1年A組動乱:後味の悪い終息
「はぁ、やっと終わったか……」
大きく背を伸ばして、固まった身体をほぐす。観客席にいる奴らには余裕があるように見せる。
だが、実際はそんなことはなかった。流石に原野と宮越は強かった。もし瞬発風力の強化が間に合わず、かつハルネがいなかったらやられるところだった。
戦ってる間、二人からの攻撃を避けることに精一杯で、重統魔法のイメージを構築する余裕はなかった。正直言って厳しい一戦だった。
「お疲れハルネ、サポートありがとう」
「う、うん……。それはもちろん……」
「ハルネ?」
戦いには勝ったのに、何故か彼女の態度はよそよそしい。憂ることはもう何もないはずなのに。
「卑怯だぞ、洗馬颯!」
突然、訓練室にそんな言葉が響き渡る。驚いてその声の発信源を求めて観客席を見ると、一人座席から立ち上がっている人物がいた。
「一体どこが卑怯なんだ、瑞浪」
「話しかけて油断させておいて、自分は一人魔法を待機させているなんて、卑怯以外の何者でもないだろ!」
「はぁ?」
一体こいつは何を見てそんな世迷言を言っているのか。
確かに話しかけたのは俺の方からだ。だが、それは彼に降伏勧告をするためであって、別に油断を誘おうとしたつもりはない。
いや、それが結果的に油断を誘う行為だったとしても、少しできた間に次の戦いに備えておくのは当たり前のことだろう。相手が手練れならなおのこと。
「颯、私も瑞浪くんの言っていることに半分は賛成してる。正面戦闘を避けたいっていう颯の気持ちはわかるけど、あれは流石に二人が可哀想だわ……」
「ハルネまで……」
何を言い出したかと思えば……。
「じゃあ瑞浪、お前に聞くが、もしこの戦いが仮にB組との戦いだったとして、こう言った話をするタイミングがあったとしよう。手練れ同士の戦いではよくあることのようだし、この間近衛騎士たちと戦った時もあったんだから、その時間が設けられるという可能性は十分に考えられる。そして再び刃を交えて結果的に敗戦になったとき、会話中油断していたから負けたとそいつが言ったら、そんな間抜けな理由を言い訳をお前は納得できるのか?」
「そ、それは……」
「それに戦いの最中に油断する奴が悪いとは思わないのか? 戦いってのは利用できるものなら何でも利用する。そういうものだろう? それのどこが悪いんだ?」
「それはそうだが……、だが今回の戦いの相手は同じクラスメイトだろ。なのにそんな卑怯な手で陥れるなんて、お前は俺たちのことを何だと思ってるんだ! お前にとって俺たちは敵だとでも?」
「……敵だろう? 少なくともクラスに反旗を翻したお前たちは」
言っていることが破綻し過ぎていて、正直もう会話するのも面倒だ。
「勝ちたいっていたのはお前らの方なのに、その手段が気に入らないから文句をつけるだなんておかしいと思わないのか? それとも、そんなこともわからないくらいお前はバカなのか?」
「なんだとっ!」
それを最後に、瑞浪は観客席とフィールドの柵を飛び越える。同時に、
「Fire Strike!」
バランスボールクラスの大きさをした炎球を俺目掛けて撃ち放つ。
「なっ!?」
いきなりそんな行動に出るとは思っていなかった。重統魔法は間に合わない。
「ッ!」
「は、颯!?」
咄嗟にすぐ横にいたハルネの身体を抱き抱えて、瞬発風力でジャンプする。炎球は俺たちのいた場所を通過して、そのまま一直線に壁まで飛んでいって消失した。
「大丈夫か、ハルネ?」
「う、うん。颯が守ってくれたから……」
原野と宮越がいる場所の少し前に着地する。
「バカかあいつは……」
今はMRBフィールドが展開されていないんだ。あの炎球をマトモに受けたら火傷どころじゃ済まない。原野と宮越が火球の直線上にいなかったからよかったものの、下手をしたら味方にまで怪我をさせるところだったぞ?
あのロリ老女が言っていたことを思い出す。魔法・魔術は大いなる力ではあるものの、それは間違った使い方をすれば災を呼ぶ。人を殺めることすらできてしまうと。だから使い方を間違えるなといつも口を酸っぱくしていた。
「ハルネ、自身と後ろにいる原野と宮越を守れ。魔力も出し惜しみしなくていい」
「颯は?」
「あのバカは1発殴ってやらなきゃ話を聞きやしないだろう。俺の心配はいいから自分の身を守ることを最大優先にするんだ」
それだけを告げて瑞浪の方を向く。力の使い方を間違えているあのバカを止める必要があるのだから。
「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Raining Minimum Output Shooting!」
重統魔法Rain Arrow、それを限界まで力を抑えた最小出力での発動。通常のLight Arrowよりも火力はあるものの、今まで使っているものほどの量も力もない。攻撃というにはお粗末な魔法だが、
「ちっ!」
防御が必要程度の威力は備えている。それを分かっているから、瑞浪も炎盾を発動して防御する。撃った矢は全てその盾に当たって爆煙と化す。
その爆煙は瑞浪の視界を奪う。その隙に瞬発風力で一気に彼の懐まで跳び寄る。
「このっ!」
爆煙が止んで、俺の接近に気付いた瑞浪は咄嗟にまだ発動中の盾を向ける。
「Light Blade+Light Blade、Superimpose。Spiral Spear!」
手に浮かべた魔法陣から、螺旋状に光がまとまっていく。出来上がるのは、細身の槍。それを瑞浪の盾に突き刺す。
「そんな痩せっぽちの槍なんて聞く訳ないだろう!」
不敵な笑みを浮かべる瑞浪。防御は完璧であり、この距離の魔術は外すはずもないと、自身の勝利を信じて疑っていない。
だがその確信に反して、槍は少しずつ盾を貫通し始める。
「なっ!?」
「何の策もなしに、無闇に突っ込んでいく馬鹿がいると思うのか!」
後一息であの盾は突破できる。そう考えて足に力を入れて踏み込む。
だがその瞬間、瑞浪を取り囲むように竜巻が発生した。
身の危険を感じ、瞬発風力を後ろ跳びのために使う。そうして地面に着地した瞬間に竜巻は止む。
「そこまでだ、お前たち」
観客席から響き渡る声は日出先生のもの。竜巻も先生が作り出したもののようだ。
「瑞浪! MRB無しで魔法・魔術を使えば、どんな大惨事が起こるか分かるだろう?」
「っ」
「洗馬、いくらあいつを止めるためとはいえ、少しやりすぎだ」
「……すみません」
それだけを告げてから、ゆっくりと観客席から降りてくる。
「今回の戦いは生徒同士の争いだし、クラス対抗戦に関することだからなるべく介入しないつもりでいたが、このままいくと本気で殺し合いに発展しそうだったから止めに入らせてもらった。さて……」
優しめの口調とは裏原に、目には怒りを抱いている。
「瑞浪、今回は厳重注意で留めておくが、私たちが使っている力は容易に人を傷つけられる力なんだと自覚しろ」
「……はい」
瑞浪の返事を聞いた後、今度は俺の元へ歩み寄ってくる。
「洗馬、今回の騒動の原因はお前にある。それは分かっているな?」
「……はい」
「だからその責任を取るべきもお前にある。だから瑞浪を止めようとしたこともこの責任に入ると言っていいだろう。……だがな、颯」
その言葉と一緒に、日出先生は両肩に手を置いてくる。それにこの人がこんなにも観客のいる中で名前を呼ぶなんて初めてだ。
「これは教員としてではなく、おまえの親代わりとして言うぞ。お前の事情は分かってるつもりだ。だが、だからって彼らまで遠ざけるのは違う。彼らはお前のことを受け入れてくれる存在になり得るんだ。そんな彼らを、お前の方から突き放してどうするんだ?」
「…………」
この人が、この立場を持ち出してまで、そんなことを言うとは思ってなかった。
(……どうなんだろうか。)
確かにハルネは、自分に厄害が降りかかるかもしれないということを分かっている上で接してくれている。それはきっと、近衛騎士も福島も。
だが他の奴らもそうとは限らない。誰だって、自分から不幸にはなりたくないんだから。
『“不幸を呼ぶ少年”』
「っ」
日曜に言われた言葉が不意に頭を駆け巡る。その言葉はあの金髪オールバックにも、中学の時にも言われ続けた。そう言って、今まで誰一人近づいてくることはなかった。
(彼らは違う、本当にそう言い切れるだろうか? )
……そんなこと分からない。分かるわけがない。人は都合が悪くなればいつでも豹変する。だから人は嫌いだ。それは永遠に変わらない。
だが……。
「…………」
「颯?」
先生の手を肩から下ろして、瑞浪の前に立つ。
「……瑞浪、防御魔術は大きければ大きいほど魔力が分散されて薄くなる。お前が使う自身を覆うほどの大きさの防御魔術じゃ魔力がかなり分散されて魔術は薄くなる。だから針の穴を通すような、一点突破のSpiral Spear(螺旋槍)に貫かれかけたんだ」
「は……?」
「お前らのチームはお前が防御して、土岐の大魔術で一挙に殲滅するというスタンスだろう? だったらもっと防御について考えるんだな」
「何を言って……」
「多治見・古虎にも同じことが言える。古虎も防御をもっと大事にしろ、ただでさえ多治見が攻撃一辺倒なんだからな」
「洗馬……?」
「それよりも攻撃一辺倒なのが武並だ。それを援護するのが釜戸、お前に役目だろう? あの脳筋は近距離は強いんだから、それを中・長距離の魔術で援護してやらなきゃどうしようもない。なのにお前は火力を重視しすぎて射程のことを忘れてる。それは武並の火力に気後れして焦ってるからだ。自分の役割をちゃんと考えろ」
「…………」
「原野、宮越。お前らの魔術は種類も多いし、多彩さで言えば圧倒的だ。だがそのために決め手となる魔術を見出せていない。もっと自分の魔力的性について考えるんだ」
「「…………」」
「お前たちがクラス内戦でどうして負けたか。魔法しか使えない俺たちに、魔術に対抗できる力があったからか? 俺とハルネの連携が上手くいっていたからか? それは部分的な理由に過ぎない。俺たちが勝った理由は、お前たちのことを考え尽くしたからだ」
その場にいた誰もが俺に注目している。だからさらに言葉を続ける。
「だからお前たちの問題点も簡単に分かるし指摘だってできる。だから俺はあの時弱点だらけのお前たちに言ったんだ、自身を強化しろと。これで分かっただろう? あとは自分たちで考えろ」
必要なことは言った。だからこの場を去るために観客席に戻る。
「颯」
「悪い、しばらく一人にしてくれ」
ハルネの呼ぶ声に、それだけを告げる。ハルネもそれ以上は何も言わないでくれた。
そのまま訓練室を後にして、目的地もなくただ歩き出した。




