初めてのお出かけ
日曜日の朝。今日は悠花と約束した通り出かける日。
どこに行って何をするかは「全て私に任せて!」と悠花は張り切っていた。まぁそういう知識は一切持ち合わせていないし、任せろと言ったんだから一任することにした。
それはよかったのだが、朝の集合時点で早速噛み合わない出来事が一つあった。
「……ねぇ颯、どうして制服なの? それに他の人たちも」
「もちろん、颯に合わせたから。」
「いや、本当にすまないとは思ってる……」
悠花はすごく気合を入れて服を選んだんだと思う。悠花に似合っているし、誰がどう見ても可愛いと言うだろう。昨晩ハルネも似たように服選びにものすごく真剣になっていた。
だから本当に申し訳なくなってくる……。
〜〜〜〜〜〜
「颯、どうして制服なの?」
朝食後、部屋から出てきた時の格好を疑問に思ったハルネが問いかけてきた。
「どうしてと言われても、出かける服というものがないから」
「……えっ?」
目を見開いてポカーンと口を開ける。ハルネもこんな顔できるのか。
「どど、どういうこと? 普段出かける服、持ってないの? どうして?」
そして直後にやってくる混乱と困惑。
「当たり前だが、小学生の時のものは着れなくなって、売れるものは売ったしそれ以外のものは捨てた。中学の時には制服があったから、私服なんて必要なかったしな」
友達なんて一人もいなかったから、一緒に出かけるということはなかった。そして誰かと出かける必要がないということは私服は不要になる。必要最小限の買い物は制服を着て行けば十分だった。
部屋着も寝巻きも中学指定の体育着&ジャージを使っていた。学校から言われて二着買ったのが予想外の便利さを生んでいた。もし体育があったとしても、もう一着は部屋着にできるから使い回しできたのだ。そしてほんの少し小さくなったくらいの今も、部屋着として十二分に活躍してくれている。ありがたい限りだ。
親が残した資産はもちろんそれなりにあるが、かとと言って無駄遣いしていればすぐになくなってしまう。無駄遣いできないということは、使う予定のない私服なんて必要ないという結論になったのだ。
本当は高校生になったらアルバイトするつもりだったが、先生に聞いた限りこの学園はバイトが禁じられているのと、それ以前に魔法・魔術なんてものと関わり合いになって、そういう暇がなくなってしまった。
ちなみにこれら全てを総合した結果が、この部屋に移ってくる時の荷物の少なさと、ダンボール荷物が一つもなかった理由。最も、児童養護施設暮らしで贅沢できるわけもなかったというのもあるのだが。
ハルネはそれを真剣に聞いた後、一つの結論を出した。
「それじゃあみんな、制服で行こう?」
「制服で?」
「制服デート。一度やってみたかったの。」
「デートじゃないがな」
「それでも、友達と制服で出かけるなんて、当たり前にやることよ。颯もそれを経験するって意味で、いいって思うな。みんなも賛成してくれるはず。」
「だが……」
昨晩私服で悩みに悩んでいたのは知っている。それを無為にするのは、流石に申し訳ないと思う。
「大丈夫。みんな分かってくれるから」
「……分かった。」
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そういう理由で、俺とハルネ、事情を説明した近衛騎士と福島は制服に着替えた。
このことを悠花に連絡しようと思ったタイミングで、彼女が寮の前に来たと言われひとまず寮の前に向かったのだ。
そしてたった今、彼女に事情を説明した。
「そっか。じゃあすぐに着替えてくるから、待ってて」
「……悪い、悠花」
「謝らなくていいよ、颯。そういう事情じゃ仕方ないし、颯がそう望むなら私はそれに応えるよ!」
そう言ってすぐに彼女の住む第二寮へ駆け出した。
受け入れてくれたとは言え、いや、むしろ簡単に受け入れてくれたからこそ、罪悪感を感じる。
五分ほど経ってから、悠花は戻ってきた。
「じゃあ行こう、颯っ!」
そう言って、また腕に飛びついてこようとする悠花をサッと避ける。
「なんで避けるの!」
「歩きにくいから。」
あとこれを悠花がやると、反対側にハルネも飛びついてきて、言い争いになって収集がつかなくなるから。その一連の流れはすでに学習したので、対策も容易。
「「む〜……」」
悠花はもちろん、何故かハルネも膨れっ面になっていた。
「……だったら、勝手に制服にしたバツ!」
「はぁ?」
「えいっ!」
俺の一瞬の狼狽を見逃さずに、今度は飛びついてくる。人の弱みに漬け込んでくるとは卑怯な……。
「だ、だったら私も!」
そして案の定、ハルネも飛びついてくる。悠花がくっついているから避けることもできない。
「……はぁ、じゃあバスに乗るまでな」
「やった♪」
「はーい」
ただ、今回のことは俺にも罪悪感があったし、これで済むのならいいか。そう考えることにして、正門前のバス停まで歩き始めた。
今回のメンバーは六人。俺、ハルネ、悠花はもちろん、ハルネが来るので自動的にお目付役の近衛騎士とパートナーの福島がついてくる。加えて悠花のパートナーの今池も一緒に来ていた。彼女は「悠花の面白いところが見れればなんでもいいよ〜」という野次馬根性らしい。
六人で、学生寮と校舎棟の間にある道に出る。五分程待つとバスがやってきて、それに乗り込む。
「それで、今日はどこに行くんだ?」
「駅前のショッピングモール。まずは颯の服をみたいと思います。」
「俺の?」
「もしよかったら、颯の私服を私に選ばせて欲しいの。もちろん買うかどうかはそれを見てから決めていいからね」
こうして誘ってくれたということは、自分が用事があるからだと思うのだが、それはいいのだろうか?
「わ、私も颯の服を選ぶわ」
「ハルネ?」
「私も颯に合いそうな服、色々と考えていたの。だから私も颯の服を選びたい」
「……分かった。よろしく頼む」
「だったら、勝負しない?」
「「勝負?」」
唐突の悠花の提案に、俺たちは疑問の声を上げる。
「私とあなた、どっちが颯に似合う服を選べるか。審査員はもちろん颯で」
「……分かったわ」
「颯もいいよね?」
「あ、あぁ、もちろん。選んでくれるなら任せる」
自分で私服を買うなんて一度もないし、ましてセンスだとか流行だとかは全くさっぱり分からない。それを選んでくれるというのならありがたい限りだ。こういったのものは女性陣の方が詳しいというのは間違いない。
どちらにせよ、今回のことで真面目に私服の必要性を感じたから、この機会にいくつか買おうと思った。
理由は二つ。もちろん一つはさっきの二人への罪悪感から。今日は二人とも、いやここにいる全員が納得してくれたが、やはり申し訳ないという気持ちは拭い去れない。いつかお詫びに今度こそ私服で出かける日を作らないといけない気がしたから。
そして、何よりも制服を買おうと決めたのは、この制服で外に出るのがあまりにも居心地が悪いから。
入学式の日、この学園に来るまでに利用した電車とバスに乗ってた時、乗り降りする人全てに一瞥された。確かに白ベースのこの制服は他では見られない極めて珍しいものだからというのもあるのだろうが、一番はやはり『ハーシェル学園』の肩書きが強いからだろう。山を丸ごと一個敷地とするエリート校ハーシェル学園。地元にはかなり知られていながらも、全貌は一切知られていない。そんな学園の生徒がいたら注目するのは当然だ。
だからなのか、上級生のほとんどは学外へ出るときはほとんど私服だそうだ。一年生の頃に制服で外に出て、思い切り注目を集めて居心地が悪くなるということを誰しもが経験するという。
今もバスに乗ってくる人たちから必ず一度は視線が飛んでくる。
「堂々としていれば意外と気にならないわ」
「それに関しては同感ね。むしろ私たちはエリートだって誇らしげにしていればいいのよ」
初めてハルネと悠花が息ピッタリでそう言った。
最も、中学の時に向けられ続けた怨情と嫌悪の目からすれば遥かにマシだ。多少は疲れるが、頑張って慣れることにした。
1時間ほどバスに揺られて、駅にたどり着く。この駅は新幹線の終着駅で、それを基に観光業も発達しつつある。目的地は、そんな駅に併設されたショッピングモール。
今日は日曜日、予想はしていたが人の数が半端じゃない。その人混みを抜けて最初にたどり着いたのは、ファストファッション店。俺の財布事情を考慮した結果、対決の場はここになったらしい。
五月になった今の時期は、春から夏にかけて用の服が陳列されているらしい。
「それじゃあ、早速颯の服選びを始めましょう。制限時間は30分。その間に颯に一番似合う全身コーディネートを選ぶこと。選んだ服を試着室で颯に着てもらって、どの服が一番似合ってたかを颯に決めてもらう。ただし、服を選んでいる間に、颯を使うことは一切禁止。颯のことが分かっているなら、ちゃんと思い描けるはずだからね。これでどう?」
「分かったわ」
「…………」
いくら勝負事とは言っても、ただ服を選ぶのにここまで細かくルールを決める者たちがいるだろうか。
「じゃあ各自アラームをセットして始めましょう。30分後にこの場所に集合で。その間颯は好きに見て回っていていいから。それじゃあ……開始」
そうしてハルネと悠花は、まるで戦場に向かうかのような雰囲気を纏って、店の中に入っていった。近衛騎士はもちろんハルネの後ろについていった。
「私も見てこよう」
「じゃあ私も〜」
福島と今池も後に続いて店内へ。俺は一人取り残された。
「……書店にでも行こう」
服なんて見たとことで、俺には全くさっぱりわからないから、彼女たちのセンスに期待した方がいい。書店も同じ3階にあることだし、眺める程度にすれば暇を潰すにはちょうどいい。
そうして適当に30分ほど書店の中を眺め、さっきのアパレルショップの前に戻ってくると、彼女たちも同じ場所にいた。
「さぁ、ここからが本番。颯、早速着てみて!」




