ。でなければあれほどの無茶はせんじゃろう」



そう、颯は平気で無茶をする。その代わりに、颯は日を追うごとに颯は力をつけていっている。それも常人とは比べ物にならない速度で。


しかし颯は最初、魔法・魔術に対して興味を持っていなかったように思う。なら何で颯は今あれほど魔法・魔術に対して熱心でいられるのか、ずっと疑問だった。


「あやつは弱音を吐かない。それは吐かないようにしておるんじゃない、吐けなくなってしまっておるからじゃ。じゃからこそ、いつか颯の心の内にある全てをを引き出せるように、側に誰かがいるべきなのじゃ」


「…………」


その通りだ、颯は嫌々、渋々であっても弱音を吐いた事はない。周りが自分のことを避けることすら仕方がないことだと颯は諦めていて、それが当たり前のことだと思っている。


前に贄川くんが『もし私がいなかったら、颯はすぐに命を散らしてしまいかねない』と言っていた。今改めて考えてみれば、その言葉の意味がよく分かる。


颯は手段を選ばない。必要なことを全てやろうとする颯には、自身への過度な負担なんて当たり前のことでしかないのだろう。でも普通ならそんなことはできない。自己犠牲を受け入れているからこそ、颯はそれができてしまう。


それは才能ではない、むしろ不幸なこと。だから颯は平気で無茶をする。初めて私と戦った時も、初めてエルと福島さんと戦った時も、クラス動乱の時も、平沢さんと戦った時もそうだった。


「じゃから、お主は自信を持って、颯の側にいてやるのじゃぞ? ……本当は、誰でもいいんじゃがな」


「えっ?」


「なんでもない。あとは自分で考えるんじゃな」


オティリエ振り返って、その先に向かって手を伸ばす。そこに、いつも使っている扉が現れて、その扉が開く。


「はぁ〜……」


頭を掻いてため息をつきながら、颯が入ってくる。


「は、颯?」


「ん、あぁ……お疲れ。今は休憩中か?」


「えっ? う、うん……そんなところかな……」


「そうか」


短く答えてから、さっきまで私が座っていた椅子に座って背を伸ばす。


「話し合いはどうだったの?」


「まぁ、なんとかなったか?」


首を回しながら答える。会議で一体なにがあったのだろう?


「そういうハルネこそ、大丈夫か?」


「大丈夫って……?」


「こっちこないでここに来てたんだから、なんかやりたいことがあったんだろ? その成果はあったのか?」


「…………」


成果。多分颯が考えているようなものはない。


でも、決意ならちゃんと出来た。だから、


「ハルネ?」


「……大丈夫!」


笑顔で、颯に応えた。

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