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異様な結果

B組との戦いが終わった翌日、6月1日。


昨日の頭痛や疲労が残っていることはなく、体調は悪くない。


そしてそれはクラス全員同じ。むしろ、勝ったという余韻がまだ残っているのか、テンションは高いまま一日を過ごしていた。


いつもは訓練室で魔法・魔術の授業であるはずの本日水曜日は、本来昨日この授業があるはずだった二年生と昨日の時間との入れ違いで、午後まで普通の授業があった。中間試験(この間)のことがあったから、全員がちゃんと授業を集中して聞いている。この分なら、期末試験には勉強会は必要ないかもしれない。


そんな、6月に入った最初の日の放課後。授業後のHRも終わって各々自由に行動するのが普段であるところ、誰一人教室を出て行こうとはしない。その理由は、


「……来たよ、クラス対抗戦のデータ」


授業後に開示される、クラス対抗戦の第一回戦の結果の確認と、戦いの動画の観賞会及び反省会を行うためだ。


訓練室には様々な角度にカメラやセンサーの類が仕込まれていて、それが戦いの記録を撮っている。それをまとめたものが試合翌日の放課後に公開されるとのこと。公開データだから全員で見る時間があったほうがいい、という贄川の提案を受け入れたのがこの時間だ。


「みんなは先にどっちを見たい?」


「そりゃあもちろん!」


「俺たちの戦いだろ!」


「俺たちの栄光を早く見ようぜ!」


自画自賛で少し浮かれている。……これは後で一度、絞ったほうがいいかもしれない。


「反省するなら、頭と身体が覚えているうちのがいいしね」


「そうだね。昨日も反省してみたけど、やっぱり実際に映像を見てみたほうが色々気づくことがあると思うし」


「半分は颯に勝たせてもらったと言ってもいいけど。それでも自分たちの動きに反省点はあるだろうから、みんなで共有しないとね」


多治見、紺野、贄川が続く。実際に戦った彼らだからこそ、自分たちに反省が必要だということが一番にわかっているのだろう。


「じゃあ一回戦から振り返っていこうか」


全員の要望の通り、まずは自分たちのクラスの試合の動画の再生を始める。





「見つかった反省点については、今後どうするべきか各々が考えていくように」


振り返りが終わって、ひとまず締めに入る。


今朝、ロリ老女独自に動画のようなものを持っていたおかげで、自分の試合はすでに振り返っておいた。その際にも色々と言われた。第三者視点から見ると俺自身でも気づけないことがあるから、その時間はかなり有意義だった。そしてそれはこの時間も同じ、改めて映像を見ても反省点はいくらでも思い浮かんでくる。


「さて、じゃあ次はC組とD組の試合ね」


ハルネの言葉にみんなが頷く。次の戦いに向けてこれから見る動画はかなり重要になるし、個人的にも気になる。


C組はもちろんだが、特に気になるのはD組のあの金髪オールバック、ガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデン。ハルネのこともあるし、いずれあいつとは戦わなければならないだろう。そのためにも今のうちから奴の手の内を知って、ある程度対策を立てておきたい。


「とにかく、まずは対戦結果からだな。贄川」


「はいはーい」


贄川が端末を操作して、C組とD組の対戦の勝敗結果のみを表示させる。


「えーっと、えっ……?」


「D組の……」


「全勝……?」


表示された結果が、クラスメイトを固まらせる。


「いやいや、言ったら僕らも全勝だからね。そこまで驚くことじゃないと思うけど……。最も、それ自体例年にはない、普通はありえない結果なんだけどね……」


贄川も少し疑問に思いつつも、冷静さを保つようになだめる。


「…………?」


先行して自分の端末で試合の詳細を見た俺は、そ個に記載された異常な事態に困惑していた。


「颯?」


難しい顔をしていたのだろうか、ハルネが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……おい、ちょっと待て」


「え?」


「うそ?」


「ちょっと、は? え?」


モニターの詳細を表示させた頃には、クラスメイトたちも気づき始める。


「これは……」


「全試合、C組の降参?」


「どういう、こと?」


「そんなこと、あり得る?」


困惑の渦はクラスを飲み込んでいく。


「ど、動画は?」


ハルネが気づいたように声を出す。


「贄川、どうだ?」


「ちょっと待って」


だが、動画を確認いても、C組が試合開幕直後に降参して、ものの数分で全試合が終わったことだけが分かるのみだった。


「こんなの、アリ?」


ポツリと呟かれる。


アリかナシかで言ったら、できている時点でアリなんだろう。ルール上も何ら問題はないはずだ。


「……怒られないのかな?」


ハルネが少し斜め上の心配をしていた。


しかし戦うこともなく、しかも全試合降参するなんて、一体何を思ってこんなことをしたのか、皆目見当がつかない。


「……データを改竄された形跡もないみたいだし、やっぱりこの結果は事実だね」


自身の端末を手にした贄川が最後にそう言った。


「何してるの、贄川くん?」


ハルネが首を傾げる。贄川を見ると、彼の端末から伸びる謎の黒いコードが、教卓に繋がれている。


「ん? ちょっとばかりハッキングしてみたんだよ」


「「「「ハッキング!?!?」」」」


さも当然のように言う贄川に、全員絶句。


「ハッキングって、あの……?」


「そうだけど?」


「え、そんなことできるの……?」


「まぁね〜」


「え、どうやって?」


「専用のツール走らせるだけだよ。ここのセキュリティ、実は意外と甘いんだよね〜」


「え? ハッキングって、普通キーボードをカタカタするんじゃないの?」


「あんなのは、アニメとか漫画でわかりやすくするための演出でしかないよ。あとはカッコつけるためかな? 実際のハッキングはこうやってツールを走らせるだけで、何も面白みがないからね」


「っていうか、そんなことしていいの……?」


「バレなければ問題ないって思うよ。さっきも言った通り、ここのセキュリティは甘いし、偽装も完璧だからバレる心配は今のところなしだよ」


「「「「…………」」」」


ポカーンと口を開けて、誰一人言葉を発することができない。この場に教員がいなくて本当によかった。


「……まぁそれはいい。それで贄川、何でこんなことになったか分かるか?」



「うーん……、あくまで予想に過ぎないことなら言えるけど……」


いつになく神妙な顔つきになる贄川。


「それで構わない」


「……分かった」


この状況はあまりにも異常だ。不確定でもいいから、少しでも情報が欲しい。


「D組に配置される人達っていうのは、魔法・魔術至上主義って人たちというか、とにかくすごく力に固執した人たちの集まりなんだ。そしてこの世界を知らなかった約半数も、過度に競争に敏感だったり、異常に負けず嫌いな人間だったり。だからD組に配置される人は、あんまり性格の良い人たちじゃないっていうのが専らの評価なんだよね。そんなD組に、今年はやばい人たちが入った」


「やばい人たち?」


「……ガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデン一党か」


「その通り」


「……出たよ」


「あー……。あの人ね……」


俺と贄川、それとハルネと近衛騎士には通じるし、この世界を元から知っている人も噂くらい聞いたことくらいあるのだろう。


「誰それ?」


だがこの世界に来たばかりの約半数は、あの金髪オールバックについて知らない。


「まぁ見たら分かる、死ぬほど性格の悪い奴だ。例えば、二か月前にハルネと俺のことを暴露したメールがあっただろう? それはそいつの仕業だ」


あれの性格がいかに悪いか、それを語るのに最も適した材料がこれだ。人の秘密を勝手に暴露する奴が、いい奴だなんて誰も思わないだろう。


「ほーん……」


「なるほどね……」


「それは確かに……」


「あまりいい人とは言えなそうだね……」


一発で納得してくれたらしい。


「その彼、とにかくいい噂を聞かないんだけど、実力は本物なんだ。おそらく僕ら同世代の中でもトップクラスに強い。しかもそれはガロスヴォルド以下彼の部下的存在の人たちもね。もしかしたら、それらと戦うことを避けたのかもしれない」


贄川の推理は以上。臆病風にでも吹かれたのか、それとも何かしらの戦略を組み上げてのことか。どうにも考えが読めない。


「あれっ?」


画面を操作していた贄川が声を上げる。


「どうした?」


「なんかメッセージが届いてるみたいだ……。しかもC組からだ」


「C組から?」


さっき話題に上がった、何を考えているのかわからないC組からのメッセージ。


「……展開できるか? 今すぐ確認したい」


「ちょっと待って……。中身にはメッセージなし、ビデオが一本だけだね」


「表示してくれ」


「りょーかい」


C組が何を思ってあんな行動に出たのか、それは分からない。だがこのメッセージから、少しでも何かが分かるはず。直感がそう告げていた。

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