魔法・魔術とパートナー。
「さて、色々と個性的な自己紹介が終わったが。次に全員に配布物がある。真由美」
「はい」
日出先生の指示を受けて副担の藪原先生が足元から持ち上げたものは、白い買い物かごのようなもの。その中には何かの機械が大量に入っていて、それを一人一台配り始める。配られたそれは、スマホのような端末。
「全員に配っているこの端末は、言わば学生証のようなものだ。認証キーにもなっていて、授業への出欠確認や寮の部屋への出入りができるようになっている。それと同時に、これに必要な教科書の全てが入っていて、これ単体ではもちろん、教室や寮の机と接続させればより大きく見ることもできるし、ノートの代わりにもなる」
黒板モニターに映された端末説明を淡々と語っていく。一人一台にスマホ端末を配ったり、机一つにもハイテク機能が詰め込まれているあたりは、流石は様々な企業が金を出している学園と言ったところだろう。
「ひとまず端末を開いてくれ。ここには生徒全員分と教員全員分の連絡先が入っていて、いつでも通信できる。こまめに連絡を取る人はお気に入り登録でもしておいて、使いやすくしておくことを勧める」
(……生徒全員分なんて必要なのか?)
俺にとっては一番必要のない機能とも言える。そうでなくても大半の生徒は、生徒全員分の名簿などは持て余してしまうだろう。
「それと、この端末はパスワード認証、顔認証、魔力認証の三つのシステムが入っているから、あとで各自登録しておくように。他人に悪用されないためにもな」
パスワード認証と顔認証なら聞いたことがあるが、魔力認証なんてものも存在するとは。魔法なんてファンタジーな力と、こんな精密機械、科学の才を集めたような携帯端末が両立していることに驚く。
「ま、こういった企業の実験的な部分にも協力していくのが我々の役割でもあるんだ。よろしく頼む」
多くの企業がこの学校に協力してくれているのは、こういった技術実験的な意味合いでこの学校が使えるからということもあるからか。そうでもなければ、こんなオカルトファンタジー学校にわざわざ投資する意味などない。とは言え、そんな超一流企業とこのファンタジーな力の関係性は何処にあるのかについては、その答えを見出せないままではあるが。
「さて、端末のことは一旦置いておいて。隣同士になっている席について話そうと思う」
(ようやくか)
一番聞きたかった話になる。席が隣同士の者が、お調子者だとか近衛騎士が言っていた“パートナー”の意味を。
「この学校において、君たち魔法使いは基本二人組で行動してもらうことになる。授業中や魔法実習の際はもちろん、生活においてもプライベートなことを除いて、基本的にほぼ全ての時間を隣の者と一緒に過ごしてもらう事になる。それが今隣に座っている者だ。我々はこれをパートナー制度と呼んでいる」
「!!?」
その言葉に衝撃を受けすぎて、つい立ち上がる。もちろんその態度は全員の注目を集める。隣のお嬢様でさえ困惑と心配の顔をしていた。
「どうかしたか、洗馬」
その態度にも慌てる事なく、冷静に何事かを説いてくる先生。
「……それは冗談か何かですか?」
普通ならこんな質問は失礼に値する。だが止まることはできなかった。何故なら俺にとって、他者とか関わらないようにすることは生きる上での絶対条件であり、それを学校の方針で強制的にねじ曲げられるなど冗談ではないから。もしそんな制度があるなんて最初からわかっていたら、こんなところにはくることなどなかったと言えるほど、衝撃な出来事だ。
「残念ながら冗談じゃない。それにこの学校だけではなく、現在世界中にある全ての魔法・魔術学校がそういった方針を採っている」
「何ですって……?」
普通魔法使いとか魔術師は、協力だとか師弟関係はあっても、基本は自身のためにあるものではないのだろうか。どんなファンタジーの漫画やアニメ、小説でもそうだった。
「彼のように納得できない者もいるだろうから、ちゃんと説明しよう。洗馬、座れ」
「……」
ひとまず言われた通り着席する。
「まずこの席配置に違和感を覚えなかったか? 五十音順等の規則性はなく、ランダムと言っても差し支えない配置に見えるだろう。確かに座席の位置はランダムではあるんだが、隣の者は違う。隣同士の者は選ばれるべくして選ばれたんだ」
まず最初に話し始めたのは、不思議な席配置について。普通入学したてでは、基本男女別でかつ名前順に席が配置される。それがここまでランダムになっているのは間違い無く学校の作為によるもの。
「入学式の前のことを思い出して欲しい。全員空港の保安検査場のようなゲートを通らされたことを覚えていないか?」
講堂の入り口で、上級生たちとは違う入り口に案内されて、謎のゲートにスキャニングされたことを思い出す。何の意味があるのかついぞ分からなかったあの行為が、まさかここに繋がっているとは想像できなかった。
「あの装置はただ個人を判別するためだけのものではない。むしろ真価は別のところにある。それは、個々人の魔力の量と強さを計測するすることだ。まぁ要するに、アレは計測機の一種というわけだ」
そんな機械が本当にあるのかと言いたいところだったが、たった今渡された端末のことを思えば、その言葉を口にすることはできなかった。
「この端末だったり、さっきの計測機だったりと色々驚くだろう。科学と魔法、これらは二つとも技術であり、淘汰し合うものではない。その結果が今のこの学園というわけだ」
その言については納得できる。
どちらにも長所短所がある。科学技術が発展し続ける現代においても、未だに科学で解明でいないことは無数に存在する。それは想像上の魔法・魔術なんて代物でも同じこと。ならばこそ、お互いを組み合わせた方がより良いものを作れるのではないだろうか。この力の両方を知っていれば、その答えに行き着くことは誰であっても容易である。なるほど、一流企業がこの学園に出資するのもそこに理由があるのかもしれない。
「最も、世界は全ての者が須らく使うことができない魔法・魔術のほうを嫌った。それが今日の科学技術の進歩と広がりに繋がっているんだ」
ここにいる人の数でもそれは分かる。魔法・魔術というものは誰もが使えるものではないこと、そしてそのファンタジックな力が人々の目に触れないようにひっそり過ごしてきたということ。同時に、人が便利を求め行き着いた結論が科学技術の進歩ということも。
「まぁそんな事は後々ゆっくり授業で語ればいいか。話を本題に戻そう。さっき言った、科学と魔法が合わさったゲートで測った結果が、この隣同士の席配置になっている。保有する魔力の量と強さ、そこから予想される使う魔法・魔術とその使い方によって、ペアの相性を判別した結果そうなっている。さらに事前に魔法統治省職員の報告による、ある程度の性格等の人柄も参考になっている。完全とは言わないが打ち解けるのがなるべく早くなるようにそう言った部分も考慮しているから安心してくれ」
つまり色々な条件に従ってパートナーを決めていると言いたいのだろう。だが、他はともかく、
(俺とこのお嬢様ってのは、明らかに間違いだろう)
人と関わりたくない俺と、明らかに人懐っこい性格をしてそうなこのお嬢様では完全に水と油、混ざり合うとは言い難い。むしろこのお嬢様のパートナーは、今も後ろから睨み続けているお付きの騎士の方が相性がいいではないのだろうかと思う。
一体何をもってしてこんなパートナーにしたのか、その真意が知りたいと思うのは当然であった。
「さて、ここまで聞くとどうしてこんな面倒な施策を行なっているのかと思うだろう。たしかに魔法使いだとか魔術師だとかは、一人で力を高めていくものだというのが普通の認識だと思う。事実、かつてはそうだった。だが、それを進めていった結果は、道を外れた魔術師の排出に他ならなかった。魔法にを過信し、魔術に溺れ、己がエゴのために周りの犠牲を厭わない、そういった者が多く生まれた。その度に昔の魔術師たちはその対応に追われていった。それを受けて世界にいる魔術賢者が集まり決定したのがこのシステムだ。自身のためだけでなく誰かのために強くなる。そのシステムが採用されて以降、道を外れる者が現れることはほぼ無くなっていった」
(……筋は通っているな)
自身の力を過信し、道を外れていく者は別に普通に過ごしている者たちの中でも多い。加えて魔力だとか魔法・魔術なんて強い力を持っている分そういたものが現れた場合非常に厄介でもある。そういった者を生み出さないために必要なシステム。それくらいは俺にも理解はできる。
「加えて考えてみてほしい、現代の学生における様々な問題を。虐待、イジメ。そういった問題は必ずそのものが独りだから起こってしまうことだ。そういう冷遇を受けた者が道を外すこともままある。そしてそんなことは何世紀も続いてきたことだ。このシステムは、それを反省して、今後そういった者を生み出さないために作られてもいる。必ず自身を信じてくれる者がすぐそばにいる。それだけでも、そういった者の心境が変わってくると思わないか?」
「「「「「……」」」」」
パチパチパチパチパチパチ!!
一瞬の無言から沸き起こる拍手喝采。それは全員が先生の言葉に聞き入っていたからに他ならない。
「さて、どうだ? 納得したか、洗馬颯」
「……理解はしました」
今日の魔法使いだとか魔術師だとかには有用な施策だということは理解できた。しかし、納得はできない。むしろ俺は、彼らの輪に存在していない方が、輪の外にいる方が彼らの団結を促すだろう。自分に関しては、このシステムの外側にいる方がいい気がする。
「……そうか。まぁ今はそれでいい」
違和感を覚えるものの、特に何もいうことはなく、全体連絡へと戻る。
「さて、今日はここまでだ。まぁ仲良くやってくれればいい。最も君たちにそんな心配はいらないかもしれないがな。それでは本日はここまでだ。また明日」
「また明日お願いしますね!」
そうして二人は教室を後にしようとする。
「あぁ、そうだ」
ただ、何かを思い出し扉の場所で立ち止まる日出先生。
「洗馬、一緒に職員室に来てくれないか?」
「?」
呼び出しを受ける。だが心当たりはない。いや、さっきの自己紹介について何か苦言を呈されるのだろうか。
「先生、なら私も」
と、パートナー(仮)のお嬢様も立ち上がる。
「いや、すまないが少しプライベートな話になる。だからハルネは外してくれないか? あとで君たちが予定してるクラスの集まりに向かわせる」
「そうですか、わかりました」
その言葉に、すぐに引き下がる。
むしろ俺の方はプライベートな話と聞いて、余計に何の話かわからなくなっていた。しかし行かないという選択肢はないため、大人しくついていくことにした。