忙しい日々
授業がある平日と土曜日は授業終わりから夕方6時まで、日曜日は丸一日勉強会に費やしていた。
「……ふむ、頑張っておるみたいじゃな」
火曜の早朝、ロリ老女と最近の出来事についての会話をする。
「それで、ハルネを含めて彼らの成績はどうなのじゃ?」
「今日それを図るための小テストをやる予定です。色々と情報を仕入れて作ったんで、これでさらなる補強点を各自見出せるはず」
「なら、おそらく大丈夫じゃろうな。そういうお主こそ、油断するでないぞ?」
「言われなくても」
ハルネの面倒を見ながらも、自身の勉強を怠ったことは一日もない。授業の宿題として出されている問題集も、試験範囲分はすでに二週以上は解いてあるし、できなかったものは何度も復習した。
「勉強についてはわしには分からんし、助けもだせんから自分たちでなんとかするんじゃな。わしが助けてやれるのは、お主を鍛えることだけじゃ。それじゃあ今日も始めるとするかの」
「お願いします」
いつも通り、早朝の魔法の訓練が始まった。
木曜日、先生が言っていたのは『放課後に魔法・魔術の訓練をすることを禁じる』だ。要するに早朝ならどれだけ訓練してもなんら問題ないということ。念を押して聞いたのだから間違いない。
試験のすぐ後にクラス対抗戦が待っている。どちらか片方を蔑ろにできないから、その辺りが折衷案というところなのだろう。
だから今日もこうして、ロリ老女の元で遠慮なく魔法・魔術戦を繰り広げている。しかも、敵が使ってくるであろう魔術を使ってもらいながら。
「反応が遅いぞ! 相手の動きを瞬時に見極めるんじゃ!」
「はいっ!」
ロリ老女との訓練のほとんど全てが、今のような戦闘における立ち回りについてを教わる時間になっている。
新たな重統魔法を生み出すには、元の魔法を組み合わせた結果のイメージが明確である必要がある。そしてそんなアイデアが毎日のように、次から次へと出てくるわけがない。だから、そのアイデアがない日は全て立ち回りを学ぶ時間にすることになった。
この間のクーデターの時、彼らを圧倒できたのはこの時間があったおかげだと言ってもいい。多種多様に渡る魔術を扱えないのだから、俺に今一番必要な技術がこれだだ。
もちろん使用する魔術とその威力は今の学生レベルまで手加減してもらってはいるものの、戦闘センスを身につけるためだからと、その辺りについては一切の手加減がない。
だから大体10分もすれば、
「はぁ……はぁ……っ……」
大抵俺は息が上がって動けなくなる。
「ふふふふふ、まだまだじゃの」
「……(イラッ)」
「とは言え、今の段階でわし相手に10分も持てば十分だとは思うぞ? 最初のうちは5分と保たなかったしな。なんたってわしは……いや、なんでもない」
「?」
「気にするな。だが、以前と比べて戦い方はちゃんとでき始めておるから、自信を持って良いぞ」
「はぁ……」
ここまでボロボロにされると、成長しているのか本当に疑わしいのだが、まぁ本人が言ってるのならそうなんだろう。
それに実際、この訓練をやった後にクラスの連中と戦うと、ものすごく楽に戦える。だから少なくとも無駄にはなっていないはずだ。
「……それほど焦る必要はないぞ? わしに勝てないのは当たり前のことなんじゃ、この時間にやるべきことは、お主自身のことを考えることじゃ。余計なことを考えている暇などないぞ?」
そうだ、そんなことを気にしてる場合じゃない。このムカつくロリ老女が、俺よりもはるかに強いことは事実。
そもそも仮想敵が使える魔術のほぼ全てを使えるなんて普通じゃない。俺が思っている以上に、このロリ老女はヤバイ存在なのだろう。だから今はそれに感謝して、ただ直向きに自分を鍛えるしかない。
「もう少し休んだら、またやるぞ」
「いえ……今すぐにやりましょう」
「そうか? なら……」
そうしてまた、ボコボコにされるのであった。
〜〜〜〜〜〜
早朝にロリ老女と魔法・魔術戦闘の訓練をして、日中は授業を受ける。試験直前ということで、授業も復習をメインにしてくれているからありがたい。
そして放課後にはクラス全員での勉強会。
「……というわけで、今配った小テストを制限時間内にやるように。これで大体できるできないがハッキリするはずだ」
贄川が持ってきた過去のテストデータを参考に、基礎〜標準的な問題を集めた小テストを作成した。これで大体今の実力が測れるはずだ。四人の教え方にも特に問題はなかったと思うし、サボっていなければ7〜8割は取れるはず。そう信じて、タッチペンを走らせる彼らを見守る。
「……そこまで!」
端末のタイマーが鳴り響き、その音で全員が手を止める。各教科担当の四人にも採点を協力してもらって、結果を出す。
「「「「…………」」」」
クラスに緊張が走る。
「……とりあえず、全員が目標の8割を越えていた。これなら一応、油断しなければ大丈夫だと思う」
「よっ……」
「「「「しゃあぁぁぁぁ!!!!」」」」
歓声が上がって、その後一挙に脱力する。全員緊張の糸が切れたか。
「だが試験は明後日からだからな。明日は最後の確認のための質問会って形にするが、復習を怠るなよ……?」
「「「「は、はい……」」」」
彼らの緩んだネジを締め直す。ここで油断されてはたまったものではないからな。
「まぁまぁ颯、今日はもういいんじょない?」
肩に手を置きながら、後ろから声をかけてくるのは贄川。
「みんな頑張ったし、今日はもういいんじゃないかな?」
「そうね、張り詰めすぎているのもよくないわ」
「二人の言う通りだと僕も思うよ」
「…………」
四人の言うことにも一理ある。気を張り詰めすぎて本番に支障が出ても良くないか。
「……じゃあ、今日は解散だ」
「「「「ウェーーーーイ!!!!」」」」
気力の抜けた返事が返ってきて、各々が様々に力を抜く。
「颯、ここ教えて!」
そのタイミングで突撃してくるハルネ。
「あ、あぁ……、ちょっと落ち着け。それで、どれだ?」
「あっ、じゃあ私も……」
「私もお願い!」
「洗馬くん、これも!」
「ちょ、ちょっと待って順番!」
突然列が形成される。いや、質問することは別にいいのだが、どうしてこんなに?
そうして周りを見ると、他の四人にも同じように質問列ができていた。せっかく明日質問会を設けたのに、なんで今日?
「それはもちろん、記憶に残ってるうちにやろうって思ったからよ」
そんな俺の心を読んだのか、ハルネが答える。その言葉に、列に並ぶメンバーが頷く。
「……まぁ、そういうことなら」
やる気が十分なのはいいことだ。それを削ぐ理由はどこにもない。だからハルネから順番に質問に答えていった。
「はぁ〜……」
「大丈夫、颯?」
自室に戻ってきた瞬間ソファに横になった俺を心配して、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だ……、ちょっと頭が疲れただけだから……」
大丈夫ではあるものの、今は視界に何も入れたくない。視界から入る情報一つでも頭が痛くなる気がする。
「お水でも飲む?」
「頼む……」
「ちょっと待ってて」
ずっと話し続けて喉がカラカラになっていた。
目を瞑っているから視界は真っ暗闇。でも今は暗さが心地いい。このままどんどん沈み込んでいく……。
「颯?」
颯の要望に応えるためにコップに水を入れてきたけれど、肝心の颯は、
「スー……。スー……」
その僅かな時間で寝てしまっていた。
無理もない。今日みんなに配った小テストも颯の手作りで、勉強のスケジュールなどもみんなと相談しつつも、最終的には颯が決めていた。相当気を使っていただろうし、労力も計り知れない。だからこのまま寝かせてあげたほうが颯のためかもしれない。
「……寝顔はこんなにも穏やかなのに」
以前にも颯の寝顔は見た。いつもは気を張っていて大人っぽいのに、こうして見るとまだまだ子供っぽい。同い年の男の子なんだとよく分かる。
「……寒いかな?」
部屋自体は空調が入っていてちょうどいい温度だけれど、このまま放っておいたら風邪を引くかもしれない。
そう思い立って、自室に掛け布団を取りに行く。『風邪を引かないように』と、エルが余計に持ってきた掛け布団の一枚を颯にかける。
「颯……」
時々不安になる。
私は同い年の男の子に重荷を背負わせてしまっていることについて。颯は『恩返しだから気にする必要はない』と言っているけれど、そのせいで颯は色々と無茶をしてしまっているのではないかと。
そして不安はもう一つできた。それは颯の幼馴染、平沢悠花さん。颯の中でも彼女だけは特別。他の誰もが入っていけない場所に、きっと彼女だけは入っていける。
「…………」
私が、颯にできることはあるのだろうか?
「颯……」
一定のリズムを刻む颯の唇に、少しずつ近づいて……。
ピンポーン!
「ひゃあい!?」
唐突のインターホンの音に飛び跳ねる。
(私、今、何をしようとして……?)
加速した心臓の鼓動が聞こえる。
「ハルネさーん?」
「は、はーい。今行くわ!」
ひとまず訪ねてきた人に対応するべく、部屋の出入り口に向かう。
「み、みんな揃ってどうしたの?」
「勉強で疲れたし、みんなでお風呂に行こうって話してたの。ハルネさんもどう?」
「もちろんいいわ、すぐに荷物を取ってくるからちょっと待ってて」
部屋の中に戻って、大浴場へ行く準備を整えてからみんなと合流する。
でも今日一日、気まずくて颯の顔を見ることができなかった。




