新たなる戦いの場
「……ふむ、なるほど。お主の旧友がの。」
翌朝、まだ早朝の時間帯に訪れた大樹の図書室で、昨日のことをロリ老女に聞かれた。……なんでこのロリ老女がそのことを知っているのかは分からないが。
「まさか旧知の人が、こんなわけのわからない世界にいるなんて。俺も思ってもみなかった……」
1日たった今でも驚きは収まっていない。こんな人数が限定された、しかもこんなフィクションみたいな学園の入学生たちの中に、知り合いが一人でもいるなんて。しかもそれが昔深く関わった仲だというから驚きも一入。どんな天文学的確率だとさえ思う。
「元々魔法を知っている者同士であればともかく、お主はそうではないのだから、確かにものすごい確率じゃな。事実は小説よりも奇なり、珍しいこともあるものじゃ。」
「……ですね」
かなり驚きはしたものの、悠花がここにいたことについては別にいい。
だが問題は、悠花とハルネの中が異常に悪いということだ。昨日のあの時が初対面のはずなのに、一体どうしたらあんな険悪になれるのか。
「しかし、その者は他クラスなのじゃろう? ならば今はその者に構っている暇はないのではないか?」
「……そうですね」
そう、今は悠花にかまっている暇はないのだ。
なぜなら悠花は、当面の間俺たちの前に立ちはだかる敵になるのだから。
「さて、今日君たちに集まってもらったのは、今月より行われる一年生の行事について話す必要があったからだ」
クラス委員が招集された会を取り仕切る日出先生。
「それすなわち、今月より行われるクラス対抗魔法・魔術戦についてだ。」
放たれた言葉は、俺たちを困惑させるのには充分なものだった。
「クラス対抗……」
「魔法・魔術戦……?」
「そうだ。君たちは先月クラス内で魔法・魔術戦を行ってもらったと思うが、今度はそれをクラス対抗で行おうということだ」
「……まじか」
クラス内戦でも大変だったのに、それを今度はクラス対抗で行おうというのか。いくら力があるとはいえ、なぜ戦う必要があるのか。
人間にとって戦うという行為は、遺伝子にまで染み付いてしまった本能と言える。それは太古の昔、長きに渡って狩猟によって生計を立てていた時代の名残。
それが狩猟時代が終わり、人々が高度な理性と知恵をつけたからこそ現代の生活が成り立っている。しかし、刻み込まれた戦闘本能は燻り、学校教育におけるいじめや、社会におけるパワハラなんて問題が発生する原因となっていると言えるだろう。
そんな本能に従った戦闘狂みたいなことしてるから魔法が台頭できないんじゃないだろうか? それじゃあ狩猟時代の人間と言えない類人猿と同じでしかない。
あのロリ老女が見せたような、生活を豊かにする魔法・魔術を教え広める方がよっぽど有意義だ。本当いい加減にしてほしい。
「なんだか難しいことを考えているようだな、洗馬」
「……そんなことは」
そんなに難しい顔をしていただろうか?
「悪いが決定事項だ。従ってもらう他ない」
「…………」
そういう時だけ強権を発動するのは卑怯だと思うのだが。兎にも角にも決定事項だから有無を言わさないらしい。
「では、今からクラス対抗魔法・魔術戦におけるルールについて話していく」
クラス対抗魔法・魔術戦は毎年行われている学園行事の一つらしい。
これも、魔法・魔術の戦闘技術向上が1番の目的ではあるものの、それ以外にもクラス外の学生との交流も目的の一つだそうだ。この学園では部活動や共同授業などがない分、クラス外の学生との交流が極端に少なくなってしまう。そのためにクラス間での場を強制的に持たせるための戦い。昨日の敵は今日の友というか、共に研鑽しあうライバル同士になるようにみたいな考えをしてるらしい。
戦いは毎月の月末に行われる。うちの場合は今月はB組と、来月はC組、7月にD組と戦うことになる。つまり、今ここにいる悠花のクラスとは今月、そして因縁浅からぬ金髪オールバックのガロスヴォルドとは再来月に戦うことになる。
戦いのルール自体は先日のクラス内戦と同様。各クラスが五チームを選出し、先鋒・次鋒・中堅・副将・大将を決定し、星取戦形式で戦い合う。各クラスが選出する五チームは試合当日に公開、もちろん戦うクラスごとにメンバーも選出順も自由だ。
勝ち数の多い方が、一度のクラス対抗戦の勝者となる。だが同時に、各試合の勝ち点が1点ずつ上がっていくように配分されていて、その合計点でクラス別の順位を決定する。目の前の試合の勝ち負けだけではなく、得た勝ち点も重要になってくる。その辺りがこのクラス対抗戦の肝となってくるだろう。
「そして、この戦いの間クラスの指揮を取るのがここに集まってもらったクラス委員というわけだ」
「指揮、ですか?」
「そうだ。例えば、本番で戦うメンバーの選出においては、メンバーを記入した電子書類を試合当日に提出する必要があるが、その際に君たち二人のサインが必須となる。つまり選出するメンバーも選出順も全て、君たちが最終決定権を持っているということだ。それに、基本教師陣は作戦立案であったりメンバー選出に口を挟まない予定だ。つまり、戦いにおける作戦を練ったりするのも学生だけで行うことになる。その中で中心人物となる必要がある」
「なるほど……」
「クラス内戦を勝ち上がった君たちです。いい戦略・戦術を期待しています」
C組の担任が口を挟む。あえてそれを言うということは、こういう部分も評価の一つなのかもしれない。
「それと、作戦会議等をするであろうと想定される、他クラス、他クラス訓練ルーム及び学生寮への立ち入りを明日より禁止する。ただし、学生同士の交流を禁じるつもりはないからその辺りは勘違いしないように」
まぁその辺りは当然のこと。対戦メンバーの選出が当日発表である以上、情報漏洩は最も忌避すべきことだ。その対策の一つなのだろう。
「明日君たちから全員に発表してもらうことになる。時間はいつでもいい。そうだな、午後には魔法・魔術基礎の時間があるからそこで発表するのが1番いいだろうか? その発表についてもよろしく頼む」
つまりその時からクラスの統率は始まっているのだと言いたいのか。
「もちろん明日までは他の学生には他言厳禁だ。その他の細かいルール等については、君たちの端末に送信しておく予定だ。他に何か質問のある者は?」
「「「「…………」」」」
「よし、それでは今日のところは解散だ。各々の奮戦に期待する」
そうしてその会は終わりを告げたのだった。
「クラス対抗戦、ね……」
何度思い返しても、“面倒”の二文字以外出てこない。なんでクラス外の連中と戦わなければならないのか。しかもそのためになんでわざわざクラスの陣頭指揮などしなきゃいけないのか。ただでさえクラスメイトとの仲は良くないってのに。全部ハルネに丸投げした方がいい気がする。
「じゃが、ハルネではまともに作戦は立てられないじゃろう?」
まさにその通り。この間のクラス内戦の時も作戦立案は全て俺だった。もちろん一部彼女からの助言はあって一部修正を加えたところはあったものの、一から作戦を考えることはできていなかった。
というかハルネに限らず、クラスメイトのほとんど全員が作戦立案役、参謀に向いていない。彼らの頭には一つことしか存在していないのだ。だから放置したら、100%負けることは分かりきっている。
唯一それができそうな奴は、間違いなく「やらない」の一点張りだろう。最もそいつには別の役割を有無を言わさずやらせるが。
「しかも、当の本人はやる気満々なのじゃろう?」
そこも問題なのだ。昨晩プライベートルームで、
「私、今回もちゃんと戦って勝ちたいな。それに今度はみんなとも協力できるし、出来る限り頑張りたい!」
と、張り切っている様子だった。この間の勝利に驕っているとまでは言わないものの、一度の勝利が彼女を蝕んでいるのは間違いない。彼女にはその経験が今までなかった分、仕方のないことではあるが。
「それで、お主はどうするんじゃ?」
「俺は……」
もちろんハルネがやると言ったのならやる以外の選択肢は俺にはない。その上で決まっていること、やるべきことはいくつか決まった。だが肝心なのは……。
「まぁ慌てずとも良い。それよりも少ない時間じゃ、今日も練習を始めるぞ。」
「はい。」
早朝にこの場所に来ているのはこれが本来の目的だからだ。
最近の放課後は近衛騎士だったり福島がセットになることがほとんどで、その目を盗んでこの場所に来るのが難しくなっていた。だから練習時間を放課後だけでなく早朝にも追加したのだ。
ちなみにハルネは置いてきぼりにしている。そもそも彼女にはこの早朝練は秘密にしているし、実は彼女はあまり朝が強くない。朝7時半にはきっちり起きるものの、それより早くは起きれないらしく、起こそうとするとものすごく怖いと近衛騎士が言っていた。だから早朝6時から始めているこの訓練は、彼女には酷だろう。それに……。
「ほれ、ハルネの起きる7時半まで時間は残っておらんぞ」
ロリ老女の催促もあり、今日の訓練が始まった。




