そのお誘いはデート?
「……一次不等式の解き方自体はさほど難しいものじゃない。やり方はほぼ一次方程式の変わらないからな。ただ少し違う点、気をつけるべき点はちゃんとあるわけで、それを今から説明していく。」
電子黒板に文字を書きながら数学担当の先生が話を進めていく。それを、端末を接続したモニター一体型の机に表示した電子ノートに書き込んでいく。
最初のうちはこのスーパーハイテクな環境で、かつ魔法・魔術なんて訳の分からないファンタジーな力を使っている意味不明な学園で、普通に授業をやっている事に違和感しかなかった。やってることとその環境があまりにちぐはぐ過ぎる。
だが一ヶ月もしたらそろそろ慣れてきた。とは言え、やはり完全には拭えないのだが。
そんなことを密かに思いながらも授業に集中する。丁度二週間後には中間考査も始まるのだから、気を抜いている場合ではない。
「っと、チャイムが鳴ったから今日はここまでだ。一次不等式の演習は明日やってもらうから忘れないようにな」
そう言い残して先生が出て行く。
それを見届けてから、クラスメイト達は全身から脱力する。今日も1日乗り気った。俺も小さくため息を溢す。
この学園、勉強のレベルはかなり高いと思う。偏差値なるものがこの学園にはないから比較する事はできないが、勉強の進度は早い気がする。少しでも気を抜くとあっという間に過ぎ去って行くから、予習はともかく復習はちゃんとするようにしていて正解だった。
「HR始めるぞ〜。連絡事項は特になーし。以上終わりだ。じゃあな。」
教室の入り口でそれだけを告げて速攻出て行く日出先生。「1秒でも放課後は長い方がいいだろう?」という考えの基、授業後に何の連絡事項もない時はだいたいこんな感じだ。
まぁごちゃごちゃ話がないのはこちらとしてもありがたい限りだ。全員思い思いの行動を取り始める。
「ハルネさん、ちょっといい?」
「?」
隣でゆっくりしていたハルネを女子連中が連れ出す。何か話があるようだが。
「えっ……それはいいんだけど、練習は……? うーん、ちょっと待ってて……。」
数人の女子と話をしていたハルネがなぜか戻ってくる。
「颯、少しいい?」
小声で問いかけてくる。
「なんだ?」
「今日、女の子で出かけようって話があって、誘われたんだけど、行ってもいいかな?」
「……はぁ? なんでそんなことを俺に聞く?」
「だって、練習を休むことになるから……。颯、そういうの許さないかなって思って……」
「別に1日休むくらいで怒りゃしないっての。そりゃ頻度が多かったら流石に何か言うかもしれないけど……。人間誰だって休息は必要だ。いちいち俺に聞いてこなくたっていいっての」
俺だって1日くらい寝て過ごしたいという願望は持っている。程々の休息は必要不可欠だ。それに昨日ちゃんと練習していたみたいだしな。
「そっか……。じゃあ、行ってく―――」
「はっ、やっ、て〜〜〜〜!」
「「「「「!?!?」」」」」
バンッと扉が開く。クラス全員が驚き、そちらに視線を向ける。そんなことをするやつなんてたった一人しかいない。
「えっ、誰?」
「他のクラスの子、だよね……?」
「って言うか、めちゃくちゃ可愛いな」
「確かに。他のクラスにあんな子がいたんだ……」
「元気いっぱいって感じの子だな。……正直めちゃくちゃタイプかも知れない」
「いや、それよりも問題は……」
「なんで洗馬の事を呼んでるんだ? しかも名前呼び……?」
と、当然の如くクラスメイト達がざわつきだす。
「ちょ、ちょっと待て!」
急いで立ち上がり、彼女の元に。
「一体何の用だよ、悠花!」
「「「「悠花!?」」」」
悠花の名前呼び捨てにクラス一同が驚きの声を上げる。だがまず先に悠花をなんとかするのが最優先だ。
「今日この後一緒に遊びに行かない? デートし、デート!」
「「「「デート!?!?」」」」
いちいち反応を示すのはやめて欲しいんだが……。とにかくさっさと彼女を追い返さないと、これ以上とんでもないことを口にされたらたまったものじゃない。
「嫌だっての。俺だってやることがあるんだよ。第一、自分のクラスはどうしたんだ? 俺なんかに構ってる暇があったら、少しは自分のクラスの心配をしろよ。悠花だって一応クラス委員だろ?」
「クラスは大丈夫。私がいなくてもみんな積極的だから。それに私にとってはクラスよりも颯との時間の方が優先なの。昨日はみんなとそのまま練習の時間になっちゃって、放課後誘えなかったし……」
「いやそれはまずいだろ……」
月末にはうちのクラスと戦うことになるんだぞ? そのクラスにいる俺の方が優先というのはいくらなんでもおかしいだろ。しかも悠花はB組のクラス委員だろうに……。
というか昔も確かに俺に懐いていたが、今ほど酷くはなかったはず。一体何があったんだよ……。
「とにかくダメなものはダメだ。今日は忙しい。」
「ええ〜……。じゃあいつならいいの?」
「…………」
これは代わりを示さない限り絶対に引かないパターンだ。これには覚えがある。昔一緒に遊べないことを告げた時、代わりの日を示さなかったことで永遠と泣かれ続けた思い出がある。
「……はぁ、分かった分かった。じゃあ日曜日はどうだ? 悠花も1日遊べる方がいいだろう?」
「うんっ! 約束だよ!」
「はいはい。」
これで一段落、悠花も納得しただろう……。
「ちょ、ちょっと待って!」
今度は後ろから声がする。唐突の叫び声に驚き振り返ると、いつの間にかハルネが背後にいた。
「その日曜日、私も一緒に行く!」
「はぁ!?」
何を言い出したかと思えば、ハルネも一緒に行く? なんでそんなことに?
「……なんで私と颯のデートにあなたが来るの? 邪魔だからこないでくれない?」
「お、おい悠花……」
「颯はそのお出かけがデートだなんて一回も言ってないわ。颯が、ただの友達と遊ぶのなら、一人二人増えてもいいはずよ!」
「ハルネまで……」
一昨日といい、なんでこの二人は出会って間もないのにここまで険悪なんだ?
それを見たクラスメイト達は「修羅場? 修羅場なのか?」なんて言い出してるし。なんでこれが修羅場なんだっての……。
「二人とも落ち着けって……」
「颯は私と二人で出かけたいよね? だってこれはデートなんだもんね?」
「颯は昔馴染みと遊びに行くだけよね? なら私も一緒に行ってもいいわよね?」
二人とも話を聞きやしない。悠花はともかくハルネがこんな風になるなんて。普段の様子はどこへ行ったのやら……。
「颯は私と……」
そこで言葉を途中で止めたのは、悠花が先だった。軽く握った手を口に当てて、ぶつぶつと何かを考え始める。
その様子を固唾を飲んで見守っていたのは俺もハルネも、またクラスメイト一同も同様だ。
そして考えがまとまったのか、手を下ろしてニッと笑い再び口を開いた。
「……分かった。そんなに一緒に行きたいならいいよ、ついてきても」
「悠花?」
「いいの、颯。その代わり……」
そこで言葉を止めたかと思うと、急に右腕に抱きついてくる。
「ゆ、悠花?」
「私と颯がいかに通じ合ってるか、見せてあげる!」
「なっ!?」
ギュッと抱きついてくる分、悠花の胸の柔らかさを感じてしまう。
「わ、私だって、どれだけ颯と理想なパートナー同士か見せてあげるわ!」
「ハルネまで?」
それに対抗するつもりなのか、左腕に抱きつくハルネ。悠花よりも大きい双丘を感じてしまう。
「と、とにかく! 日曜日は二人と一緒に行く! それでいいだろう? だから早く離れてくれ!」
「「あっ……」」
俺の叫びでようやく冷静を取り戻したらしい。人の目があることを思い出したのか、顔を赤くしてパッと離れる二人。
「と、とにかく日曜日ね。忘れないでよ?」
「忘れないって」
「それとハルネさん? 首を洗って待っていることね」
「あ、あなたの方こそ!」
そんな事を言い残して、悠花はクラスを離れていった。
「……あいつ、他クラス侵入禁止を忘れてないよな?」
腕に抱きついてきた時はかなり危なかったが、ギリギリ入ってくることはなかった。まぁ俺が気を使って半身外に出ていたのもあったのだが。
「颯……その……」
ハルネが申し訳なさそうに声を上げる。振り返って彼女を見ると、同時に別のものが視界に入ってくる。
それは困惑するクラスメイトたち。あるものは期待の目を、あるものは嫉妬の目を、あるものは疑いの目を。それぞれが思うような目を向けてきていた。
「と、とにかく出かけるんだろう? 話は夜にだ。それじゃあ」
それだけを告げて、とにかくその場から逃げるように離脱した。
「やれやれ……。で、お主はそのままここまで逃げ帰ってきたと?」
「逃げたわけじゃないんですが?」
その足でそのままいつもの図書室へ赴いた。いつもよりも不機嫌なことを見抜かれ、紅茶を飲みながら事情を聞かれていた。
「“仲良きことは美しきかな”、別にお主が誰と仲良くしようとも口出しはせんし、他の者がすることもできない。じゃが、ハルネのことはちゃんと気をかけてやるのじゃぞ? ハルネにとって、お主はかけがえの無い、唯一無二のパートナーなんじゃから。そしてそれは、お主にとっても同じじゃろう?」
「……まぁ、そうですね」
ただ、ハルネがああも取り乱すとは思っていなかった。一体何が彼女をあのように冷静さを失わせるのか。
悠花も悠花だ。少しはタイミングを見計らうことくらいして欲しい。というか、ハルネを煽るのもやめて欲しいし、何より抱きついてくることだけは本当に勘弁して欲しい。それに対抗するハルネも同様だが。
「じゃが、お主はそれ以上に気をつけるべきことがあるぞ」
「それは?」
「無論、クラスメイトたちのことじゃよ。色々とやっておるようじゃが、いくらお主が人と接することが苦手じゃとしても、彼らを蔑ろにしていい理由にはならんぞ?」
「苦手じゃなくて、嫌いなだけなんですけどね」
「尚悪いわ! ……全く、その部分は渚と可奈とは真逆じゃな。」
「…………」
「あまり蔑ろにしすぎると、そのうちその感情が暴発するぞ? ……いや、もしかしたら、既に何か始まってるやも知れん」
「そんな一、二日で起こるとは思えませんが……。まぁ、そんなしょうもないことを考えている奴らがいたら、一度言って聞かせる他ないですね。」
そんなしょうもないことを考えてる暇があったら、少しは自分の魔法・魔術のことを考えるべきだ。
「まぁお主がそう思うのならそれで良い。で、今日はどうするんじゃ?」
「今朝の続きをやります。いくつかイメージの候補は出来上がってるんで、実現可能かを一緒に考えてもらいながら組み上げたいと。」
「分かった。じゃが、朝にも半分くらいは魔力を使っておるのじゃ。いくら日中使わなくて多少は回復しておるからと言って、無理はさせられぬぞ?」
「分かってます。」
そうして今日もまた、練習を始めていくのだった。




