感情は揺れ動く
「颯のこと……?」
「私は、颯のことが好き」
「っ」
分かっていた。颯だけが気づいていないのかもしれないが、周りから見れば、10人中10人が彼女の颯に対する好意に気づくだろう。
でも真正面からそのことを言われると、どうしても気後れしてしまう。
「離れ離れになるまで、颯はずっとそばにいてくれて、私のことを守ってくれた。颯の涙を見たのは、颯の両親が亡くなった時だけだった。それなのに私はその時に颯のそばにいてあげられなかった。だから今度こそ、私は颯のそばにいてあげたい。颯のことを守りたい。……あんな颯、もう見たくない」
それは私が知らない颯の過去のこと。
「あなたはどうなの? 颯のこと、どう思っているの?」
「それは……」
ここ数日間、真剣に考えていた。私は颯のことをどう思っているのかを。
平沢さんは、私よりもはるかに長く颯のそばにいて、颯のことを見てきた。だから彼女には、颯のことを誰よりも思っているという自信があるのだろうし、事実そうだと思う。
そんな彼女と比べて私はどうなのだろうか。颯とはまだ出会ってたった一ヶ月の仲。颯は自分のことを話そうとしない。だから私は、颯のことについてほとんど何も知らない。
そして何よりも、私は颯に対してどんな感情を持っているのか、自分でも分かってない。颯のことが好きだと言える、確固たる証拠も自信もない。でも、颯が平沢さんと仲良くしているのを見ると、どうにもモヤモヤして面白くない。
結局私は、何一つ分かっていないのだと思う。颯のことも、 自分自身の気持ちですら、何一つ。だからこそ、答えは自ずと一つとなる。
「……分からない」
「分からない?」
「颯のことをどう思ってるかは、私にはまだ分からないわ」
それが答えなんだと思う。そしてその分、私は思う。
「私は颯と出会って、まだたった一ヶ月しか経っていない。私は颯のこと、まだほとんど何も知らないの。そんな颯のことを、あなたが言うように、好きかどうかなんて分からない。でも……」
「でも?」
「颯は私のことを聞いて、助けてくれたの。その理由すら颯は話してくれていないけれど。でも、そのことにはとても感謝してる。だから颯にも同じことをしてあげたい。もっと颯のことを知って、もっと颯のことを助けてあげたいの。できることは少ないかもしれないけれど、パートナーとしてもっと颯のためになることがしたいの。だから私は、もっと颯のそばにいたい」
それが飾らない、今私が颯に対して持っている正直な気持ち。
「…………」
私の言葉を無言で聞いた平沢さんは、小さく息を吐いてから口を開いた。
「……これでもし、『颯のことが好き』だなんて言ったら、ビンタの一つくらいしてたかもしれない。でもいいわ、あなたの考えは分かった。と言っても認めるつもりはないし、颯の一番側を譲るつもりもないけれど」
「もちろん分かってるわ」
そう言いはしても、彼女が浮かべる笑みはほんの柔らかくなった。口ではああ言っているけれど、彼女なりに私のことを少しは認めてくれたのだと思う。
「じゃあ戻りましょ? あんまり颯を待たせても悪いしね」
「えぇ、そうね」
彼女との話はそこで終わり、五人集まって颯のいるはずの書店に向かい始めた。
変な人だかりができているのを見つけたのはそんな時。そして、その中心にいたのは、
「颯……?」
〜〜〜〜〜〜
「なんでお前がこんなところにいるんだ、洗馬颯!」
振り向いた先に5人集団がいた。姿見た目から、同年齢くらいなのだろうが、さっぱり見覚えがない。にも関わらず、どうして俺のことを知っているのか?
「え、誰なんこいつ?」
そのうちの一人が仲間に聞いていた。全員が全員俺のことを知っているわけではないらしい。
「……こいつは洗馬颯。小学生の時、こいつに散々な目にあわされたんだ」
どうにも小学生の時に関わりがあるらしいが、全く思い出せない。最も、悠花のことすら忘れていたのだから、他のやつのことなんて覚えてるはずもないのだが。
「お前も忘れたって顔をしやがって。俺たちにあんなことしておいて、忘れてるだなんて言わせねぇぞ?」
「言うも何も、悪いが思い出せない。お前は一体誰だ?」
「なんっ……」
俺のその言葉を聞いて、怒りで身体を震わし始める。
「バケモノを使って人を襲わせておいて、忘れただと!? ふざけるなよ!!」
公共施設なのにもかかわらず、そこら中に響き渡る大声を上げる。周りにいた人たちもその声に驚き、注目し始める。同時に観衆たちはその内容についてざわつきだす。内容が内容だからそれは仕方がない。
「バケモノ? 襲わせた? お前らは一体何を言って……っ!?」
頭にノイズがかった映像が走る。何かの影と、破壊衝撃を受けた辺り一面、光を発しない炎。
「今のは……?」
映像と同時に、突き刺すような痛みが頭に走る。左手で頭を抑えつつ、少しふらつく。
「……っていうかその制服、ハーシェル学園じゃねぇの?」
また別の一人がそう声を上げる。こんな目立つ服なのだから、気づいて当たり前か。
「ハーシェル学園って、あの……? こいつが……?」
そのことを聞いた途端、戸惑いを見せる。そしてその戸惑いも、さらなる怒気へと変貌する。
「犯罪紛いのお前が、なんであの学校に入れるんだよ!」
「犯罪紛い?」
「そうだろうが。聞いたぞ、お前の噂は。“他人に不幸を呼ぶ少年”だってな。まさにその通りじゃねぇか。俺たちにあんなバケモノをけしかけて。それで学校にいられなくなって追い出されたくせに、結局何も変わってないじゃねぇか」
「なんだと……?」
「そんなテメェがあの学園に入れたってことは、あの学園ってのは実は犯罪者予備軍が集められた場所なんじゃないのか。お前みたいな底辺のどうしようもない奴が居れるんだからな」
「……あの場所は、あそこにいる奴らは、そんなんじゃない!」
その言葉に黙っていられなかった。
犯罪者予備軍。魔法・魔術が使えない一般人からしたら、確かにその一面もあるのかもしれない。非科学的で、彼らからすれば不気味な力を操る集団、それを一か所に集めて隔離するための場所。事実としてその一面はあるのかもしれない。
だがあの場所にいるハルネは、悠花は、決してそんな存在じゃない。ハルネも悠花も、彼女たちなりに頑張っている。彼女たちは理由もなしに間違いを犯すことはない。俺はともかく彼女たちまでバカにするのは許せなかった。
「ハンッ。犯罪者どうしで庇い合って、ほんとどうしようもねぇな。お前がそんな風に反映しないから、その罰でお前の両親もおっ死んだんだろ?」
「なんっ……」
「罪には罪を、罰には罰を。当たり前だろ? 人を襲わせたんだから、当然の報いじゃねぇか。」
その言葉で、俺の中から急速に怒りの熱が引いていった。彼の物言いが、忍耐の限界を一瞬にして突破させた故の結果。
「だったら……」
そんなに理由が知りたいのなら、教えてやる。
静かに右腕を持ち上げ、掌を彼らに向ける。彼らに事実を知らしめるために。
「あ? なんだよその手は?」
その物言いも、数秒後には跡形もなく吹き飛ばされる。その見るに耐えない顔を、畏怖一色に染めてやる。
「L―――」
「颯!」
詠唱を唱え始めた瞬間、伸ばした右腕に飛びついてくる人物が一人。
「ハルネ……?」
「…………」
彼女は何も言わずに、静かに首を振るのみ。
そのおかげで少しずつ冷静を取り戻す。俺は何をしようとしていたのか。
……魔法・魔術は隠匿するべきもの。それをこんな注目を集めた場所で使うのはまずい。
それに彼らの言葉に乗って本当に彼らを傷つけたら、それこそ彼らのいう犯罪者でしかない。魔法・魔術は力で、間違って使っては簡単に人を殺めてしまえる力なのだから。
「全く、誰かと思ったらあなたなのね、金山徹くん?」
左側から悠花が俺の前に出る。
「お、お前は平沢悠花!」
「久しぶりね。それで、颯に何の用なの?」
「そ、それは……」
「用がないのなら、早くどこかへ行ったら?」
「グッ……。チッ、行こうぜ」
何も反論せずに、彼らはその場を離れていった。
「ふぅ。大丈夫、颯?」
「あぁ……大丈夫だ。……迷惑をかけてすまない」
「颯のためならこれくらい、なんてことないよ」
あんなことがあった後なのに、悠花はいつも通りの笑顔を見せてくれる。
「……しかし、彼らを有無を言わさずに退散させるなんて」
「そ、それは……」
急に恥ずかしがって、モジモジしだす悠花。
「何かあったのか?」
「昔私が風紀委員の時に、ちょっと懲らしめただけだから……。だからって別に暴力を振るったとか、そういうんじゃないからね! ただちょっと怖い思いをしてもらったってだけで、何か傷つけたりした訳じゃないから!」
「そ、そうか?」
必死に弁明する悠花。にしたって、あの連中を瞬間的に退散させるだなんて、一体どんなことをしたのだろうか……?
「そ、それよりも早く本屋にいこう? あんまり時間も残ってないんだし」
「お、おい!」
照れ隠しからか、悠花は俺の手を引っ張ってそのまま書店に駆け出した。




