一方的で圧倒的な戦線
「お疲れ様、二人とも。おめでとう!」
「ありがとうございます、お嬢様」
「ありがとう、ハルネさん!」
ハルネを中心に、そんな労いの言葉が二人にかけられていく。実際彼女たちはよくやってくれたと思う。
「このままの勢いで、次も勝ちたいね!」
「そうだな、せっかくエルさんたちが頑張ってくれたんだし」
「だから頼むぞ、多治見、古虎!」
「あぁ、分かってる」
「行ってくる」
クラスの士気は高いまま。長期戦ではこういった士気の旺盛さも勝利に必要な要因になる。だからこそ、それを狙ってB組が塩尻という強力な魔術師を初手に繰り出してきたのだ。
相手の出鼻を挫き、かつ士気を下げるという意味においても、近衛騎士たちは本当によくやってくれた。
「がんばれえぇぇぇ!」
「たのむぞぉ!」
「やってくれぇ!」
対して、B組は試合開始前から声援がすごい。空元気でもいいから、無理にでもテンションを上げようとしているのが分かる。
「それでは第二回戦! 多治見寛太・古虎雅俊ペアvs村井友貴・平田泰ペア。試合開始!」
そんな声援の中で試合は開始されたが、
「「「「「……………………」」」」」
その約5分後には、B組からの声援は閑古鳥が鳴くようにピタリと止んでしまった。
近衛騎士たちの戦いとは違い、二回戦は最初から魔術の応酬だった。
「速射乱射掃射乱射ぁぁぁぁ!!!!」
そんな訳の分からない掛け声と共に、開幕からノンリサイトで魔術を発動する平田。……さっきの塩尻といい、B組の男子ってこんな感じの、変な奴が多いのか?
それはともかく、平田は今まさに実行している通り、ノンリサイトで魔術を速射乱射するのが得意らしい。めちゃくちゃだが、広範囲に攻撃できる術を速射できるのは強いと思うし、ノンリサイトの技術力も申し分ない。
出来るなら俺もノンリサイトのレベルアップのために、その辺について彼に聞いてみたいとさえ思う。
とは言え、ノンリサイトで省略できるのは長い魔術詠唱のみ。
「俺よりも速射性能が上だとぉぉ!?」
魔方陣の展開まで省略できる、多治見の全自動拳銃に速射性能で勝てるはずもない。
それでも5分も耐えたのは、パートナーの村井友貴が防御していたから。
両チームとも、片方が超火力で押していき、もう片方が防御主体という考え方をしている。
だがそれは攻撃側が圧倒的であればこそ成立する戦法。攻撃側が崩れてしまえば防御側にも影響が出る。
だから今みたいに、攻撃側を上回る攻撃力を敵が持っていた場合、
「うわあぁぁぁぁ!」
防御側も途端に崩壊する。……いちいちうるさいな平田というやつは。
『Winner 多治見寛太&古虎雅俊』
いつもより会場が広い分、勝敗を告げるARモニターも大きく表示される。その分だけ、クラスの喜ぶ声も大きくなる。
「やったな、二人とも!」
「お疲れ様〜!」
観客席に戻ってくるなり、そんな掛け声を受けながらしわくちゃにされる多治見たち。
ふと視線を感じ振り返ると、B組から憎悪を孕んだ視線が飛んできている。悠花も、
「…………」
無言で頬を膨らませながら、こちらを睨みつけてきていた。そんな目線をされても勝負なのだから仕方ないだろうに。
「ここから10分のインターバルを置く。その後に三回戦だ!」
フィールドから日出先生がアナウンスする。しばしの小休憩、全員思い思いに背を伸ばしたり身体を回したりする。息が詰まる戦い、見ているだけでも結構疲労が溜まるものだ。
「今のところ順調だねぇ。むしろ順調すぎて怖いくらいだけど」
「そういうお前は、次の戦いがあるんだ。ひとまずは自分の戦いについて考えた方がいい」
「それもそうだね〜。とは言え、そんなに心配も必要ないかもしれないけど」
「……その過信が命取りにならないようにな」
「その辺は大丈夫大丈夫。……ちゃんとやるよ」
そんな会話を交えつつ、A組の面々はゆったり過ごした。
一方のB組は、全員で集まって終始話し合いに興じていた。
「さて、そろそろ時間だ。それでは第三回戦を始める。A組は贄川翔太&紺野定光チーム。B組からはアデリナ・スタヴィツカヤ&南本香織チーム。両チームとも前に出てくるんだ」
次の対戦カードが呼ばれ、前に出る。その中で一際注目を集めるのは、
「白人だ……」
「しかもめちゃくちゃ美人……」
「B組にはあんな子がいたんだ……」
「ハルネさんとはまったく違うタイプだね」
「本当に美人……羨ましい……」
ロシアから来た新入生、アデリナ・スタヴィツカヤ。A組の男子のほとんどが彼女に目を奪われていた。
「確かに美人だな」
ハルネも確かに美人だが、どこか幼さというか可愛さが混ざっている。それに対してあのアデリナという女子は美人属性に極振りといった感じ。確かにまったくタイプが違う白人美人だ。
「……颯、顔が変」
「は?」
「ふーんだ」
「なに拗ねてるんだ?」
さっぱりよく分からない。よく見ると奥の方で悠花も頬を膨らませている。……本当に何なんだ?
「それでは開始!」
そんなことしているうちに試合が開始される。だが、
「……」
「…………??」
「………………????」
さっきまでの激しさとは真逆の試合展開に困惑する。
アデリナと南本は逃げる。ひたすら逃げ続ける。防御を前面に出して贄川と紺野の攻撃をひたすら避けるか防御するかの二択。
「どういう、こと……?」
確かに彼女たち二人は防御主体で好きを見た攻撃を繰り返すという戦い方をするチームだった。だが今はただひたすら逃げ続けて、一切の攻撃を仕掛けてこない。
「……なるほど」
「颯?」
「向こうは逃げ続けて、こっちの魔力切れを狙ってる」
攻撃を繰り出す贄川と紺野と、逃げ続けるアデリナと南本の魔力量の差が開き始める。
「1812年ロシア戦役か」
近衛騎士が言った戦役。かつてのフランス帝国のナポレオンがロシアに侵攻した戦い。ロシアが領土の奥まで退却を繰り返し、補給線の伸び切ったナポレオン軍は撤退するに至った戦い。
「参考にしてるだろうな」
こんな逃げ続ける戦い方は正直に言って無駄が多い。だがそれができる理由は、
「魔力量が多いからこそできる作戦ということね」
ハルネが言った通り、アデリナの魔力量は学年でも指折りらしい。そんな彼女が防御と逃げに徹しいるからこそできる作戦だ。それにフィールドも通常の二倍の広さだというのもこの作戦を助けている。
「なかなかにやばいねこれは……」
流石にこれだけあからさまに逃げているのだ、流石に贄川も事態の本質に気づいたらしい。
「でも逃げられるのは、攻撃が見えるからだよね。少しの間任せるよ」
紺野にそれだけを言って、一歩下がる贄川。
「神速にして不視。それは切りつける怪。風が生み出す傷。その名は鎌鼬!」
詠唱と共に魔方陣が生み出され、しかし見た目にはなにも起こらない魔術。
「なんだ?」
「失敗したのか?」
「なにも起きてなくね?」
初見の魔術にB組は困惑。もちろんそれはフィールドにいる女子二人も同じ。
だが、変化は間を置かずに現れ始める。
「キャッ!」
南本が突然倒れ込む。横から何か力を受けたような倒れ方。
「Что(なにっ)!?」
直後、アデリナも吹き飛ぶ。
「は?」
「えっ、なに?」
「なにが起こってるんだ!?」
さっき以上の困惑がB組を包み込んでいる。
二人は立ち上がって前面に防御を展開するも、今度は後ろから衝撃を受けて倒れ込む。
「……やっぱりチートだな、あの魔術は」
あんなの初見では、いや初見でなくてもそう簡単に対処できるものではないだろう。
鎌鼬とは日本に伝わる妖怪の一つで、旋風に乗って現れ人を切り付けるというものだ。どこでついたか分からないものの、血も出なければ痛みも感じない切り傷のことをよく鎌鼬の仕業なんて言ったりもする。
贄川のあの魔術はその鎌鼬を本当に生み出し、その鎌鼬が縦横無尽に攻撃を繰り返すというもの。しかも厄介なのはその姿が一切見えないということ。先日のクラス内戦の時に感じた、姿が見えない謎の動く何かは、まさにその鎌鼬だったというわけだ。
「ハルネみたいに全身を覆うような防御を持ってるわけでもなければ、この攻撃は防げない」
まさにチートと言っていい性能を持った魔術だ。
だからその後の試合は、贄川の魔術が一方的に彼女たちを攻撃し続けて終わりを告げた。
これで三勝。少なくとも勝敗数ではB組に勝利するのが確定した。あとはどれだけ勝ち点を伸ばせるかだけだ。
「いや〜、疲れた。なんとか勝てて良かったね〜」
いつも通りの軽口を呟きながら贄川が観客席まで戻ってくる。
「……サイテー」
「えっ?」
「ひたすら一方的に攻撃するなんて酷いよね……」
「しかも攻撃が見えないから余計ひどいよね……」
「女の子相手に使っていい魔術じゃないよね……」
「贄川って最低だな」
「あんな美人を笑顔で攻撃するなんて、サイコパスすぎるだろ……」
「贄川はいっぺん地獄に落ちた方がいいって思う」
「勝ったのにみんな酷くない!?」
贄川の扱いが辛辣なのは最早テンプレ化してきているな……。だが彼らよりも、
「あいつ、贄川って言ったな……」
「処す? 処す?」
「どんな地獄を見せてくれようか……?」
「永遠の夢を見せてやろうか……」
B組からの怨みの念がすごい。下手したら闇討ちしてきそうな勢いだ。……本当にしないよな?
「次、四回戦だ。瑞浪成也・土岐由奈ペアvs松本瑠奈・北松歩ペア」
闇(病み)めいた盛り上がりをさておいて、四回戦が始まる。
開幕から様々な魔術が飛んでいく。松本と北松のチームは、A組で言えば原野と宮越と同じ感じの魔術師。多種多様な魔術を柔軟に使える二人。よく言えばバランスタイプのチームだ。だからこそ、彼らに対して一体誰をぶつけるか悩んだ。
そうして見つけた彼らの弱点。それはこの間俺が原野たちに指摘したように、まだ決め手となる一撃が存在しないということ。
だから悩んだ末に選んだのが瑞浪と土岐。決め手となる一撃がなく、威力もそこそこな魔術しか扱えていない彼らの攻撃は、瑞浪の防御を突破することができない。そして、
「集まりし水が、遥か彼方から降り注ぐ。来たれ滝水! 流れ落ちる大瀑布!!」
上空に出来上がった、青い光を放つ巨大な魔方陣から大量の水が落ちてくる。土岐お得意の大魔術がB組の二人に襲いかかる。
水がなくなる頃には、二人とも脱力してプカプカ浮いていた。
「す、水圧で責めるなんて……」
「滝行なんてものじゃないね……」
「えげつねぇ……」
観客席がドン引きしているが、試合はそれで終わる。
これで四勝、勝ち点でもB組に負けることはなくなった。




