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俺たちは落ちこぼれ、でも二人でなら最高の魔法使い  作者: 広河恵/ぴろめぐ
第二章第四節:一難去ったらまた……
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畏怖と萎縮

「…………」


教室の空気が重い。空は昨日まで雨が嘘のように晴れ渡っているのに、未だこの教室の中だけ雨が降っているかのよう。


クラスの動乱は、一応昨日の戦いで収束を迎えた。だが原因はむしろその後、俺が彼らに言い放った言葉にある。



『だから弱点だらけのお前たちに言ったんだ、自身を強化しろと。これで分かっただろう? あとは自分たちで考えろ』



これは歴とした事実であるし、言ったことを後悔はしていない。それを聞いて彼らも大いに反省したのだろう。特にクーデターを起こした反抗連合の奴らは、実力行使を以ってそれを実体験したのだから。


反省することはいい。だが、彼らはそれによって完全に萎縮しているように見える。忠告を気にすることはしても、気にし過ぎて自分から何もできなくなっては逆効果だというのに。


「はぁ……」


ため息をつく。するとクラスの連中はビクッと肩を潜める。


避けられる事には慣れているから別にいい。だが逐一俺の顔色を伺うのはやめてほしいんだがな……。


俺は別に機嫌が悪いからといって、言うことを聞かないからといって訳もなく処断するような独裁者ではないつもりだ。


昨日はちゃんとした理由があって彼らに対して色々言っただけであって、今は特に何かするつもりはないのだから。


「…………」


あまりにも居心地が悪いため、一度教室を離れることにした。



〜〜〜〜〜〜



「…………ぷはぁ!」


颯が教室を離れた後、そんなため息が一斉にクラスのみんなから聞こえてくる。


「緊張したぁ……」

「本当だよね……」

「一体何言われるか、怖いったらありゃしないな……」

「洗馬くんって、やっぱりすっごく怖い人なのかもしれないね……」


口々に言うのはそんな言葉。みんなすっかり颯のことを畏怖の対象としてしまっていた。


昨日颯が訓練室を去った後、誰一人言葉を発することができずにいた。そしてそれは私も同じ。みんなに何を言えばいいのかわからなかった。昨日は結局、そのまま解散してしまった。


自分が願ってクラス委員の立場になったのに、いざこういう時になんて声をかければいいのか分からない。『颯はそんな人じゃない』、そう言いたいのに上手く言葉が紡げない自分が悔しい……。



「颯のこと、そこまで怖がる必要あるのかな?」



そんな時、ふとクラスの中からそんな声が上がった。みんなその声の主に注目する。


「別に颯は理不尽に僕らを怒るようなことはしていないし、することは無いと思う。あれは僕らが不甲斐ないから、それを指摘しただけだから」


「それは……」


「そうかもだけど……」


「それに、確かに颯は一見何もしてないように見えるけど、昨日の問題点がいくらでもある、その具体例まで言ってくれたように、実は色々と考えてるんじゃない?」


「だがそれは、俺たちと戦ったからこそ見出せたんじゃないか?」


「確かにその部分が全く無いとは言えないけど、いくら颯でも戦ってる時にそんなことを考えてる余裕があるとは思えないな。それに颯が君たちを倒せたのは、君たちのことをちゃんと見ていたからに他ならないよ」


「どういうこと?」


「じゃあ昨日までの戦いを例に話そうか。颯が得意なのは矢を自在に操作する重統魔法、つまり中・長距離戦ということ。だから武並とは相性的な部分で有利な戦いができる。事実颯は武並との戦いは楽に立ち回っていたからね。でもそれをするには、彼の魔法を防げる魔術を持っている釜戸の存在が邪魔になる。だから颯は真っ先に釜戸のことを倒して、武並をゆっくり調理したって感じだね。でもそれができたのは、君たち二人の特徴をちゃんと分かっていたからだ」


「……なるほど、一理ある」


「多治見と古虎の時は、颯が言っていたように完全に実力を測り切れていなかったんだと思う。それは原野と宮越の時も同じだと思うけど、だからこそ最初のうちは適当に立ち回ってそれを測っていた。そしてそれが分かったから、突然軌道が分散する魔法で一挙に倒すことを選んだんだ」


「それは本人が言ってたけど、でも原野くんと宮越くんの時の不意打ちは?」


「相手を油断させて、その隙を撃つなんてことは戦いにおける基本中の基本。前半の戦い方はその意味も含んでるのかもしれないね。」


最も批判が多かった颯の行動すら、彼は肯定する。


「颯はちゃんと基本に即して戦っている。当たり前のことを当たり前のようにやっているだけさ。それが奇策・奇略に見えるのは、颯の立ち回りによって僕らが固定観念に縛られて、それを忘れたタイミングで仕掛けてくるからさ。要するに人の機微にかなり敏感だってことだね。今まで人から遠ざけられて、自分からも離れるように立ち回っていたから、人を見る力は僕らよりも鍛え上げられているんだろう」


……贄川くんは凄い。颯のことをちゃんと見てて、私以上に理解している。だからその分、颯のパートナーは彼の方が良かったのではないかと。ふと、そんなことを考えてしまう。


「ま、最もそれが出来るのはハルネさんがいるおかげだけどね?」


「えっ?」


不意に話が私の事になる。


「ハルネさんの防御があるからこそ、颯は安心して攻撃ができてる。実際、ハルネさんの防御がなかったら危ないって場面は今までにいくつもあったしね。例えば原野たちの攻撃は、ハルネさんがいなかったらいくつか受けていた。それがなかったのはハルネさんが的確なタインミングで彼を守ったからさ」


「確かに、私たちと戦った時も、お嬢様の防御によって洗馬颯が助けられたと言う場面はいくらでもある」


「もしハルネさんがいなかったら、颯は防御無しでただひたすら敵に突っ込んでくだけの人になっていたと思う。そうなったら、今は良くてもいつかは簡単に命を落としかねない。それがハルネさんがいる事によって、自分を守ってくれるから安心して攻撃できて、かついざと言う時にはハルネさんを守ろうと立ち回るようになってる。それこそ颯がハルネさんのことをちゃんと考えてるって証拠だよ」


「…………」


「颯は戦いがすごく嫌いみたいだからね。人が嫌いだから話し合いは嫌いだけど、戦たり争ったりするのはもっと嫌い。そんな颯が月曜日にハルネさんの言葉を止めてまで戦ったのは、ハルネさんのためだからさ。少し前に颯は言ってたよ、『恩を返すべき不器用な人がいるから、ひとまずはその人のために戦う』ってね」


「颯が……」


確かにクラス内戦の時も颯はそう言ってくれた。クラス委員になったのも、私がそれを願ったから。颯がいなかったらできなかった。もう颯の言う恩返しは、私にはもうそれで十分だった。だからそれで終わりでもよかったのに……。キュッと胸が熱くなる。


「……颯が何でハルネさんだけに特別甘いのかは分かった。まぁそれは置いておいて、そんなに考えているっていうなら、なんでそれを何一つ話そうとしないんだよ。それじゃあ結局何の意味もないじゃないか?」


「そうかな? 自分を鍛えるために必要な事は、自分自身で考えるのが普通じゃないかな? むしろ僕は放任主義でありがたい限りだね、自由にやらせてもらえるんだしさ」


「……そうは言うけど、あいつは今までその事すら言わなかったじゃないか」


「それこそ言う必要がないからだよ。僕らも子供じゃないんだから、何も言わなくても自分で考えるだろうって。あとは……単純に颯が口下手なだけなんじゃないかな? 今まで人とのコミュニケーションがほとんどなかったんだから、仕方ないって思う。むしろそんな彼が考えることを、気持ちを汲み取ってあげることが僕らには必要なんじゃないかな?」


「「「「「……………………」」」」」


彼の言うことこそ、私が感じていたことで、本当は私が言うべきだった言葉。


颯は決して多くを語ろうとしない。必要なことを必要最小限で、まっすぐ一直線に話す。それしか聞かなければ颯は何一つ考えていないように見えるし、冷たいとも感じる。でもその裏では一人で悩んで、考えて、遙か先のことを見ている。


「……颯と同じ速度で進める人は、もしかしたらいないのかもしれない」


「お嬢様?」


「ハルネさん?」


小さい声に反応できたのは近くにいたエルと福島さん。でもその二人の声がクラスの注目を私に集める。


颯は誰もわからない場所にいて、さらに先を見続けている。颯が進む速度は私たちの想像を遥かに超えている。


昨日までの戦いで、むしろ一番驚いたのは私の方。私はまだクラス内戦から何一つ進歩できていないのに、颯はすでにあれだけの魔法を生み出していた。それだけでも、颯の進む速度に私は追いついていないことがはっきりと分かる。


だからこそ、それに追いつくために、颯と同じ速度で歩けるようになるために、颯に任されたことをやろう。そしてそれは、今この場においてはみんなをまとめること。


「贄川くんが言った通りだって私も思う。颯は私たちでは決して見えない場所を、遙か先のことを考えているの。それは颯にしかできないし、今すぐにその場所を見れるようになろうだなんてことは言わないわ。でも、颯は一人でその場所に至って、私たちが知るためのヒントはちゃんとくれる。だから私たちもその場所へ行けるはず。だからお願い、颯のことをもう少しだけ考えてみてほしいの」


頭を下げる。私に今できることはたったこれだけしかない。


「それは……」


「ハルネさんが言うなら……」


ガラガラッ!


その瞬間、教室の扉が開かれる。全員が驚いて、全員が目をそちらにやる。


「HRの時間だ、席につけ。それとその辺で黄昏てたこいつも連れてきた」


「ぐ、ぐぎが……じばる……(く、首が……締まる……)」


日出先生が颯の首根っこを掴んで入ってきたために、クラス内の話し合いは中断となってしまった。

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