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1年A組動乱:どれだけ手を伸ばしても

おかしい。こんなことがあってたまるか。


なんで俺たちの攻撃は、一つもあいつに通らない!?


いくらあいつらがこの間のクラス内戦で勝ったからと言っても、魔術と同等の魔法を使えるからと言っても、この差はなんなんだ? 彼らと俺たちがこんなにもかけ離れているなんて信じられないし信じたくない。



先月の半ばから後半にかけて、全員に送られてきた一通の匿名メール。そこには、


『洗馬もハルネさんも魔法しか扱えない。しかも洗馬は攻勢魔法のみ、ハルネさんは守勢魔法のみしか扱えない、極めて中途半端で、この世界における汚点である』


という、重いハンデを背負っているという旨のことが書かれていた。


その時はかなり衝撃を受けたし、彼らのおかしい行動の理由が理解できた。


だがクラス内戦が始まった時、洗馬は重統魔法とかいう魔術と同等の魔法を、ハルネさんに至っては並大抵の魔術を防ぐ魔法の盾を使えるようになっていた。しかもクラス内戦の決勝戦、二人が手を握った時、彼らは使えないはずの魔術まで発動して見せた。クラス内戦における彼らの行動全てが、あの場にいた全員の度肝を抜いていた。


俺たちは自由に魔術を使える。洗馬とハルネさんが二人でやっとできることを、俺たちは自由に出来る。その時点の戦力差は二倍に等しい。


とは言え誰だって油断していたつもりはなかったはずだ。あの時戦っていたエルさん・福島さんペアを含めた、全てのペアが本気で戦っていた。


にも関わらず、彼らはその全てに勝った。『魔法は魔術に勝てない』という、この世界の常識を打ち壊して。


だからこそ、今回この戦いに臨むにあたっては万全な準備をした。その時の彼らの戦いぶりはみんなで研究を行ったし、それに対する策も編み出した。間違いなく勝てると信じて俺たちは彼らに戦いを挑んだ。


だが洗馬は、そのはるか上を行っていた。


一昨日は常識を超えた長さの剣撃で釜戸を瞬殺し、武並は瞬発風力を利用した四方からの攻撃で沈めた。昨日は多治見・古虎ペアを全天周囲から矢が襲い、二人同時にノックダウン。


結局、洗馬が使う魔法に対して何一つ対処できずに倒されてしまった。


それまで洗馬の矢は一直線にしか飛んでいなかったのに、昨日になって突然自由軌道を描くようになった。それに以前までの瞬発風力の加速度と比較して、明らかに早くなっている。加えてあんな長距離に刃が伸びる剣なんて聞いたことがない。この間あいつが使っていたLight Bladeではあんな長さは出せないはずのに。


次から次へと新しく、同時に奇想天外と言わんばかりの性能を持った力を繰り出す重統魔法。俺たちの知りうる魔法・魔術の理を外れたあの力は、洗馬が使うまでどんなものが飛び出すか全くわからない。


つまり、この先どんな魔法が使われるのかを予測することはできない。彼と戦う上で、今までの情報からの対策などは全て無意味と化してしまうということだ。完全な初見殺しの力、そんなのある種チートだと言っていい。


しかもそれがハルネさんという防御と連携しているからより厄介となっている。


今も洗馬が瞬発風力で自由に跳び回り、あらゆる方向から攻撃を仕掛けてきて俺たちを撹乱する。跳んでいく先を予測した偏差攻撃を行なっても、洗馬はその位置には飛んでこない。まるで未来が見えているかのように俺たちの攻撃を躱している。


ごく稀に動きを封じることが出来て、そこへ魔術を打ち込んでも、ハルネさんの防御壁がダメージを許さない。だから先にハルネさんを攻撃しようとしても、彼女自身の防御に加えて洗馬の広範囲にわたる矢の雨が、俺たちの魔術を防いでしまう。


彼らの連携は完璧に近い。ハルネさんはともかく洗馬の訓練する姿は見たことがないし、まして連携を練習するところなんて一度もなかったはずなのに。



「颯には勝てないよ」



ふと、そんな言葉が頭に思い浮かぶ。それは一昨日の戦いの前、日出先生が言った言葉。


30分後と言いながらも、20分経たないくらいで会場に姿を現した先生は、ホワイトボードを見るなり一直線にそこへ向かった。


その時はその場にいた全員がやばいって顔をしていたし、何よりそれを主催した贄川は既に逃亡しかけていた。だが先生は、


「……ほう、面白いことをやっているな」


「あの……怒らないんですか?」


「ん? いんや、これくらいの楽しみがなくちゃお前らもつまらないだろう? そりゃ流石に金銭を賭けていたらやめさせるが、学食の限定メニューくらいなら別に構わないさ。むしろこういうのは割と好きだぞ。生真面目な真由美にバレたら怒られるだろうが、あいつは別の仕事で忙しいから大いにやるんだ!」


なんて言いながら、自分もノリノリで参加し始めた。そして先生は少し悩んだ後に、票を洗馬に投じる。


その行動に俺たちが疑問を感じるのは当然のことだった。

「……先生は洗馬の味方なんですか?」


「いや、別に味方であるつもりはないよ。あいつにも悪いところはあるし、教師である以上戦いに関してはちゃんと中立の立場さ。だが賭けに関しては、そんな立場なんて知らん。そんでもって、賭けるなら颯にってことさ」


後半言ってることがちょっと分からなかったが、確実に分かったことが一つ。


「つまり、先生は洗馬が勝つと思っていらっしゃるということですか」


「そうだな、下手に誤魔化しても仕方がないか。」


腰に手を当てて、いつもの笑みを浮かべながら、


「確かにお前のいう通り、私は颯が勝つと思っている。というよりも、お前たちじゃ絶対に颯には勝てないよ」


「なっ!?」


それがさも当たり前のように、静かに、残酷に告げた。


「……それは俺たちをバカにしてるんですか? それとも洗馬を贔屓してるんですか?」


「待て待て勘違いするな、別にそんなつもりはないさ。一年の今の時期にしては、お前たちはかなり強いと思うぞ。もし戦う相手が例年通りの奴なら、ちゃんと作戦を考えて油断さえしなけえば勝てる可能性が高い。」


一応褒めてくれているんだろうけど、どうにも素直に喜べない。それはその先に言われる言葉が、ある程度予測できているから。


「だが颯は例外だ。颯は……いや、この先を言うのはフェアじゃないな。とにかく戦ってみれば分かるさ、颯にあって今のお前たちにない、あいつの怖さがな」


それだけを言って、フィールドへ出て行った。


最初は全くその言葉が理解できなかった。だが昨日戦いの後で多治見と古虎がこんなことを言っていた。


「気がついたらあいつらの術中に嵌ってた。その意識はまるでなかったのに。あいつのやることはまるで、催眠術士かペテン師のそれだ。」


そしてそれに武並と釜戸が全面同意する。確かに二人は洗馬の思い通りにやられたが、いくらなんでもそこまでではないだろうと思っていた。



今になって、実際に相対してみて、その言葉たちがいかに正しいものだったかがよく分かる。


こっちの攻撃はちっとも当たらない、やりたいことを一切やらせてもらえない。そして、洗馬は何一つ攻撃をしてこないで逃げ回るだけ。手を抜かれているのかとさえ思うほど余裕たっぷりと。


いくらGWを挟んだとはいえ、まだクラス内戦からたった三週間しか経っていない。それなのに、どうしてこれほど強くなっているのか。 授業中は壁にもたれかかって、何一つしようとしないあいつの魔法と力は、一体どこで身につけているのか。全てが謎で、全てが恐怖。


「クソッ!」


宮越が悪態をつく。その気持ちはよく分かる。俺ももう余裕なんて一切ないし、すでに手持ちの魔術は使い尽くした。なのに洗馬には一ミリのダメージも与えられていない。


「ふぅ……」


空中から着地した洗馬が小さく息を吐く。そして顔を上げて声をかけてくる。


「……正直、そろそろ降伏とかしてくれると嬉しい。これ以上の戦いは、ハッキリ言って無駄だって思う」


「っ!」


洗馬による降伏勧告。確かにこれ以上戦っても、洗馬には勝てないかもしれない。だが、


「……ははっ」


「?」


「……やだね」


「は?」


「降伏なんてするものかって言ったんだ! 俺たちには俺たちなりの矜恃がある! それにここでリーダーである俺たちが戦うのをやめたら、この戦いに賛同してくれたあいつらに申し訳が立たないしな」


「…………」


「そして何よりも、俺はお前のその表情が気に入らないんだよ! 俺たちはそんな表情をされるために戦ってるわけじゃない!!」


そんな、俺たちを哀れむような目をやめろ……! 俺たちの戦いを、志を、行動も努力も全てが無駄だとバカにするようなその目を……!


「だから俺たちは最後まで戦う!」


それはこの戦いを起こした、俺たちなりの決意の言葉。たとえ負ける結果になっても、せめて一矢報いるべく戦い抜く!


「……そうか。なら俺も全力で叩き潰すしかないな」


瞬間、その場の空気の温度が一度か二度下がったような感覚に襲われる。それは洗馬の目が引き起こしたものなのか……? 彼の俺たちを見つめる目は酷く冷たく光り、寒気を纏ったプレッシャーが俺たちに襲いかかってきている。そんな事ありえない。はずなのに、そんな感覚が自分の中にある。


けれども、その冷たさが唐突にフッと緩んだ。瞬間、視界は光に支配される。


「ぐわぁぁぁぁ!?!?」


突き刺される感覚に襲われ叫び声が出る。これは洗馬の……。


「戦いの最中に会話するのはよくあることだが、その間に敵が何か仕掛けていると思わないのか?」


「クッ!」


とっさにその場から横っ飛び、矢の雨から脱出する。HPはそのおかげで僅かに残る。だが宮越はそのままやられてしまった。


「とっさに逃げた……? やるな原野、今ので二人とも仕留めるつもりだったんだが」


目を見開いて、関心した様子の洗馬。


「……うるせぇ」


「流石に驚いたよ、今のは割と本気で不意打ちだったしな」


「……黙れえっっっ!」


今度は俺の番だと、思い描いた魔法陣を現実のものにするべく、手に魔力を込め、腕を伸ばす。


「ッ!?」


しかし、再び何かが突き刺さる感覚に襲われ、込めた力は霧散してしまう。顔を上げた先にいる洗馬が俺に向けて伸ばした手から、一本の光が伸びてきている。


「……悪いな、この距離は、この魔法の間合いなんだ」


これは一昨日見た、超長距離の刃……。


「俺たちの勝ちだ、原野」


伸ばした手の遥か向こうにいる洗馬が静かにそう告げた。



……この距離は俺と洗馬の間にある力の差だ。



その遠さに膝を屈する俺を見て、洗馬は踵を返した。

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