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俺たちは落ちこぼれ、でも二人でなら最高の魔法使い  作者: 広河恵/ぴろめぐ
第二章第二節:それはデート? ただのお出かけ?
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洗馬颯籠絡作戦

夕食を済ませて、入浴も済ませた夜22時。この時間は基本自室で勉強をする時間だ。やる事は授業で取り組んだことの復習だけ。やったことを忘れないために間隔を置かずに二度目をやる。そうすれば内容はよりしっかりと頭に入るし、忘れにくくなる。そもそも習ってもいないものを自力で理解しようとすれば、間違う可能性は高くなる。だから俺は基本予習はやらないようにしている。


『コンコンッ』


扉の向こうからノック音がしたのはそんな時だった。


「颯、入ってもいい?」


「どうぞ」


その声で扉は開く。一科目目の復習が終わったタイミングだったので、二科目目の準備をしながら彼女を迎え入れる。


「颯、何をやっているの?」


迷うことなく俺の側まで近づいてきて、スッと机と併設されたモニターを見るために顔を近づけてくる。風呂上りらしく、身体はまだ火照っていて、髪は若干濡れている。なによりも、これだけ近いとシャンプーか何かの匂いが漂ってくる……いや、そういうのは気にしてはいけないな。


「……勉強」


「勉強?」


「中間考査も近いんだ、流石にやっておかないといけないだろう」


「そっか、そうだよね〜……」


そう言いながら上目遣いのハルネ。悠花に対抗して抱きついてくる時以外で、自分からこんなに距離を近づけてくる事は今までなかった。一体どうしたのだろうか?


「そ、そうだっ。私にも勉強教えてくれないかしら?」


急にパッと離れながら、教えを乞う。なんだか様子がおかしいが、とにかく今は彼女への返答をしなければ。


「そ、それは別にいいが……」


「あ、ありがとう。よろしくね」


そうして勉強会は開始されたのだが……。


「そこはさっきの公式を使うんだっての。授業でもやったろう?」

「そこ、計算ミスしてる。それとそっちは符号を途中で間違えているせいで答えも違う」

「だから、ちゃんと途中式を書かないとこんがらがるだろう? 脳内で処理しようとするなって」


「ご、ごめんなさ〜い……」


一言で言えば、悲惨な結果だった。どんな人にも弱点というものはあるらしく、彼女の場合はそれが勉強らしい。一見完璧なお嬢様にこんな弱点があるとは意外だった。


「……そんなんで、本当に中間考査大丈夫なのか?」


「が、頑張りま〜す……」



〜〜〜〜〜〜



「……という結果でした」


「「「…………」」」


お昼休み、昨日の結果をみんなに報告する。


『お風呂上がりの火照った身体、少し無防備な格好で近づけば、どんな男の子も意識しないわけがないよ!』


というアドバイスを実践してみたものの、特に颯からは何もなく、その上勉強が始まって以降はそれどころではなくなってしまった。


「ハルネさんが勉強苦手っていうのは意外だったけれど……」


「洗馬くんがなんの反応も示さなかったっていうのは意外よね?」


「彼の頭の中、どうなってるんだろう……」


颯は未知の生物か何かなのだろうか?


「って言うよりも、これで本当に颯がその……、振り向いてくれるとは思えないんだけど……?」


なんというか、私が恥ずかしいだけのような気がした。


「何言ってるの、ハルネさん。男の子なんてものは、女の子が近くに寄ってくるだけで勘違いを起こす生き物なの。それで落ちないわけがないわ。」


「う、うん……」


ズイッと寄ってくるその勢いに少し驚く。


「とは言っても、これでダメなら……」


「もう少し踏み込む必要がありそうね」


「ま、まだやるの……?」


「もちろんよ。日曜日まで時間がないんだから、それまでに洗馬くんを我が物のしておかなくちゃ。というわけで、作戦その二を教えるね」



〜〜〜〜〜〜



「……さて、そろそろ寝るか」


夜23時。毎朝6時からの訓練のために、その15分前には起床している。だからこの時間には眠らないと、次の日が大変になる。


勉強を終わりにし、端末でアラームのセットをしてから、電気を消してベッドに入る。目を瞑ってしまえば、後はゆっくり暗闇に落ちていくだけ―――


『ガーッ』


(なんだ……?)


今の音は、扉の開く音……?


「お邪魔しま〜す……」


(???)


寝に入っていた目を開いて横を見ると、目の前に


「ハル……っ!?」


慌てて距離を取るべく頭を動かしたために、後頭部を思い切り壁にぶつけてしまった。


「いててて……」


「は、颯、大丈夫?」


「大丈夫……じゃなくて、何やってんだお前!」


俺の布団に入ってくるなんて、一体何を考えてるのか。


「その……なんだか眠れなくて……。一緒に寝ても、いい?」


「〜〜〜っ」


昨日といい今日といい、本当にどうしたのか。さっぱりわけがわからない。だが、この状況で放置することもできない。


「はぁ……分かった。今日だけだからな?」


「……うん。ありがとう」


そのまま横にずれて、ベッドの半分を彼女に渡す。しかしシングルベッドのため、流石に二人では狭い。


「……で、なんで寝れなかったんだ?」


「そ、それは……」


「……まぁいい。早く寝よう、明日も授業がある」


「……うん」


そこから5分後。


「すー……すー……」


「……ぐっすりだな」


むしろ俺の方が寝れないというのに、人の気も知らないで。


(だが……)


あまり見るべきではないのだろうが、穏やかな寝顔をしている。


誰だって寝れない時はある。訳もない不安に襲われたり、どうしても考え事をしてしまったり。どんな大人にもある、子供のような部分。だからこそ、そんな時に誰かのそばにいるというのは実に有効だ。


普段は俺たちの誰よりも大人な彼女だからこそ、こう言った子供の部分が実は強いのかもしれない。そうでなくても、彼女はまだ俺と同じ15歳の少女なんだ。子供な部分があって当たり前なんだ。


(もし誕生日を迎えてたら、16歳だけど。まぁ、それはどうでもいいか。)


しかし、ちゃんと寝れたならもう一緒にいる必要はないだろう。布団をかけ直してから、静かに部屋を後にした。



〜〜〜〜〜〜



「……と、いうわけで、朝起きたら颯の姿はありませんでした。ベッドも掛け布団も私が独占してたから、多分、颯は途中で部屋を出たと思います。その証拠に、乾いていたバスタオルがリビングにあったから、多分掛け布団代わりに使ったんだと思います。それと恥ずかしながら、ものすごく安心して、ぐっすり寝れました……」


「「「…………」」」


魔法・魔術基礎の授業の時に、昨日の成果を報告する。


「……うん。洗馬くんがいかにハルネさんだけに優しいかがよく分かったね。でも……」


「めちゃくちゃ紳士な分、ガードがあまりにも硬いね……」


「女の子が突然自分のベッドに入ってきてるのに、緊張もせずにそんな風に受け入れるだなんて……」


「一体どんな考え方をしたらそうなるんだろう……」


颯はどこまでも真面目だし、どこまでも紳士だ。でも、あんな恥ずかしい思いをして、なんの効果もなかったのは少しショックだったけれど。


「とうとう明日が日曜日になっちゃったし……」


「こうなったら、直接聞くしかないかな?」


「ちょ、直接!?」


「仕方ないよ! もう明日は日曜日、明日までになんとか洗馬くんの意識をこちらに向けておかないといけないんだから!」


「そ、それはそうかもしれないけど……」


そうまでして、無理する必要があるのだろうか?


「私が代表で聞いてくるよ!」


「えっ?」


戸惑って止める間もなく颯の元へ行ってしまった。



〜〜〜〜〜〜



「…………」


土曜日。今日は魔法・魔術基礎の授業日。いつも通り壁を背に腰掛けて、全員の練習風景を眺める。全体的にこの間のクラス内戦からレベルは上がっている。俺の言ったことに従うのは嫌らしいが、彼らもそれが必要なことだと分かっているから、ちゃんと自身の強化に努めている。今も軽く戦っている連中がいて、いい試合を繰り広げている。


だが魔術が、自身が強くなればなるほど、彼らには一つの問題点が生まれ始めている。それを何とかしないと―――


「ねぇ、ちょっといい?」


「?」


ふと声がする。顔を上げると、一人の女子が目の前に立っていた。


話しかけてきたのは春日。普段は女子の集団の中心的立場にいる人物。昨日ハルネを買い物か何かに誘っていたのも春日とそのパートナーの勝川だったはず。そんな女子が話しかけてくるなんて、かなり珍しい。だからこそ、警戒心が強くなる。


「……なんだ?」


「洗馬くん。あなた、ハルネさんのことどう思ってるの?」


「…………はぁ?」


決して聞こえなかったわけじゃない。ただ、聞かれたことが予想外過ぎた。魔法・魔術のことではなく、クラス対抗戦のことでもなく、なぜハルネのことを聞いてくる?


「『はぁ?』じゃない。どう思ってるのかを聞きたいんだけど。」


「……答える義務ないだろ?」


馬鹿馬鹿しい。立ち上がってその場を離れようとを試みる。


「……逃すと思ってる? Prominence Prison!」


「!?」


急に感じたのは、魔術の発動。直上に赤い魔方陣。中心の図形は楕円。そこから燃え上がる円輪のものがいくつも降りてきて、俺をその中に取り込む。この間彼女が使っていた煉獄の檻という魔術か。


「少しは成長してるのよ? 私も」


確かに、この間のクラス内戦ではここまで発動速度は早くなかった気がする。それに円輪の数も。


「アノマリーリサイトか」


いつでも発動できるように、既にイメージは固めていたらしい。逃げることまで予測済みですかそうですか。


「……降参だ。少なくとも逃げはしない。」


両手を上げて、降参の意を示す。無理に突破しようとは思わないし、この状態で突破する手段も今のところ持ち合わせていない。それにこの場合、逃げる方が面倒そうだ。


「とりあえず、これを解除してくれないか。熱過ぎてキツイ」


「あっ、ご、ゴメン」


すぐに解除してもらう。彼女にも少しやり過ぎたという自覚はあったのだろう。


「……で、なんだって? ハルネ?」


「そう、ハルネさんのことをどう思ってるのか」


「どうも何も……、この学園でのパートナー?」


「……ふざけてる?」


「いたって真面目に答えたつもりだんだが?」


それ以外には何もない。俺が彼女の手助けをしていることについては言う必要もないことだ。


「……じゃあ、昨日教室に来たあの子は? あの子のことはどう思ってるの?」


「は、なんで悠花?」


「いいから!」


「……」


ハルネの次はなぜ悠花? 何でそんなことを聞かれなきゃいけないのか。まぁとりあえず答えるか。


「……なぜかこの学園にいた昔馴染み?」


「幼馴染なのに、この学園にいたことを知らないの?」


「小5の後半に離れてから連絡なんて取り合ってなかったから。まぁその手段もなかったんだが。それに悠花のこと自体、すっかり忘れてたし」


一昨日出会わなかったら、もしかしたら一生忘れていたかもしれない。


「…………」

それを聞いた春日は少しの間を置いて、質問を重ねてきた。

「じゃあ、ハルネさんと平沢さん、どっちが好きなの?」


「…………はぁ?」


何を聞いてきたのかと思えば、どっちが好きだって? 今までの質問も意図が理解できなかったが、この質問はもっと意味不明だ。


「……そんなこと聞いて、どうするつもりだ?」


「いいから答えて」


「……はぁ。何を知りたいのか知らんが、そもそも俺は人間皆等しく嫌いなんだ。ハルネと悠花はその中でもまだマシだって程度。好きだとか何だとか、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。」


「…………」


目を見開いて驚いたかと思えば、今度はがっくり肩を落として呆れたと言わんばかりの顔になる。


「……はぁ、分かった。それじゃ」


大きなため息をついて、踵を返す春日。


「本当に何だったんだ……?」


人がせっかくこんな意味不明な話につきあってやったというのに、ため息をついて帰っていくなんて。だから人は嫌いなんだ。


まぁ気にしても仕方ない。再び座り込んで考え事を再開する。一つ考えるべきことも増えたし。



〜〜〜〜〜〜



「……だって。」


「「「…………」」」


春日さんの報告を聞いて、みんな反応に困ってしまう。


「洗馬くんって、朴念仁をを通り越して」


「修行僧か何かに思えてくるね……」


「世俗を捨てて高みへ、みたいな?」


「……」


でも、私だけは颯の言葉に納得ができた。


今まで颯は、周りの人間が全て自分を忌み嫌う、言ってしまえば敵に囲まれた状態で日々を過ごしてきた。そんな環境にいたら、人を嫌いになるなんて当たり前のことだし、まして人を好きになることなんて有り得ない。そして、それが心の奥底まで染み付いてしまった颯だからこそ、そんな答えが返ってくるのだろう。


ただ、この間のクラス内戦のことを思えば、間違いなく颯は変わった。そういう可能性がこれからもあるはず。


「じゃあ、その可能性を信じて」


「引き続きアタックしていくしかないね」


「ひとまずは、明日をどう乗り切るかの話し合いをしよう!」


こうして『洗馬颯籠絡作戦』は密かに続いていくのでした。


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