vs悠花「剣と盾」
「あの、オティリエさん」
「なんじゃ?」
「相談なのですが……」
それはちょうどGWの時。
ハルネは本国への帰省はしないと言って、二人で大半の時間を大樹の図書室へ入り浸っていた時のことだ。
「私の防御を、自由に動かせるようになりたいんです」
「ふむ……、具体的には?」
「颯は矢を自由にコントロールしてますよね。それに福島さんが使っていたRockstone Ring Bitみたいに、もっと防御を自由に動かせたら、扱いやすくなるんじゃないかと思いました」
「なるほど……」
ハルネの言を聞いて、しばらく思考の海に繰り出すロリ老女。再び顔を上げた時に出した答えは、
「……正直、難しいと思うぞ」
厳しいものだった。
「颯の場合は圧倒的な魔力量と、それを感覚で操るという稀有な力があればこそ可能にしているところがある。福島という少女の場合は、元々の魔術の性能のよって制御しておるんじゃ。じゃがお主の場合、そのどちらもなく、同時に魔法を一から組み上げるのじゃから、あまりにも難易度が高すぎると思うぞ?」
「それは……」
「あえて不可能とは言わないでおこう。昔から魔力に触れているお主なればこその可能性はある。じゃが一から魔法を作るんじゃ、この間の颯のように失敗を繰り返すことになるじゃろう。時には怪我を負うことにもなる。じゃからどうするかは、お主が決めるんじゃ」
「…………」
ハルネは俺の失敗を見てきている。重統魔法を作り始めた最初の時に、魔法崩壊と魔力逆流現象で吹き飛ばされて怪我をしたところも。
「……それでも、やります。やらせてください!」
「……うむ、分かった」
ハルネの決意は固く揺らぐものではなかった。
だが、その決意に反して魔法はうまく構築できずにいた。GWが明けても、クーデター前後も、中間考査が開けた後も、ずっと悩み続けていた。そして結局、今日になるまで完成できずにいた。
はずなのに、今目の前にある魔法は確かにハルネが思い描いていた魔法。
クラッシャブル・ストラクチャーでできた長方形の壁を何重にも張り巡らし、それを一つの盾として作り上げた上で、それを縦横無尽に操るというもの。
“苦労して勝ち取った自由な挙動”、そんな願いが込められた魔法が『Inviolable Shield Liberty Movement』。
「颯を助けなきゃって思って、あの時それができるのがこの魔法だけだったから……。颯を助けたいって一心で願いながらやったら、できたわ」
照れ顔で言う。
「魔法・魔術は術者の願いに応える、か」
それはこの力の根幹。彼女の強い気持ちに魔力が応えて、彼女自身の成長を促したのだろう。
「でも実は、正確には魔法じゃなくて魔術になるわ。盾の制御に若干攻勢魔力を使ってるから」
ハルネが言うには、守勢魔力は盾の維持に用いられていて、動きの制御には使えない。だから攻勢魔力をほんの少し含ませ、挙動制御の送受信アンテナの役割を果たしているらしい。
「じゃあ……」
「正直、長くは持たないわね」
ハルネが保有する攻勢魔力は微々たるものだ。普通に魔術を使えばすぐに空になってしまう。
「じゃあ、もう時間はかけてられないか……。今から気づいたことを言う。その上で作戦を伝える」
数十秒後。
「……話し合いは終わった?」
「そっちこそ、火之迦具土の再生は終わったみたいだな」
ハルネの盾によって崩れた形は元に戻っている。
「そろそろ決着をつけるよ!」
「……それはこっちの台詞だ!」
脚に魔力を込めて、跳び上がる。そのまま蛇の周囲を跳び回る。
「また同じ? でも無駄だよ!」
悠花は行先に合わせて蛇頭を突撃させてくる。
「そんな簡単に!」
「!?」
蛇頭の進行は途中で阻まれる。
「やらせるわけないでしょ?」
「いちいち頭にくる盾……!」
苛立ちが目に見える。
俺の動きは悠花に全て先読みされる。だからハルネの盾を干渉させることによって、悠花の先読みを超えることができる。
「Concentrate Shooting!!」
「クッ!」
その隙を見て、悠花の直上に移動して攻撃を放つ。しっかしそれは蛇の胴体が引き締まって防がれる。
「ギリギリ……!」
「隙あり!」
再びハルネが盾による攻撃を蛇頭に加える。攻撃を受けた蛇頭は、成す術もなく倒れ込む。
「次から次へと……!」
「余所見は禁物だ! Water Ball+Water Ball、Superimpose! Poppin’ Bubble!」
すかさず次は尾の方へ攻撃をかける。
「っ……!」
人数差による連続の攻撃に翻弄される悠花。
「……え、意識があって?」
「意識があっても意思がない。あの魔術、自分が蛇だって自覚と、自身の躰に関しての意識みたいなものはあるらしい。だが行動するための意思決定は全て悠花が握ってる。そこに勝機がある」
意識体があるってことは、本来あの魔術は魔術自身の判断で自由に行動できるはず。だがそうとは思えない箇所がある。要するに悠花自身あの魔術にまだ慣れていない、言わばあの魔術はまだ未完成の状態ということだ。
そして動作の意思決定を悠花が行っている。つまり悠花が考えてあの巨体を動かしているということ。だからあの蛇は、一つ一つの動作の間に数秒のタイムラグがある。その僅かにできる隙を狙うのが今回の作戦。
「それでも! 颯の考えは分かってる!」
だが、どれだけ攻撃を仕掛けても、蛇の髑髏が緩まない。それは俺の最終的な狙いを分かっていて、そこを死守せんとしているから。
「だったら……」
その隙をこちらから作ってやればいい。
「Water Ball×4! Double Superimpose!」
重統魔法の元は一つの魔法。そしてそれ自体はマルチアクトできるのだから、四つの魔方陣を同時に操作する。
重統魔法のダブルアクト。
連続で魔法を組み上げることは未だ叶わない重統魔法だが、ロリ老女の気づきによって同時使用できるようにはなっていた。
脳内で同時操作のイメージを作り上げる余裕さえあれば、実戦においても使用可能なレベルまでには仕上げてきた。
そしてその余裕は、ハルネと二人で作り上げた今この瞬間!
「Poppin’ Bubble、Dual Bullet!」
単純に火力はさっきの倍。それが悠花を守らんと引き締まった蛇の躰に当たっていく。
ゴガアァァァアァァァァァァ!!!
「……なまじ意識なんてものがあるから、痛みを感じる」
Poppin’ Bubbleによる攻撃があの蛇に対して効果抜群なのはわかり切っている。そしてそれを受けて蛇自身が苦しむことも。それを無抵抗で受ければ、
「緩んだ!」
蛇の髑髏は緩んでいく。
そうして開いた穴に向かって、瞬発風力で一直線に飛んでいく。
「火之迦具土!!!!」
悠花の悲痛な叫び。
そしてそれに応えるかのように、閉じられていた蛇の目が開かれて、頭がとてつもない勢いで飛びかかってくる。
「!?」
最後の最後で悠花の願いに魔術が応えた……!?
一直線に跳び降りてる中で今からの軌道変更は不可能。このままじゃ蛇の口へ真っ逆さま……。
「颯!」
瞬間、二枚の盾が飛んでいく。十字状に重なって、蛇頭と俺との間にそびえる。
「颯はそのまま跳んで!」
叫んだハルネの盾が、蛇の頭の動きを止める。
「でもこの距離なら……!」
「……それはどうかな?」
魔力を込めた手を彼らに向けて振り込む。
その数瞬後には俺の手から伸びる光の筋が、悠花を頭から串刺しにする。長さにして丁度4メートル。
「……Light Blade+Light Blade、Superimpose。 Extend Slashing。この距離は、もう俺の間合いだ」
頭から攻撃を喰らえば、人は即死する。そしてMRBフィールドの効くこの場所でもそれは同じ。悠花のHPゲージは一挙に削られていく。
HPの尽きた悠花は、ゆっくりと倒れ込む。
「おっと」
そのすぐ隣に着地した俺は、倒れ込む悠花のことを抱きとめる。
それと同時に、巨大な炎蛇は消えていく。この魔術は悠花の意識によって成り立っている。福島のRockstone Ring Bitと同じ、集中が途切れれば崩れ去る。
「火之迦具土を斬り落とした十拳剣、今回は俺たちが持っていたってことだ」
「……そっか」
悠花は腕の中で、目を閉じて脱力した。




