vs悠花「私にとって颯とは」
颯はいつもそばにいてくれた。
私が笑っている時は一緒に笑ってくれて、泣いている時には慰めてくれて。物心ついた時から颯とはずっと一緒にいた。
それが私と颯の始まり。
どんな時でも明るくて、まっすぐで、優しい颯に恋心を抱くのに時間はいらなかった。
ずっとずっと颯のそばにいて、颯も私の側にいてくれる。そんな日常が永遠に続いていくと思っていた。
でも、そんな願いは唐突に崩壊した。
崩壊の序章は、小学5年生全員で行く宿泊研修。そこで起こった出来事によって、颯は完全に孤立することになった。
誰にでも優しくて、勉強もできて運動もできる。そんな完璧超人のような颯に対して嫌悪感を抱く者は少なくなかった。だから颯を嫌う人は実は少なくなかったのだ。
でもその宿泊研修によって、颯は私以外の全ての児童、全ての教師から見放されてしまった。
私以外の誰一人、颯の言葉を聞かないままに。
そしてその宿泊研修から帰ってきた時、もう一つの事件が颯に襲いかかった。
突然の両親の死。学校から見放された颯の慰めになるべき家が、家族が無くなってしまった。それが颯に追い討ちをかけた。
色々な人がやってきて、私も参列したお葬式。その時に見た颯は、
「颯……」
「……?」
「っ」
今まで見てきた、颯の目に宿っていた輝きは、失われていた。
そんな見たこともない颯が怖くて、私は何一つ颯に話しかけることができなかった。
そしてそのまま、颯は私の側からいなくなってしまった。
私はそのことを酷く後悔したし、その時は布団に入るたびに泣いていた。
颯に会いたい、でも会えない。颯との時間が永遠でなくなってしまったという事実が、私にはあまりにも重すぎた。
そうして後悔し続けて、一つの結論にたどり着いた。
それは強くなること。颯の側にいられなかったのは、私自身が弱かったから。あの時颯に声をかける勇気を、強さを手に入れよう。
そう考えてから、私は努力し続けた。いつかもう一度颯に会える時があったときに、今度こそ颯のそばに居られるように。今度は私が颯のことを守ってあげられるように。
そんな風に努力し続け、中学二年生になって少し経った時、親に大事な話があると呼び出しをうけた。
「……もう一度、颯くんに会いたいかい?」
一番最初に放たれたその言葉に、私は椅子から立ち上がって両親に迫っていた。
そこで聞かされたのは、魔法・魔術なんてファンタジーな世界が本当に存在するということ。両親はそんな世界に生きる二人であるということ。私にも魔力があって、それを使いこなす必要があると同時に、魔法・魔術専門の教育機関であるハーシェル学園に入学するよう決まっていること。そして、
「颯くんの両親も、私たちと同じ側の人間だったんだ。だから颯くんにも悠花と同じように強い魔力が備わっている。それも並大抵の魔術師とは比べものにならないくらい強い魔力が。だから彼も、十中八九ハーシェル学園に入学してくるだろうね」
それは、再び颯と出会えるかもしれないという希望。
だからその日、私はこの世界のことを受け入れて、自身の魔術を鍛えることに従事した。
そして一年が経って、とうとうハーシェル学園の入学式。
「……洗馬颯です」
颯はいた。
見間違えることはない。私が好きで、ずっとずっと会いたかった颯がそこにいた。でも、
「颯……?」
昔の目の輝きは褪せて、雰囲気も180度変わっていた。アレは本当に颯なのか、一瞬そう疑ってしまった。
でも冷静に考えてみればすぐに分かった。あれだけの心に傷を受けて、それがそう簡単に癒えるはずもない。颯の性格が変わってしまうのは当たり前のこと。
そしてその後に匿名で送られてきたメール。颯の身に起こった全てを知ることになった。
颯が、不幸を呼び寄せる人物と言われていたこと。それによって誰一人颯に近づくことがなかったということ。そうして颯は天涯孤独、たった独りでいたということ。
それと同時に、颯には守勢魔力がなく、魔術が扱えないということ。
それを聞いた時、自分のやってきたことの正しさ、颯を守るという決意は間違っていなかったと実感した。
けれども、そこで二つの大きな誤算が起きてしまった。
一つは、颯と違うクラスになってしまったということ。
しかも颯は私のことに気づいていないどころか、全然人と関わろうとしていなかった。周りが颯のことを遠ざけてきたように、颯自身もまた他者を受け入れないようになっていた。いつも元気で、誰にも優しかったかつての颯はいなくなってしまった。
そしてもう一つ、颯のパートナーになったハルネ・グリフィスの存在。
一体何があったのかは知らないけれど、颯はどうにも彼女にだけは甘いらしい。元々颯が持っている優しさを考えればそれは自然だけれど、今の颯の状態を鑑みれば明らかに不自然。どうして颯は彼女にだけ優しいのだろうか?
そして、その颯の優しさ当たり前のように受けている彼女も彼女だ。まず救われるべきは颯の方であるべきなのに、彼女は颯に色々な重荷を背負わせている。だからどうにも彼女のことは好きになれそうにない。
なによりも颯のことを何も知らないのに、颯の隣にいることが当たり前だという考えが許せない。
だから……。
「私は負けたくないし、負けられないの」
今何もせずに颯の隣にいられるあなたに。
あの時颯に声をかけられていれば、あの場所にいられたのは私かもしれない。私はそんな後悔と懺悔と覚悟を背負って、戦っているのだから。
それが私が彼女に戦いを挑んだ理由。颯の隣にいるべきは誰か、それをハッキリとさせるため。
「颯ってすごいね」
「?」
「……そっか、噂の人って颯だったんだね」
「噂?」
「通常の魔法とも魔術とも違う、誰も見たことない力を扱うって噂だよ」
「そんな噂が……」
颯が首を傾げていた。自分のことには意外と疎いところは、何一つ変わっていない。
ちょうどGW前辺りだっただろうか?
『A組に普通の魔法とも魔術とも違う、変な力を使う奴が現れたらしい』
それを使う人が、他を圧倒してあっという間にクラス内戦で優勝してしまったと。
最初はそれが誰かなんて分からなかったし、変な力とは一体なんなんだろうか程度にしか思っていなかった。
それに、そんなことすぐにどうでもよくなってしまった。何故ならクラス対抗戦についての話があったあの日、ようやく颯のことを見つけることができたから。
だから、颯が噂の人物だなんて考えもしなかった。
でも今、改めてそれを目の当たりにして、本当に凄いと思う。
守勢魔法を持たず、魔術を使うことができない。にも関わらず、クラス委員になって、千種のことをあっという間に倒して、今は私の前に立ちはだかっている。
魔術が使えないという、この世界においては絶望的な状況から不死鳥のように舞い上がっている颯はすごい。素直な感心してしまう。
颯はやっぱり私の憧れた、私の大好きな颯のままだった。
だから、私も颯の全力に応えよう。私の持てる全てで。
「私も……もっと全力で戦わないとね」
静かに掌を合わせて、自分の奥底に眠っている魔力に呼びかける。
「第一火之頭分、強襲!」
私の中から膨れ上がる膨大な魔力、それが頭上で蛇の頭を思わせるような形を形取っていく。完成した燃える蛇頭は、私の身長の二倍弱の大きさ。それが颯たちのいる場所に飛んでいく。
「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Raining、Carpet Shooting!」
颯が手を上げたその先に、二つの魔方陣が作られてそれが一つに重なり合ってより大きなものが出来上がる。
……あんな、魔法陣と魔方陣が周り合うなんて力は見たことがない。一体何をどうやって、あんな力を手に入れたのだろうか。
放たれる矢の雨は炎蛇頭に打ち込まれていく。だが、矢は全て吸い込まれていく。
「空属性は火属性に対しては滅法弱いもんね!」
属性相性。漫画だとかアニメだとかゲームにある、属性ごとの強弱というのものは、この世界にも存在する。というよりも、この世界に存在しているから、それを真似て作られたという部分が大きい。
基礎五属性で言えば、火<水<土<風<空<火という関係性。もちろん魔法・魔術の質と量である程度この強弱性は補えるものの、根本的な部分でこの強弱をひっくり返すことはできない。
そして今、颯の矢を降らせる魔法(?)と私の魔術炎蛇頭の規模は根本的に違う。だから颯の矢は私の魔術に対してあまり効果を発揮していない。
「チッ」
舌打ちする颯。
「私が!」
今度はハルネさんの方が前に出てくる。
「Multiple Border、Inviolable Field!」
私の炎球を防ぎ続けた、謎の全天周囲防御が再び展開される。颯の使っている力も意味不明だけど、彼女は彼女でまた訳の分からない力を使う。
颯のことが書かれたメールにあったもう一つの内容。『颯のパートナーもまた、魔術を扱えない』、そんなことが書かれていた。ということは彼女が使えるのは必然的に魔法ということになる。
魔法では魔術には勝てない。それがこの世界の常識なのに、彼女の魔法は何故か私の魔術に抵抗する。何層も重ねられたバリアーに、何かしらの仕掛けがしてあるのだろうか?
そのバリア全てを使って、私の炎蛇頭さえ受け切ってしまう。
「ギリギリ……」
もう少し威力があればとも思うが、しかしこれが今の全開。
「Raining、Coordinate Specify Shooting!」
いつの間にか後ろ上空に颯が回り込んでいる。すでに魔方陣を完成させて、そこから無数の矢が飛んでくる。
「第三、第四火之躰分、防御!」
私の背後に炎の壁が現れて、矢を尽く防いでいく。
「いつの間にか背後にいたり、宙に浮いてたり、颯はなんでもありだね」
「……お互い様だろ?」
颯のあんな嫌そうな顔を見るのは初めてだ。昔はどんな時も楽しそうにしていて、あんな顔はしたことがなかったのに。
「第六火之尾部、打撃!」
今度は炎の尻尾のような形をしたものが、颯の上から叩きつけんと振り下ろされる。だがそれを黙って見ているわけもなく、颯はすぐさまその場を離れる。
颯といいハルネさんといい、よく分からない移動法を使う。人の常識を越えて跳び回る。あんな魔法があることも知らなかった。B組では誰も使っていなかったし、A組の代表たちもそれは同じ。一体どこでそんな技を身につけたのだろう?
「これならどうだ! Raining、Spread & Whole-Sky Shooting!」
また上空へ飛び跳ねた颯が矢を撃つ。一直線に飛んでくると思ったその矢は、途中で分散を開始する。
「っ、第二から第五火之躰分、全面防御!」
今度は私の方が全天周囲に炎の壁を作り出す。
「これも防がれるのか……」
再びハルネさんの近くに着地する颯。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
当たり前のように颯に心配されるのも、なんかむかつく。
「颯、私は颯に感謝してるの」
「……突然なんだ?」
「昔からずっと助けてくれたこと。感謝してもしきれない。そして今も……」
「なに……?」
「この魔術を完成させてくれて!」
「なっ!?」
私の魔力が炎となって、渦となる。それは一本の管のようになり、伸びながら尾となり頭が出来上がる。
「六つの部位、その全てを一度以上使うことによって初めて完成するこれは、私の家が持つ最強魔術」
閉じられていた目が開いて、雄叫びを上げる私の魔術。
「……火之迦具土。それが私の持つ最強魔術!」




